ゆれる (2006) »掲示板

議論 兄はなぜ受け入れたか ネタバレ

2006/08/15 by TALAMI

ゆれる

本作は弟から見た描写が主であるので
兄の心中というものがわかりにくい部分がある。
2つ、疑問点を挙げてみました。

(1)なぜ、弟の証言に対して異議申し立てせず
  服役の道を選んだのか
(2)最後の兄の表情は何を物語る?
  そしてバスに乗ったのか乗らなかったのか?

(1)に関してですが、はっきりした答えが自分の中で
  出ていません。無実なのに何年も服役するということは
  大変なことですからね。
  ただ、弟が証言し終わった後、兄は怒りの表情ではなく
  おだやかな表情にみえたことがひとつのヒントには
  なると思いますが。

(2)ラストはどのようにも想像できますが、(1)をどうとらえるか
  との関連が大きいと思います。
  私はバスに乗ったのではないかと思います。

     みなさん、どう感じましたか?

 

  • Re: 兄はなぜ受け入れたか ネタバレ

    2006/08/19 by 未登録ユーザヤッターマン

    事件の前日、兄は弟に、被害者が酒に強いか弱いかについて嘘をつくことによって、弟に鎌をかけます。
     後になってこの事実に弟が気づいたとき、弟の心は逆方向にゆれます。
     兄の服役は、このことに対する償いの意味だと思っています。
    ですから、ラスト、弟の涙を見た兄は、バスには乗らずに弟といっしょに、うちに帰ったと思います。

  • Re: 兄はなぜ受け入れたか ネタバレ

    2006/08/19 by タリム

    TARAMIさま、まったくの独断ですが、レスさせてくださいね。

    (1)なぜ、弟の証言に対して異議申し立てせず服役の道を選んだのか
      
    一つには、智恵子の気持ちが猛に傾いた事に対する嫉妬心が結果的に智恵子を死なせてしまったという稔自身の罪悪感があったように思います。
    もう一つは、稔自身が弟は本当は心の中では自分の無実を信じていないことを知っていたからではないかと思いました。自分の無罪の為に弟に証言させることは、結局弟に偽証という心の罪を負わせる事(弟が信じている真実に対して)であり、それにより智恵子の死という罪を弟にも負わせる事になると考えたのではないでしょうか。
    事故の後、稔の心もぐらぐらと大きく揺れていました。自分は殺していない。無実だ、助かりたいという思いとそういう思いを抱く事に対する罪悪感。心にくすぶる劣等感や嫉妬をまったく隠して良い人を演じてきた自分自身への嫌悪感。無実を信じていない弟が、兄である自分を必死で助けようとしているのは、単なる情愛だけでないこと、カメラマンとして成功しているのに「殺人者の弟」になりたくないという思いからであろうことに対する嫌悪など・・・。

    結局、稔は殺人という罪を受け入れることで、自分自身を罪悪感から救い、また同時に弟を智恵子の死に対する罪の意識から救う道を選んだように感じました。TARAMIさんと同様、私も猛の証言を聴く稔の表情が穏やかに感じました。稔は「これで良かったのだ」と思い、罪を受け入れたのではないでしょうか。

    穏やかな稔の事件以後の豹変ぶりは恐ろしいほどでしたが、人が死ぬ事に心ならずも関わってしまった人間が尋常でいられないのは当然のことかもしれません。映画の途中では、私も猛の視点から稔を観ており稔が恐ろしく感じられました。尊敬していた兄の心の奥底を見てしまった猛は兄との絆を真実(と信じること)を証言することで断ち切りました。

    稔はガソリンスタンドの店員から自分の証言が実は「昔の兄を取り戻す為」などという美しいものではなく、ただ、「裏切られたことへの憎しみ」だったことを気付かされます。その後8ミリを観た猛の涙は、兄の自分への本当の思いと真実に気付いた深い後悔の涙だったように感じました。

    (2)最後の兄の表情は何を物語る?

