ジャケット (2005)
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こういうのがあるから映画もまだ意味がある。
2005/07/23
by
ぽん
映画に何を求めているか?
社会性があり、映像の芸術性もあり、人間性も抉る。そうすると、もうハッピーエンドとかいう、そういうのは気にならなくなる。
でも、この映画、儲からなかっただろうなあ。
ホラーのジャンルに入っていることがあるけど、これはアート系。
映画は1992年と2007年を行ったりきたりする。
公開は2005年。
刺激的な映像、一見、ホラーっぽいストーリー。
ラストの台詞は、「僕たちにはあとどれくらいの時間が残されているのだろう?」
1992年は湾岸戦争があった。
誰も止められなかった。
2001年からオノヨーコはジョンレノンと連名でニューヨークに反戦の広告を出している。2003年の戦争を誰も止められなかった。
奇麗事を言うわけじゃない。
どの時点からはじめれば、僕たちは変われるのだろう。そして何をすれば僕たちは変われるのだろう。「蛍の墓」にも影響されたみたいな筋。「僕は死んでいる」そして何度も。
泣いたり、感動したり、ってのとは違う。
触発される。
そんな映画だけど、
こういう映画、勝手に解釈できて、染みたりすることができるのは、けっこう贅沢だなと思う。
-
Re: こういうのがあるから映画もまだ意味がある。
2006/05/23 by
裏木戸楽子> こういう映画、勝手に解釈できて、染みたりすることができるのは、けっこう贅沢だなと思う。
私も痛く、そう思います。この二度の死は、007が二度死ぬことよりも、よっぽど私にとっては有意義でした。 -
良い映画でしたね
2006/05/25 by
素子様命クチコミの方に
「サスペンスでもSFでもない、魂の救済についての映画」
というタイトルつけて投稿しました。(^▽^笑)
設定的には昨年やたら流行った系統の
「ありがち」な物語なのですが、
それが語っていることは
凡百の作品とは一線を画す、非常に重いものだったと思います。
既視感から「物足りないサスペンス or 時間モノSF」
と評する方が出てしまうのは仕方無い作りかなぁとは思いますが、
ちょっと見方としてはもったいないかなぁとも感じました。
戦争負傷をきっかけとする記憶障害は、
記憶障害になるためのきっかけとしてだけ
受け取ることもできますが、
しかし、私には
戦争という「この世の地獄」を見た兵士の
めちゃめちゃに傷ついた魂を
必死に救おうとしている物語に見えました。
現実の兵士達また、戦争で傷ついた民間人にも、
こんな救済は訪れはしないのだ、ということを考えると
とても悲しくなりますね。
ラストはいろいろな受け取り方ができると思いますが、
テーマからすると、
パラレルワールドに転生できたなどという
単純なハッピーエンドではあるまいと私は考えます。
ただ「いろいろな受け取り方」が可能であるというところで、
物語に一層の深みを加えていて上手い仕事だなと思いました。 -
ぼくたちの物語
2006/05/26 by
ぽん裏木戸さん久しぶり。
素子様命さまどうも。
正直、この映画は日本で公開されるとは思っていませんでした。それくらい地味。
質問議論じゃなくて、最初はふつーに投稿して100点つけました。
なんだか最後のセリフを思い出してみるのですが、この話はすべて現実ではない、まさに「ぼくたちの物語」を凝集した、換言すれば、やたらと抽象度の高い映画なのかなあという印象です。
僕は個人でもあるし、人類でもある。
だから一つ一つの話は、やたらに具体的だけど、現実感がない。抽象的に僕たち一人一人の感性にふれる、たとえれば、歌の歌詞がある人には恋人との別れの瞬間を思い出させ、ある人には一番楽しい瞬間になる。そんなような映画に思いえるのです。
具体的なエピソードはすべて計算されていて、抽象的な寓話としての機能を持つ。
なんで戦争するのか?なんで抑圧される環境があるのか?なんで不幸の連鎖があるのか?なんで弱者は弱者を叩くのか?
