リトル・ダンサー (2000)
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まったく感動できなかった。
2002/05/19
by
すし丸
ビリーに共感したという人がいることが理解できない。わがままで情緒不安定で反社会的。何を考えてるのかさっぱりわからない。子供だから可愛いってのはあるけど、共感はしないでしょ?私がもし彼の隣人だったら、彼を愛する自信はまったくない。むしろ怖い。
ダンスがうまくいかない苛立ちから善意の先生を負け犬よばわり。その後素直に反省するから「可愛い」とは思うけど、彼の苛立ちに共感するのはまったく無理。好きなことやってなにいらいらしてんだよ。やならやめろよ。といいたくなる。
マイケルにキスをして理解をみせたと思いきや、オカマっぽい少年を生理的嫌悪からなぐり倒す。このシーンの意味はなに??見たままでいえば、マイケルにキスしたのは
友情のためやせ我慢をしてキスをしたのか、もしくは彼をかわいそうなやつだと思っての同情からか、それぐらいしかでてこない。深読みすれば、ビリーはオカマになったのではなく、マイケル本人を愛した、と言えるかもしれないが、普通に見てたらそんな分析はありえない。このシーンがなかったら、ビリーがオカマになった、といわれてしまうと思って追加した?そんなバカな。暴力をふるわせたいなら単に中傷させればいい。だからこのシーンの意味がわからない。そもそも暴力をふるわせたのは何故?ますますビリーが怖くなるばかりなんだけど。
父に対しても兄に対しても一向に理解しようという気持ちを見せないし、理解してない。感謝すらあやしい。面接での態度は最悪。抑圧からの自由をダンスに求めた?ダンスを愛していた?じゃあなんで先生を罵倒する?学校がいやだったら帰ってきていいか、などとほざく?全然ダメな子だろ、これ。いや子供だからこれが普通か。なんにせよ、先生の娘もかなりトンでる子だから、この作品は子供を良い者とは見てない。大人に理解不能なありのままの子供を描いている。当の本人達も成長すれば自分が子供だったことを実感してちょっと恥ずかしくなったりするだろう。でなきゃ真正の・・・だ。
父親の描写はよく描かれている。しかし直情的に彼に感動できない。なぜかというと、それはやはりビリーになんの反応もないからだ。スト破りをしようが、遺品を売ろうが、ビリーはまったくそんなこと知らなければ、感謝もしてない。わがまま放題。ビリーがひとことでも礼をいうシーンがあれば全然違ったのだが、それもない。観客の想像にまかせる、というならあのラストはないだろ。勝手気ままな少年の姿から、いきなりあのゲイっぽいメークの青年に移り変わられて、どう想像しろと?
テーマは父親の無償の愛か。しかし無償すぎる。ラストの老いさらばえた彼の姿を見ても、救いがない。父親本人にとってはもちろんハッピーエンドなのだろうが、僕にはとても楽しい話とは思えない。
かなり言葉が乱暴ですが、これが素直な感想です。見終わってから、何で感動しなかったんだろう、と1時間ばかし頭をひねった、その結論です。私自身としても名作を駄作と決め付け忘れ去るのは本意ではないので書きこみしました。誤解があれば解いていただければ幸いです。
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Re: まったく感動できなかった。
2004/06/28 by
にゃんこ> ビリーに共感したという人がいることが理解できない。わがままで情緒不安定で反社会的。何を考えてるのかさっぱりわからない。子供だから可愛いってのはあるけど、共感はしないでしょ?私がもし彼の隣人だったら、彼を愛する自信はまったくない。むしろ怖い。
私は思うに、「ビリーに共感した。」という方々は、境遇や年齢こそ違えども、夢を持ってたり持ってなかったりであっても、人間の情の上で共鳴できるところがいっぱいあったと言う意味じゃないでしょうか?