    監督が、稔の笑顔で映画を締めくくったのは、ラストは観客の心の中で描いて欲しいという思いがあったのではないかと思うのですが、
    私には「兄ちゃん、家へ帰ろう。」という言葉を聞いた稔の笑顔は、弟との絆を取り戻した素直な笑顔に思えました。

    稔の心のわだかまりは弟の言葉で一瞬のうちに消え、稔は家に帰ったと信じたいです。兄弟の絆って、そういうものじゃないでしょうか。

  • >ヤッターマンさん、タリムさん ネタバレ

    2006/08/20 by TALAMI

    ヤッターマンさん、タリムさん,こんにちわ。

    私はわからないことばかりで映画を見る目のなさを
    痛感しております。
    いろいろな意見が聞けるのは
    映画ファンとしてうれしいことです。
    よろしくご指導ください。
    まっさきに書いておきたいのは
     稔は猛に対し智恵子のことで以前から嫉妬していたと
     思われること
      ・猛が東京に出てくる前、智恵子とはそれなりの関係
       があったと思われる。
       ウインドウを拭いたとき智恵子は猛に気づいたが
       猛は気づかないフリをしたように見える。
       智恵子はサイドウインドウをノックして猛に気づいて
       もらおうとしたが、結局できなかった。これは
       猛だけが東京に出てきて、自分はついていかなか
       ったことをあらわしたシーンではないか。
       猛が誘って抱いたようにみえるが実は智恵子が
       誘われるように仕向けた、ととれる。
       智恵子は猛に未練はある様子。猛は過去のことで
       終わったことと割り切っている様子。
      ・稔は智恵子を雇うが、2人の間柄は既に知って
       いたのではないか。
       そして稔も好意を持ちながら
       アプローチするでもない。
       カゴの中の鳥状態になっていることで
       稔は満足であり、智恵子は歳を重ねていく。
      ・稔は猛にカマをかけるが、これは以前からの嫉妬が
       あったからと考えるのが自然。
       2人で帰ったからといって、いきなり嫉妬というのでは
       突然すぎる。
       やはり長年の思いがもたらした行動と思われる。

    長年の嫉妬や押し込めていた自責の念・・・
    そう考えると、タリムさんの
    >智恵子を死なせてしまったという稔自身の罪悪感

    という思いがより鮮明になってくると思いました。
      追い込んでいったのは、自分だ、と
      それは橋の上のことだけではないんですね

    そしてタリムさんが書かれていたような様々なことから
    開放させる、ということ
      「死」に対する受刑、と 「兄 と 弟」の解放
    が同時に行われたのだと思います。

    長くなったので、ここで切ります。

  • Re: 兄はなぜ受け入れたか ネタバレ

    2006/08/20 by TALAMI

    ラストについてですが

      稔の最後の微笑は意識的な表情だと思われる。
       ・稔がバス停にて道路越しに正面を見たら
        猛の姿が目に飛び込んできた、ということなら
        あのような表情にはならない。
        笑みを浮かべる前にまず
        一瞬でも「驚く」はずだから。
       ・稔はとっくに猛には気づいていたのだ。
        そして、稔は意識して猛に笑みを送ったのである。
       ・なぜなら、稔という人間は
        気づいていながら気づいていないフリをして
        生きてきた人間だから。

      稔が歩きから小走り状態になったのはなぜか。
       ・バスに乗り遅れないように、小走りになった
        という見方が一般的だと思うけど
        猛に気づいたから小走りになったともいえない
        こともない
        (映像の前後関係等、記憶があいまいだが
         その線も捨て切れない)
        そうなら、バスに乗ってしまいたかった、という
        見方もできる。

    兄の笑みが物語るものは・・・
      弟の証言の意図を理解しているということを
      あらわしたのではないか。

    以前の稔なら、猛に気づかないフリをし続けたに違いない。
    しかし、上に書いたことだけは伝えておきたかったのでは
    ないか。

    そして・・・ 
    2人が一緒に帰るためには
      道路の真ん中で出会うことはないわけで
      どちらかが一方の側に渡らなければならない。
      果たしてそれが可能なのだろうか。
      2人を隔てている道路の往来、それが2人を
      隔てている壁の比喩的なものと思える。

