ミュンヘン (2005)
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「反パレスチナ」映画と思いますが
2006/02/09
by
どとうとしや
まず、この映画を見るまえに「標的は11人−モサド暗殺チームの記録」(ジョージ・ジョナス著 新潮文庫)を見て予習しておいたほうがよろしいかと思います。
イスラエルも、ミュンヘンオリンピックテロ事件の直後に、PLOのキャンプに報復爆撃を加えました。映像では登場せず、犠牲者は数百人とも言われていて、一般市民もかなり死んでいるはずです。たとえ、「テロリスト側に全責任がある」とのイスラエル側の見解をつけたとしても、報復爆撃の犠牲者も「ミュンヘンテロ」事件の当事者でしょう。
また、いきなりベイルートでの作戦では、一般市民でイスラエル側に射殺された人が出た模様でありますし、映画では標的の奥さんが巻き添えで殺されてるシーンが出てくるぐらいであります。参考図書の方では、モサド関係者の別チームが起こした人違い報復殺害事件が1件および標的の姪も巻き添えで爆死した事件が1件書いてましたが、「ミュンヘン」では全然触れられていません。
あと、アラブのことわざで、「本当のことを言えば首を切られる」というのがありますが、「サラメ(ミュンヘンテロ組織者No1)がCIAと取引してアメリカをテロの対象から外すかわりに資金を受け取った」とかいう情報が映画でも出てきましたし、ニセ情報ってよくあるわけで、標的の人たちが本当にテロ組織犯かどうかは「そうらしい」としかいえないかと思います。
私が中学生の理解力を持っている少年が観るとすれば、「パレスチナ人ってなんて恐ろしい人なのだろう」ってなるでしょう。パレスチナ人と対話している人らの文章を見ると、イスラエル建国前後からのパレスチナ人に対する過酷な弾圧ということが出てくるわけで、自爆テロを支持する人が少なからずでてくるようなパレスチナ人の心情が理解できます。
残念ながら、この映画は、パレスチナ人役のアラブ系市民の良心を踏みにじっているような「反パレスチナ」映画のような気がします。
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Re: 「反パレスチナ」映画と思いますが
2006/02/11 by
taruこの映画の主題を言うならば<報復の連鎖からは憎しみしか生まれないこと>とか色々言えるのでしょうが、この映画を見終わって一番心に残ったのは何かと言えば、率直に言うとイスラエルという国の恐ろしさでした。
そもそもこの作戦の主要なテーマは、イスラエルという国の恐ろしさを知らしめることであって、だからピストルで密かに暗殺するのではなく、爆弾で派手に殺すんだと命じられていたのですから、正にこの作戦のテーマを遅ればせながら徹底させたという役割をこの映画は果たしているとも言える訳です。と言うのも、私は不勉強のせいか、こういう後日談がオリンピックテロ事件の後にあったということは何も知らなかったので、この映画で初めて知った訳なのでした。
確かにこれは知らなくてもいいことではなく、知っておくべきことなのだとは思いますが、私の正直な感想としては、イスラエルという国の恐ろしさが第一であり、それは暗殺チームを組織したイスラエル首相の狙い通りだったとは言え、反イスラエル主義に通じる心象なのかもしれないと思うと、非常に複雑な気持ちがします。 -
Re^2: 「反パレスチナ」映画と思いますが
2006/02/12 by
どとうとしやtaru 様、返信ありがとうございます。
一般市民に対するテロにも、テロ報復の軍事作戦で一般市民が犠牲になるのにも、憤りを感じる一市民の私としても、taru 様の文章見まして、目から鱗が落ちる思いであります。 -
Re: 「反パレスチナ」映画と思いますが
2006/02/17 by
さんくふる> 残念ながら、この映画は、パレスチナ人役のアラブ系市民の良心を踏みにじっているような「反パレスチナ」映画のような気がします。
逆ですよね〜。
おそらくユダヤ系のスピルバーグも、なんかおかしいんじゃないか、イスラエル擁護は、って言う観点で描いていると相当感じましたけど?