一つ一つは具体的でありながら、確かに断片的でつながりがないように思える。これは一人の主人公のストーリーではなくて、集合体としての人類のストーリーのように。
だから、主人公の未来は、死んでるとか生きているとかいうのを超えて、人類の未来のよう。
それが、「今、考えるか否か?」を刃のようにつきつけている。
こんなふうに思い返しています。 -
Re: こういうのがあるから映画もまだ意味がある。
2006/05/31 by
裏木戸楽子魂の救済は、まさに言いえて妙だと思います。
私は自分のブログにも書きましたが、誰だって生きる支えや救いの手が欲しいものです。ここで本来、主人公がどう生きればいいか模索しながら、その生き方の中で、いろいろな人に救いの手を差し伸べた形にもなっているところが凄いです。
一度死んで復活するという、西洋の人なら誰でも知っている昔々のお話、思い出しませんか。
そこまで思い出さなくても、面白いですね。
彼の一度目の死以降の私たちが映画で見させていただいたお話は、彼の断末魔かもしれない、と同じように、私たちの今のリアルも同じかもしれない、なんてね。
想像力を1000%も掻きたててくれる、逞しくも奥ゆかしい作品です。 -
Re: こういうのがあるから映画もまだ意味がある。
2006/06/01 by
素子様命>一度死んで復活するという、西洋の人なら誰でも知っている昔々のお話、思い出しませんか。
そういう話として解釈しましたヨ。
彼はあの方によく似た「受難」を受けて、
(でっちあげの濡れ衣裁判すら受けてる!)
それから人々を救済するパワーを授かってますね。
救済パワーは簡単には貸してもらえないようです。(^▽^笑)
身動きできない拘束着(ジャケット)は
かの方を象徴するモノの代わり。
彼は死体安置箱の中に入るたびに
人々の原罪を背負って死に、そして復活する、とも言えます。
ラストの解釈はイロイロ...と考えてはいるものの、
私自身は「彼はちゃんと死んでいなくてはならない」と思っています。
でないとサクリファイスが成立しないから。
死亡説のウチ、湾岸戦争で実は死んでいて後の出来事は夢、
とする説にも引かれますが、
少女の人生をサクリファイスで救ったことで、
ジャックの魂にも救済が訪れたのだと思っています。
(湾岸戦争の死もサクリファイスと言えなくもないのですが、
たぶんあのサクリファイスには
本人は納得しないと思うんですよね。(^▽^笑)
だからこそ、その後の話が始まるのだと思います。) -
Re: こういうのがあるから映画もまだ意味がある。
2006/06/01 by
裏木戸楽子>私自身は「彼はちゃんと死んでいなくてはならない」と思っています。
>でないとサクリファイスが成立しないから。
でしょうね。全部夢では、私たちが生まれて死ぬまでが全部夢になりかねないから、人生の話もクソもなくなる。これは、余り議論したくない。
>死亡説のウチ、湾岸戦争で実は死んでいて後の出来事は夢、
とする説にも引かれますが、
少女の人生をサクリファイスで救ったことで、
ジャックの魂にも救済が訪れたのだと思っています。
(湾岸戦争の死もサクリファイスと言えなくもないのですが、
たぶんあのサクリファイスには
本人は納得しないと思うんですよね。(^▽^笑)
だからこそ、その後の話が始まるのだと思います。)
でも、湾岸戦争に対し、ジャックのジャッキーとの出会いは、サクリファイスという意味では、救う救われるという関係以上の昇華、愛しあうになってるじゃないですか。ジャックの救済ばかりじゃなく、彼によるジャッキーの救済。もちろん、伏線として、女医の面倒見ている男の子もありましたよね。だから、いきなり、イエスとは言わないにしても、そうした救いって、単純な話ですが、日本語文字の、「人」という字は、じゃないかなって、思うんです。
神は、私のそばにいる。気がつかないだけだ。そう思えた映画でもありました。
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