    ヤッターマンさん、タリムさんは一緒に帰ったのでは、という
    ご意見。

    願望としては、そうです。
    しかし、殺人犯となってしまった稔が田舎町でもとの通り
    働いて生活していくことは簡単ではありません。
    一緒には帰れないと思います。
    帰るとしても時間が必要だと思います。
    私は今だにバスに乗った派、なのですが
    すこし考察するネタとして・・・
    出所時点も現在2006年から何年か前のようです。
    だから、現在の2人がどうなっているのかは
    映画のラストシーン後から何年も経ったあとの状態と
    いうことになる。
    それこそが、ヤッターマンさん、タリムさんが期待した
      一緒に帰る
    という状態なのではないだろうか。
    映画で描写されているものは
    現在からみた「過去のストーリー」ということではないだろうか
    と今、私は推測しています。

  • 智恵子について ネタバレ

    2006/08/21 by タリム

    TALAMIさん

    智恵子の話が出てきたので、またまたおじゃまさせてください。
    映画についてこんな風にお話できるのは、ホント楽しいです。

    以下、智恵子についての私の勝手な推測です。

    智恵子と猛は、私にもある程度深い関係だったように思えます。「なんで猛クンについて東京に行かなかったんだろう?」と半分独り言のように猛に言うところからすると、昔、猛が「一緒に東京に行こう。」と軽く誘ったこともあったのかもしれません。
    サイドウインドウをノックできなかった智恵子と気付かないふりをした猛はTALAMIさんの見解に同感です。猛にとっては既に終わった関係だったと思います。
    智恵子は、猛と東京に出る勇気はなかった。でも猛が成功したことで、都会への憧れも加わり猛を想い続ける。猛との繋がりを求めて稔のガソリンスタンドで働き始めたという可能性も考えられます。TALAMIさんがいうように、稔は智恵子と猛が付き合っていたことは知っていたでしょうし(もしかしたらその頃から密かに好きだった?)、今も猛への想いが残っている事も知っていたのかもしれません。

    終わった関係だったはずの智恵子が稔と仲の良さそうに振舞う様子に、猛は嫉妬を燃やします。猛とは視線も合わせず、稔と仲の良いところを見せ付けたのは智恵子の作戦だったのかも。そう考えると
    >猛が誘って抱いたようにみえるが実は智恵子が誘われるように仕向けた、ととれる。
    というのも納得できる気がします。

    猛が智恵子と関係をもったのは、稔と智恵子に対する嫉妬からの単なる衝動的な行為でしたが、三人の静かな関係を逃げる男と追う女、それを追いかける男という危険な関係に変えることになってしまいます。

    兄と弟のそれぞれに対するコンプレックスや嫉妬に一人の女の思惑が絡まり、悲劇が生まれる。これが、この映画の重くてやりきれない部分だと思います。智恵子についてはあまり詳しく描かれてはいませんが、突然稔を激しく拒否するあたり、女性の心理の変化の描き方はリアルで巧いなぁと思いました。

    ラストについては、確かにTALAMIさんの言うように、稔があの小さな町に戻って前と同じように生活するのは、難しいかもしれませんよね。
    でもそうしたら、ガソリンスタンドは?ぼけたおとうさんの世話は誰がするの?など本当に心配になってしまうお馬鹿な私です(笑)。

    映画の途中ではとても恐ろしい人に感じられた稔が、ラストでは普通の人に感じられ、哀れに見えました。稔は私には、猛が迎えに来るなんて思ってもなかったように思えます。それなのに猛を見た途端の表情は驚きではなく、笑顔でした。ラストは、観る人によって様々な解釈ができそうですね。
    私ももう一回観たら、また解釈が変わるかもしれません。

    私の投稿にレスを入れてくださった北新地蘭子さんによれば、監督が映画を小説にされているそうなので、そちらも是非読んでみたいと思っています。
    長々、失礼致しました。

