ミリオンダラー・ベイビー (2004)
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愛のある現実主義思想をぶつける!
2007/08/26
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本物の目
神の監督、クリントイーストウッド作。
この映画はアイルランド人のやりきれない文化的政治的背景をうまく人物描写にも当てはめさせ料理し、「現実」社会を見事に描ききった作品。映像・人物・カット割の間・色彩・セリフ・音楽など様々な部分からも深みがぎっしりと伝わる重厚なドラマである。
ラストの尊厳死の選択。
ここを見る観客がどう読み取るか。これは非常に宗教的にも奥が深く、キリスト教圏に生きる人たちにはずっしりときただろう。
キリスト教では「信仰」とは、神を信じる気持ちであり、もはや神への絶対服従とも言い換えられる。これは人間の想像域を超えた神の領域ともいえる定義である。そして、「教義」とは、聖書を神父が解釈したもの。つまり、これは人間でコントロールできる領域。
トレーナーは悩みに悩み、彼女への愛の表現方法について苦悩する。
何度も神父に相談していたように、彼は「信仰」の絶対服従をしている。要するに彼は信仰を捨てていない。神の領域(存在価値)に異議を唱えているのではない。
カトリックでは「自殺」はご法度である。「尊厳死」も通らない。しかし、これは「教義」の世界観である。神の手を超えた人間の解釈論。
この一線を超えずに、最終的に判断したトレーナーの意思は尊重したい。決して信仰を捨て、否定し、神に背いたのではない。むしろ映画では彼ほど神に仕えるものはいないともいえる表現方法だった。
師匠弟子の枠を超えて、通じ合えた2人の「愛」の一つの答えである。そもそも「イエスキリスト」が唱えた教えとは「与える愛」である。無償の愛=アガペーはキリスト教の基本中の基本思想だ。この言葉、「汝となりの者を愛せよ」
彼の愛の表現はすなわち真っ当である。
ちなみにこの映画リバータリアン(アメリカ民衆型保守思想)のイーストウッドだからこそ作れる映画空間だ。お見事。
詳しくは「許されざる者」で。
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