こんな恐ろしい映画良く作ったな〜、それこそ暗殺対象になるんじゃないの?って。
でなければ、あんなにパレスチナ青年に語らせるわけがないし、アブナーに罪悪感もたせるのなんておかしい。
>PLOのキャンプに報復爆撃を加えました。映像では登場せず、犠牲者は数百人とも言われていて、一般市民もかなり死んでいるはずです。
これは劇中語られていましたよ。
だけど、「ニュンヘン」の衝撃が、世界中にあまりに大きいから、こちらも爆薬でやるのだと言っていたのではなかったか。
>私が中学生の理解力を持っている少年が観るとすれば、「パレスチナ人ってなんて恐ろしい人なのだろう」
それは導入部のみで、見ているうちに「どっちが恐ろしいんだよ、おいおい。」って言う展開なんだと思いますが。 -
Re^2 「反パレスチナ」映画と思いますが
2006/02/18 by
どとうとしやさんくふる様、返信ありがとうございました。
「よくつくられたもんだ。」との質問/議論での書き込み、拝見し、私「どとうとしや」と似たような感性の方かなと、失礼ながらも思っています。
反論と若干のコメントをさせていただきます。
>でなければ、あんなにパレスチナ青年に語らせるわけがないし、
ポルポト派にしても、PLOにしても、敵側の登場人物のメンバーが全員悪だとするよりは、なんぼかましな人物のエピソードを登場させたほうが、より「公正」なように見えるわけでしょう。敵勢力にも、ましな人がいるようにしているので、あの模範的PLO活動家が挑発的発言に整然と反論しているシーンが出てきているものと思われます。
>これは劇中かたられていましたよ。
PLOパリ代表部での爆撃に対しての抗議の会見のシーンがありました。あくまでも、映像としての爆撃シーンは出てきませんし、「やむなく出てしまった一般市民の犠牲については気の毒だが、テロリストが全責任を追うべきである」とか「テロリストの言うことは信頼できない」というようなのが、イスラエルおよびその側に立つ西側諸国の世論でしょう。
「空軍にやらせてみろ、9人をやっつける前にどれだけの一般市民を灰にすることか」(「標的は11人」296p)とのモサド暗殺チームのスティーブの発言があります。彼ら方も、テロリスト(組織犯)とPLOの一般兵士とは区別して、標的以外については極力犠牲者がでないようにしているものの、一般兵士に死者が出た場合、反省するか否か議論になることがあったみたいです。
まだ、イスラエル軍やアメリカ軍の爆撃機の乗員とかに比べれば、彼らモサド暗殺チームのほうがずっと良心的だと私自身は思ってしまいますが……。
私たち日本人においてすらも、育った環境でいろいろ考え方が違ってくるのも無理がないわけであり、パレスチナ人とイスラエル人とだったら、なおさらそうでしょう。パレスチナ人や他の国のアラブ人が、この映画をどうみるか考えるところであります。
太平洋戦争での都市爆撃の話や、1945年直後のソ連軍上陸で択捉島や国後島で生活していた日本人が追放された話を知っている者として、「イスラエル建国」直前に国を奪われ難民生活を余儀なくされたパレスチナ人の憤りが幾分理解できる「どとうとしや」が、こだわりを持って再度書き込みしました。よろしく、お願いします -
公平であろうとする必要性は?
2006/02/22 by
クロスランこういうテーマの映画になると、
どうしても公平性だの○○寄りだのという話題になってしまうのですが、
どこまで意味のある問いなのか、と考えます。
公平であろうとする考えも一つの政治的立場であって、それ自体独善的です。
(真の意味での)公平ではありませんし、
人間が作る以上そんなものはありえないわけです。
例えばどとうとしやさんがおっしゃったような情報を付け加えれば公平になる?なりませんよね。
公平であろうとする政治的立場からつくられた映画を否定するわけではありませんが、
公平であろうとすれば、良く言えば客観的に、悪く言えば傍観者的に物事を見なければいけないわけです。
あの立場の意見もいれて、この立場の意見も入れて・・・そんな広く浅い映画に力があるのでしょうか。
公平であろうとすることによってふるい落とされる当事者の声も少なからずあるわけで、
公平であろうとすることが良いこと、優れたことだとみなされがちな今の世の中、
当事者の切実な(誤謬と偏見に満ちているかもしれません。しかし切実な)声を拾うことも映画の重要な役目だと思うんですね。
中学生が「パレスチナ人ってなんて恐ろしい人なのだろう」と思ったとしても(そんなことはないと思いますが)
それは違う媒体で、別の当事者の声にふれていけばいいことです。
広く浅く、では「色々な考え方があるよね、うん」で終わってしまうんじゃないしょうか。 -
Re: 公平であろうとする必要性は?