  • ちょっと変な意見かもしれませんが ネタバレ

    2006/08/24 by B

    ちょっと変な意見かもしれませんが、本当は兄は突き落としていたのではないかと考えました。弟が最後に泣いて後悔したのは、助けようとしたことを思い出したのではなく、助けようとしていたという(うその)証言を(兄弟なら)すべきではなかったかと、小さいころのフィルムを見て思ったからではないかと思いました。
    穿った見方でご批判もあると思いますが、いろいろ違った解釈を楽しむのも、ひとつも面白さかもしれませんね。

  • Re: 智恵子について ネタバレ

    2006/08/31 by TALAMI

    タリムさん
    こんにちわ。

    >猛とは視線も合わせず、
    稔と仲の良いところを見せ付けたのは
    智恵子の作戦だったのかも。

    このあたりの撮り方は非常に印象的です。
    なにか思惑があるのでは、と思わせます。
    そして智恵子が、着替えのときにロッカーに戻りますが
    その姿は後ろから撮っています。
    なにげにぶきみな描写ではありますよね。
      智恵子の後ろ姿を通して心中を映し出しているかのようです。

    同じような撮り方は稔が洗濯物をたたむシーンにもありますね。
    同様の効果をもたらしており、鋭い人なら
    これら2つのシーンを通して、外と内のギャップみたいなことを
    感じ取ったことだと思います。

    >突然稔を激しく拒否するあたり、
    女性の心理の変化の描き方はリアルで巧いなぁと思いました

    まだ若い女性監督が男性の内面を描いたことで話題に
    なっていますが、2人の物語というよりも
    あなたのいうように智恵子を加えた3人の物語と
    いえなくもないですね。
    映画では智恵子の描写は最低限になっている感じで
    推測しなければならないことはあるのですが
    映画の中にヒントはばらまかれていますし
    あのロッカーのシーンなど非常にうまいです。

      智恵子の背中に何を感じ取るか

    映画鑑賞とはこういうことの積み重ねでしょうね。

    時間がないので本日はこれで失礼します。  

  • >ちょっと変な意見かもしれませんが ネタバレ

    2006/09/02 by TALAMI

    Bさん、こんにちわ。

    >本当は兄は突き落としていたのではないかと考えました。

    私の考えは
      弟は兄の橋の上での呆然とした姿しか見ていない。
    です。
    そして弟は
      兄が自分と智恵子の関係が原因で
      智恵子と口論にでもなり、それがもとで
      突き落とした。または転落の原因をつくってしまった。
      と、直感的に思い込んでしまったのではないか。
      そして兄に駆け寄る際にしらじらしい演技をしてみせる
       これは事故なんだよ、そうさ
      腕の傷も智恵子と争ったことによるもの
      と思い込んでしまい、シャツで隠してしまう。
      これら一連の行動は
       智恵子のことを探られたくない、という自己保身が
       一番の理由
      そして、それは「兄の無実を信じる弟」を演じることに
      よって、結果的に守られるものでもあるのだ、と。

    そして、警察の質問にも
      自分はみていない、と関係ないことを強調します。  
      事故と結論づけられることが、
      もっとも都合がいいことであり、
      丸く収まることなんだ、と。

    兄はとっくに気づいていました。
      無実を信じる弟の姿は自分のための演技だろ?と。

    >弟が最後に泣いて後悔したのは、
    >助けようとしたことを思い出したのではなく、
    >助けようとしていたという(うその)証言を(兄弟なら)
    >すべきではなかったかと、
    >小さいころのフィルムを見て思ったからでは
    >ないかと思いました。

      弟は自分が真実だと思っていることを話したのだと思います。
      しかし、それが全て見た事実ではなく推測が混じった
      ものであったことは厳密には「嘘」なのでしょうけどね。
       突き落とすところを見た、というのは嘘。見ていない。
       突き落したに違いないが兄が一方的に悪いわけでは
       ないんだ、というのが心の中の真実でしょう。

      兄の弟への思い
      疑っているなら、その通り言えばいいじゃないか。
      うんざりなんだよ、信じているなんてフリをされるのは。
      
      それに反応した弟の発言。
      ただ、何年も後にフィルムを見
      腕の傷は助けようとした際に出来たものではないのか、
      と考えが変化する。
      所詮は傷の解釈は想像によるもの。
      それを真実のごとく自分に思い込ませてしまっていた。
      傷の解釈(想像)が誤りであったことを
      確信し、弟は涙を流したのではないか。

