白バラの祈りゾフィー・ショル、最期の日々 (2005)
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これではショルが浮かばれない
2006/03/20
by
Nussfeld
NZ側も白バラ側も誰でも知っていることを時系列になぞっているだけ。NZの悪はアプリオリに描かれ、裁判長はカリアチュアまがい。ゾフィーは一人のときは神に祈るが(なぜだ?)、人前に出るととたんに絵に描いたような女闘士として、そこらの女闘士がいいそうなことを言うのみ。
なぜ行動に転じたのか、シュタウフェンベルクとはどうちがうのか なぜ祈ったのか 心の葛藤はなんだったのか などなどの疑問がまったく提示・解題されておらず、浅薄の一言。
ひさしぶりに お金が無駄だった と思いました。
登場人物がひとりもババリア訛りで話していないのも気になった。
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ないものねだりでは?
2006/03/22 by
odys> NZ側も白バラ側も誰でも知っていることを時系列になぞっているだけ。
誰でもって、今の人間は知らない人が多いんじゃないですか?
少なくとも非ドイツ人はほとんどが知らないと思うな。
あと、ナチ(Nationalsozialismus)の略号は、ふつうNSでは?
>NZの悪はアプリオリに描かれ、裁判長はカリアチュアまがい。ゾフィーは一人のときは神に祈るが(なぜだ?)、人前に出るととたんに絵に描いたような女闘士として、そこらの女闘士がいいそうなことを言うのみ。
アプリオリじゃないと思う。たしかにナチがらみの戦後の価値観を根本的に問い直すような描き方はしていないが、取調官と裁判官の微妙な差異に、ナチ支持のあり方の複雑さが出ていたような気が。
そこらの女闘士って、自由にものが言える時代とあの時代は根本的に違いますよ。70年前後の新左翼全盛時代や、今ならフェミがものを言い散らしている状況と一緒くたにするのは、乱暴すぎる。
>シュタウフェンベルクとはどうちがうのか
って、ないものねだりが過ぎませんか?
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