ALWAYS 三丁目の夕日 (2005)
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謎のなつかし領域
2006/12/17
by
ika
このレビューでも見かけたように思いますが、
昭和30年代を体験していないはずの人が「昭和30年代、懐かしい……」というケースが、私のまわりでもけっこうあります。
ムム……この謎はいかに……ということで、必死?で考えて、自分なりになんらかの結論にいたったらここに書かせていただこう……と思っていたのですが、結局明快な解答が得られず……
それで、逆に、みなさんに訊いてみたいと思いました。
なぜでしょう???
ちなみに、私が今まで考えていたプロセスは以下のとおりです。
懐かしい……という感情は、人間のいろいろな感情の中でも、かなり高度な……
高度という意味は、im・media、直接性から離れているという意味ですが、
そういう、一種欺瞞性の高い感情の一つだろうと感じました。
人は、まったく同一のものには、「懐かしさ」は感じないと思う。
<微差>。これが、「懐かしさ」の引き金になるのかも……
閾値……をわずかに越えてくる<微差>ですね……
この映画の「昭和30年代」は、多くの方のご指摘どおり
「昭和30年代」そのものではありません。
だから、「懐かしい」のではないか。
時間というものは幻想で、在るのは<今>だけだから……
「昭和30年代」は「昭和30年代」にしかなかった。
ベタの現実、リアルな現実……としてね。
「昭和30年代」の記録映画を上映したとしても、
上映されている<今>は<今>です。
だから……
実際に「昭和30年代」を実体験した人が、この映画を見て
「おお!懐かしい」という感情が起こったとしても……
それは、高度な欺瞞によって支えられている空中楼閣のような感情……でしょう。
そういう意味では、実体験していない人の「おお!懐かしい」という感情と、本質的に同一だと思います。
映画でも、小説でもマンガでもそうですが……
人間の心というものは、こういう<高度な欺瞞>が醸成する<物語>によって、養われている……と思います。
身体に餌が必要なように、心には<物語>が要るんでしょうね。
ホントにリアルな<現実>は、<今>しかないのにね……。
「昭和30年代」を実体験していない人が「懐かしい」と感じるのは……
なにか、そのような種類の<物語>が、その人の心に必要だからではないか……
そして、その「必要とする根拠」は、実体験した人も、していない人も、あまり変わりないんじゃなかろうか……
このあたりが、私の今の暫定的な<答らしきもの>になります。
カッカソウヨウの感はまぬがれないけれど……
みなさんは、どう思われますでしょうか??
*NHKのドラマは、「ふつーの日本の人の心の餌」の、店頭ロウ細工ディスプレイみたいなもんですね。
何度くりかえしても飽きない領域というのがあって……
大河ドラマでは、圧倒的に戦国時代。
朝の連続ドラマだと、昭和初期。戦前からまさに昭和30年代にかけての時代。
ここが、「懐かしい」んですね。
大河ドラマで、『アマテラス』とか『神の一族・物部物語』とかやれば面白いのに……と思うけれど、絶対にやらない。
「懐かしくない」ものは、ダメなんでしょう。
閾値を<微差>で越えてる……これが大事であって、違いが大きくなりすぎると「なつかし領域」から外に出てしまう。
ことほどさように「懐かしい」という感情は、デリケートで高度な<欺瞞>に満ちたもの……と思います。
*「在るのは今だけ」……と書きましたが、この<今>には幅があって、物理的時間にすると大体3分前後じゃないか?
ふつーの曲の1曲分の持続……これが、大体ふつーに感じる<今>の最大持続範囲かな?と思います。
瞬間というパンクチュアルな<今>は、頭脳が構築する概念にすぎないし……
かといって、いろんな主題を人工的に組み合わせた古典楽曲の1楽章全体を<今>だといわれると、それも抵抗がある。
一つの主題が遠くからやってきて、ちょっと七面相くらいやって遠ざかっていく……
そのくらいの持続を、人は<今>と感じるのではないだろうか。
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