    本作を批判する人の中には
      それって結局弟の思い違いだったってことじゃん
    と言う人もいます。
    それはそうなのですが
      その思い違いの要因は「ゆれる心」であり
      双方の、保身、嫉妬、卑下、疑心、などによるもの。
      単なる感違いではないわけです。
      そして、見てもいないものをいつの間にか
      見たことのように心の中で処理してしまう。
      人間とはそういう一面も持ち合わせているもの
      なのかも知れません。
      それはきわめて潜在的なものであって
      普段は自覚することがない領域なのでしょう。
      だから、「ゆれる」なのです。
      「ゆれ」によってその潜在部分に気づくことになる。
      自分はひとつしか存在しないわけだから
      その「ゆれ」の中で自分をどう表現していくか
      という問題にも直面する。
      
    奥が深いと思いますよ。この映画は。
     

  • Re: 兄はなぜ受け入れたか

    2006/09/03 by 未登録ユーザApril

     こんにちは。TALAMI様、お邪魔させてください。色々な見方があって、面白いですね。私は、映画好きなわりに、てきとーに見ていて、細かい指摘をされる方には、「えっ!そんなとこあったっけ」とびっくりしてしまうのですが、この映画に関しては、割と(?)覚えています。
    それほど心に残ったということでしょうか。
     なせ、服役したのでしょう?私は、兄は、弟が決定的な証言をしたとき、もう、人生を投げてしまったのだと思うのですが。あの笑みは、あきらめの笑みに見えるのです。彼は、弟と違い、自分を殺して生きてきた。ある種、色んなものをあきらめて生きてきた。それが、容疑者になって、再び、釈放されることによって、それまでの人生がリセットされる希望を見出したのだと思うのです。面会室で、無実を確信した兄が、これからの展望を、目を輝かせて弟に語った時、彼は、確信していたと思うのです。これから、本当に自分の人生が歩ける。しかし、心のどこかで、不安も感じていた。あの笑みは、「ほら、やっぱり、こうなった。俺は、結局こうなってしまうんだ。」というように見えるのです。これは、絶望感です。だから、最後の場面は、私は、バスに乗ったと思います。二度と、弟と会うこともないと。諦めてしまった残りの人生を、それでも、彼は生きなくてはいけません。弟を恨んでいるというよりも、そういう関わりにも、もう興味がないと。そういう表情だと思います。う〜む、自分で書いていて、げんなりするほど悲観的ですが、そんな風に生きている人も、確かにいると思うのです。

  • Re: 兄はなぜ受け入れたか ネタバレ

    2006/09/05 by B

    TALAMIさん
    ありがとうございます。この映画、奥が深いってことをあらためて感じました。
    こうやって、みなさんがああだこうだと議論していることは、監督さんが狙っていたことではないでしょうか。我々は既に術中にはまっているということでは。その意味では、この映画、大成功ということになりますね。