私も、もしビリーの様な男の子が隣人だったとしたら、
その心のうちに触れる機会がかかったとしたら、「よくわからないどこにでもいる男の子」としてとらえるでしょうし、ましてや愛することなんてしないでしょう。
> ダンスがうまくいかない苛立ちから善意の先生を負け犬よばわり。その後素直に反省するから「可愛い」とは思うけど、彼の苛立ちに共感するのはまったく無理。好きなことやってなにいらいらしてんだよ。やならやめろよ。といいたくなる。
ビリーも顔にこそ出さないけど(そう言う年頃ですよね。)いろいろ悩んでいたんだと思います。家庭の経済状態とか、まだ心の整理が出来ていないお母さんの死のこととか、自分がバレーを父親に隠して練習していることへのいらだちとか。それに引き換え先生の家は裕福で、趣味で教えているように見えて、ビリーにとってはなんか癪だったのでしょう。もちろん感謝もしているけど、なかなか思い通りにいかない現実への鬱屈した思いを、お母さんと同年代の先生に思いっきりぶつけてしまったんじゃないでしょうか?先生もビリーのそんな気持ちを母親のような思いで受け止めてくれたんだと思います。
> マイケルにキスをして理解をみせたと思いきや、オカマっぽい少年を生理的嫌悪からなぐり倒す。このシーンの意味はなに??見たままでいえば、マイケルにキスしたのは
> 友情のためやせ我慢をしてキスをしたのか、もしくは彼をかわいそうなやつだと思っての同情からか、それぐらいしかでてこない。深読みすれば、ビリーはオカマになったのではなく、マイケル本人を愛した、と言えるかもしれないが、普通に見てたらそんな分析はありえない。このシーンがなかったら、ビリーがオカマになった、といわれてしまうと思って追加した?そんなバカな。暴力をふるわせたいなら単に中傷させればいい。だからこのシーンの意味がわからない。そもそも暴力をふるわせたのは何故?ますますビリーが怖くなるばかりなんだけど。
友だちの子にキスしたのは、自分のことをいつも気にかけてくれていたことへの感謝の印と友情の証だと思いました。
バレーの試験場で肩を組んできた子を殴ったのは、いかにも場慣れした金持ちの子息風の子から、同情ともとられる慰めを受けた上に、なれなれしく肩まで組まれたので「ほっといてくれよ!!!!」という意味で殴ったのかと。殴る行為は感心できませんが、初めてのロンドン、これが最後のチャンスと言うビリーの切羽詰まった状態からも、その心情は汲み取れると思います。
> 父に対しても兄に対しても一向に理解しようという気持ちを見せないし、理解してない。感謝すらあやしい。面接での態度は最悪。抑圧からの自由をダンスに求めた?ダンスを愛していた?じゃあなんで先生を罵倒する?学校がいやだったら帰ってきていいか、などとほざく?全然ダメな子だろ、これ。いや子供だからこれが普通か。なんにせよ、先生の娘もかなりトンでる子だから、この作品は子供を良い者とは見てない。大人に理解不能なありのままの子供を描いている。当の本人達も成長すれば自分が子供だったことを実感してちょっと恥ずかしくなったりするだろう。でなきゃ真正の・・・だ。
ビリーはお父さんのこともお兄さんのこともいつも気にかけてたと思います。でも、自分の夢はかなえたい、重い道理に現実は進まない。その狭間でいつも苦しんでるのにそれを態度に出せないから先生にも八つ当たりをしたり、家族にはぶっきらぼうな態度をしたり。すごく子供らしいと思いました。ある意味不器用で、純粋な心の優しい子なんでしょう。お母さんのこともまだ恋しい年頃だと思うし。私自身家族に対して素直じゃなかったので、その辺はすごくわかる気がしました。
> 父親の描写はよく描かれている。しかし直情的に彼に感動できない。なぜかというと、それはやはりビリーになんの反応もないからだ。スト破りをしようが、遺品を売ろうが、ビリーはまったくそんなこと知らなければ、感謝もしてない。わがまま放題。ビリーがひとことでも礼をいうシーンがあれば全然違ったのだが、それもない。観客の想像にまかせる、というならあのラストはないだろ。勝手気ままな少年の姿から、いきなりあのゲイっぽいメークの青年に移り変わられて、どう想像しろと?
私は言葉に出さないけど、ビリーの表情とか行動に「家族への感謝の思い」を感じました。(父親と抱き合って転がって笑うシーンとか)前述の「学校がイヤだったら帰ってきてもいい?」というのも、ある種子供として親を必要としていることの表れなので、親からするとたまらない言葉だと思うんです。つらいときはどんな力にでもなるから、でも自分でやれるところまで頑張ってみろ。父親の無言のエールはちゃんとビリーに届いているし、父親もそれを知っている。だからあんな風に子供らしく笑って、父親と抱き合えたんじゃないかなぁ。
頑張って自分の夢を叶えることが親孝行、出世払いって言うやつかなぁと。息子の晴れ舞台を不安と期待の混じった顔で見つめる父親の顔は、輝きこそすれ、老いさらばえた顔には見えませんでした。
まぁ、これも全て私個人の勝手な「親子感」のなせる技かも知れません。
長々と失礼しました。こういう意見もあるんだなぁ、と思っていただけると助かります!!
> テーマは父親の無償の愛か。しかし無償すぎる。ラストの老いさらばえた彼の姿を見ても、救いがない。父親本人にとってはもちろんハッピーエンドなのだろうが、僕にはとても楽しい話とは思えない。
>
> かなり言葉が乱暴ですが、これが素直な感想です。見終わってから、何で感動しなかったんだろう、と1時間ばかし頭をひねった、その結論です。私自身としても名作を駄作と決め付け忘れ去るのは本意ではないので書きこみしました。誤解があれば解いていただければ幸いです。
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