2006/02/23 by
どとうとしやクロスランさんの書込み、拝見しました。
どうもありがとうございました。
この「ミュンヘン」について、いろいろな意見が出てくるのが自然であり、「イスラエル側にもパレスチナ側にもくみしない公平な映画」という考えに近い意見が結構でています。
その一方で、私どとうとしやは、ミュンヘンテロ事件に対する報復爆撃のシーンが映像としてはでてこないことなどから、「反パレスチナ」映画と思う旨の書込みしています。私自身としたら、報復爆撃などでパレスチナの一般市民が殺されているのがはっきりするようなシーンがあることによって、テロ組織犯らしき人物に報復殺害する「暗殺チーム」の立場が絶対視されず、爆撃など一般市民の犠牲が不可避になるような軍事作戦を「テロに対する報復」として合理化しているようなアメリカ政府を間接的に批判できるのではないかと、思います。
スピルバーグ氏も、「パレスチナ人の命は、イスラエル人の命よりも、軽く扱われるべきである」という意見に、絶対反対すると思います。しかし、残念ながら、あの映画を見る限りにおいて、ミュンヘンテロで亡くなったイスラエル選手団の命は尊いものであっても、報復爆撃で殺されたパレスチナ人の一般市民の命は大したものでないように思ってしまうような当時の西側先進国の世論の背景となる感情が、なぜかにじみでているような気がします。
「イスラエル人もパレスチナ人も、どちらの命も大切だ」という発想から、パレスチナ和平に向けて、西側の政府関係者の良心的な人たちががんばったのも事実であり、1994年のアラファト氏ラビン氏ペレス氏のノーベル平和賞受賞につながったのだと理解しております。
一般市民が犠牲になるテロにも、テロに対する報復で正当化されてしまう一般市民が犠牲になるような爆撃その他の軍事作戦にも、反対する私のような人の立場だと、「ミュンヘン」という映画に対して、すごい違和感を感じてしまうでしょう。
クロスランさんの書込みについてあんまり理解できない私どとうとしやですが、そこそこ反論しました。理解のほどよろしくお願い申し上げます。 -
Re: 「反パレスチナ」映画と思いますが
2006/03/02 by
けいた僕は両サイド同等に描かれているように思いました。
報復の対象になった人も、
家庭を持ち、自分と同じような境遇にある人がほとんどで、
アラビアナイトの翻訳家とか、
ふたを開けてみたら、自分たちと同じだった
というところに主人公たちの苦悩が表れる
という流れであったように思われます。
イスラエルは
「中東の平和のため」
といいながらも、結局は関係の無い人を巻き込み、
復習の連鎖を生み出してしまう様を描き、
現在のアメリカの対外政策への牽制も伺えるように思えます。
ただ、最終的には、
テロを憎しみ報復していたのが、
自分たちがテロリストと同じことをしており、
それに苦悩する個人的な人間心理を
メインに描いているように思いました。
ですので、どちらがどっちという話
という要素は少なかったのではないでしょうか。 -
Re^2: 「反パレスチナ」映画と思いますが
2006/03/03 by
どとうとしやけいたさんの書込み、拝見しました。
どうも、ありがとうございました。参考にします。
ミュンヘンの質問・議論のほう、私の書込みに対する返信、結構多くて光栄です。
まあ、いろいろな見方がありますから。各自その思いを大切にしていただければ幸いであります。 -
歴史学の学徒・クロスラン氏、あいも変らず・・・
2006/03/20 by
山オヤジ・・・?まるでお判りになっておりませんね。そして相変わらず内容に主張や意見がない(笑)。お説教だけだ。
唯物史観。相対主義。この二つしか発想法を持っていないですね。
実に硬直されている、と批判します。
>公平であろうとすれば、良く言えば客観的に、悪く言えば傍観者的に物事を見なければいけないわけです。
「切実に」、または「死に物狂いで」公平で在ろうと言う精神性もあるのですよ、●か×かだけじゃないでしょう。
スレ主の真摯な返信、立派な姿勢であります、そうは思われませんか?クロスランさん。そういう姿勢が硬直した”状況”を突破するのですよ、歴史的に観てね。ご存知だろうけれども。 -
山おやじ様、ありがとうございます
2006/03/28 by
どとうとしや山おやじ様、文章どうもありがとうございました。
久しぶりに、このスレを見まして、「スレ主の真摯な返信、立派な姿勢であります、そうは思われませんか?」とあるのには、すごく感激しました。
「イスラエル人の命も、パレスチナ人の命も、同等に尊い」という立場をとる「どとうとしや」として、この「ミュンヘン」について考えてまいりました。また、テロリスト組織犯である「標的」以外に犠牲者が極力出ないように考慮をめぐらせている暗殺チームの「良心」についても、映画およびタネ本でくみ取っています。その上で、私自身は、この映画について「反パレスチナ」映画ととらえてしまいました。
これから早いうちに、戦火のない世の中が地球規模で実現できれればよろしいのでしょうが、そういうわけにはいかないでしょうか。ただ、「テロリスト」を生み出している地域および民族集団に対して、彼ら方の発言を無視して爆撃その他の報復攻撃で対処すれば、新しい世代の「テロリスト」をなおさら育てていくことになると思います。
いろいろな考え方があるでしょうが、山おやじ様のような方の書き込みを拝見できて、光栄です。
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