  • Re: 兄はなぜ受け入れたか ネタバレ

    2006/09/07 by 未登録ユーザ紅孔雀

    TALAMIさんへ
    私は恐らくここに投稿されている皆さんの中で一番長く生きていると思いますから、その経験上、稔(香川照之)の心境が良く分かります。しかし再確認したいこともあり昨日もう一度観て来ました。
    @の疑問、何故兄は服役したのか?ですが、ヒントは最初の母親の一周忌の法事にあります。酒を飲むと暴力的になる父親(伊武雅刀)がいます。そして智恵子(真木よう子)が死んだ後、親子三人で囲む食卓。父親が酒を飲むために立ち上がると稔も反射的に立ち上がろうとします。そして、酒を飲んだ父親は稔に掴み掛かります。そこには稔(家族)に対するいたわりはありませんし、稔も抵抗しません。洗濯物を畳むシーンと重ね合わせれば、母親亡き後、家事万端が稔の肩にかかっていることがわかります。父親の、稔(恐らく亡き母親にも)に対する強権的な姿勢は、今後、変わることは無いでしょう。これに辟易していることは、後に稔の口からも語られます。父親にあるのは「世間体」です。稔としては、このままでは自分のこれから先は見えています。従って、もちろん罪の意識もあったでしょうが、稔は智恵子の死をきっかけにして、高い代償を払ってでも父親のくびきから逃れようとしたのです。ただ単に家を出ただけでは、いつ強引に連れ戻されてしまうか分かりません。「世間体」の悪い息子になり、家族をばらばらにする必要があったのです。これには稔の自虐的な性格が大きく作用しています。稔は、自分が「有罪」になるために、弟、猛(オダギリジョー)を揺さぶり、挑発し続けます。最後の決め手は「初めから人の事を疑って最後まで一度も信じたりしない、そういうのが、俺の知ってるお前だよ」と言い放つ稔の一言でした。猛が証言し終わったときの稔の落ち着きは自分の思い通りの結果になったからです。
    一方、智恵子も揺れています。母親が再婚し一人ぼっちになってしまいます。智恵子が死んでも母親は泣きもしません。母親の気持ちは既に新しい家族の方に移っているのです。智恵子は、猛との再会を機に「一緒に東京に行きたい」と言い出します。家族がいなくなった事や、前夜、猛に抱かれたことで具体化したのでしょう。もう、この町に何の未練もありません。でなければ、つり橋で「触らないでよ!」などと、雇い主でもある稔に対して言えません。その口調には稔に対する愛情のかけらもありません。猛も困っていました遊びのつもりで抱いた智恵子が東京についてくると言い出したからです。智恵子の死は猛にとっても幸いだったのです。私はカメラマンである猛が、目撃しているのにも拘らず、何故、稔と智恵子が言い争っている所を写さなかったのだろうか、と思い、昨日、注意してみていました。するとラスト近く猛の回想の中で、黒く縁取られたファインダー越しの映像がありました。でも、弁護士事務所で猛が見せたネガには写っていません。つまり、猛は反射的にカメラは構えたもののシャッターは押さなかったということです。写さないことによって自分を「事件」のらち外に置きフリーハンドを得ようとしたのです。兄を助けたいのなら警察に対して自分の見たことをその場で言わなくてはなりません。しかし、猛は「何も見なかった」と言います。ここで言わなかったことが稔の「自白」に道を開いてしまうのです。ラストに流れる猛のナレーションが兄弟の関係を表しています。「最後まで僕が奪い、兄が奪われた・・・・・・」
    7年後、稔が出所してきます。母の写した8ミリを観た猛は家族の絆があった少年の頃を思い出し山梨刑務所に急ぎます。カメラマンとして決して成功はしていません。しかし、見得は捨てきれない、その性格が7年前と同じおんぼろアメ車(フォード)に乗っていることで示されます。
     ここまでくればAに対する答えは明らかです。稔は猛を目にしても直ぐには笑いません。しばらく凝視した後、皮肉っぽく笑います。心にわだかまりが無くなったのなら破顔一笑し手を上げたりもするでしょう。あの「笑い」は複雑です。『なんだよ、今更』でもあり、『もう、遅いんだよ』でもあったのでしょう。更に深読みすれば、自分に「自立」の道を与えてくれた「感謝」の気持ちも含まれていたかもしれません。稔と猛の生きてきた世界があまりにも違いすぎたのです。兄弟は他人の始まりという言葉もあります。従って稔は「甲府駅」行きのバスに乗ってあの町を出て行きます。戻れば認知症になってしまった父親の世話プラス世間の「目」を背負って生きていくことになります。以前よりも更にうんざりな生活が待っています。これでは、自分の7年間は何だったんだ、ということになります。この作品は、私が生まれ育った田舎と同じ「人の家の台所まで知っている」古い町を舞台にしていることでなりたっています。この家族が再び絆を取り戻すには長い年月が必要です。二回目で更にシナリオ、演出そして香川照之、オダギリジョーの演技に感服しました。
     
    これが私の解釈ですが、ラストについて監督は「どう解釈してもらっても自由です。映画はそこで終わっているのですから」と言っています。


    > 本作は弟から見た描写が主であるので
    > 兄の心中というものがわかりにくい部分がある。
    > 2つ、疑問点を挙げてみました。
    >
    > (1)なぜ、弟の証言に対して異議申し立てせず
    >   服役の道を選んだのか
    > (2)最後の兄の表情は何を物語る?
    >   そしてバスに乗ったのか乗らなかったのか?
    >
    > (1)に関してですが、はっきりした答えが自分の中で
    >   出ていません。無実なのに何年も服役するということは
    >   大変なことですからね。
    >   ただ、弟が証言し終わった後、兄は怒りの表情ではなく
    >   おだやかな表情にみえたことがひとつのヒントには
    >   なると思いますが。
    >
    > (2)ラストはどのようにも想像できますが、(1)をどうとらえるか
    >   との関連が大きいと思います。
    >   私はバスに乗ったのではないかと思います。
    >
    >      みなさん、どう感じましたか?

  • Re: 追伸&訂正 ネタバレ

    2006/09/08 by 未登録ユーザ紅孔雀

    稔の腕の傷について言及するのを忘れていました。
    事件の直後つり橋の上で兄の腕の傷を見た猛は咄嗟にシャツの袖を伸ばすことによって隠します。このときは未だその傷の意味、そして「事件」か「事故」かの確信も持ち得なかったのだとも考えられます。智恵子との関係もあり、係わり合いたくない一心で「見なかった」と言い写真も写さなかった。そう考えれば7年後に猛が気づく傷の意味とナレーションがもっとスムーズに結びつきます。尤もそうだとしても私のこの作品に対する解釈は変わりません。皆さんは、あんなに怒鳴り散らす父親とこれからずっと職場でも家でも一緒に暮らしたいと思いますか?
    それから、誤字がありました。最後から24行目「見得」は「見栄」でした。すみません。

    > 本作は弟から見た描写が主であるので
    > 兄の心中というものがわかりにくい部分がある。
    > 2つ、疑問点を挙げてみました。
    >
    > (1)なぜ、弟の証言に対して異議申し立てせず
    >   服役の道を選んだのか
    > (2)最後の兄の表情は何を物語る?
    >   そしてバスに乗ったのか乗らなかったのか?
    >
    > (1)に関してですが、はっきりした答えが自分の中で
    >   出ていません。無実なのに何年も服役するということは
    >   大変なことですからね。
    >   ただ、弟が証言し終わった後、兄は怒りの表情ではなく
    >   おだやかな表情にみえたことがひとつのヒントには
    >   なると思いますが。
    >
    > (2)ラストはどのようにも想像できますが、(1)をどうとらえるか
    >   との関連が大きいと思います。
    >   私はバスに乗ったのではないかと思います。
    >
    >      みなさん、どう感じましたか?

  • 紅孔雀さんへ

    2006/09/30 by 未登録ユーザodys

    紅孔雀さんの私の評価に付けられた書き込みに対して、ネタバレを含むのでこちらに返答を書かせていただきます。

    まず、この映画全体に足して私が感じた言いようのない不愉快さを書いておかねばなりません。それは、この作品には弟に対する批判的な視点が全くない、ということです。

    弟は実家を飛び足して東京で一応成功している。カメラマンという、ギョーカイ風の仕事で、女の子にもモテる(智恵子に対してだけでなく、最初に母の葬儀のために東京の仕事場を出る場面でもそれが暗示されている)。久しぶりに実家に戻って、葬儀には形ばかり出席し、幼なじみの智恵子(おそらく昔も関係があったのでしょうが)とセックスをする。しかし彼女と真面目に付き合う気は毛頭ない。その後兄と智恵子と三人でピクニックに出かけて智恵子が死んだ後は、一転して(それまでは家族のことなど気にしていなかったのに)兄を親身になって擁護するような言動をとるが、裁判の土壇場で態度を豹変させて兄を有罪にする。それから昔の家族フィルムを見て兄との絆を再認識して、出所した兄を迎えに走る。

    何だこれは、ですよ。弟は要するに、小さな町で実家の親父と暮らすという窮屈さも体験していないし、地道に給油所をやりくりする苦労も、そういう男にはなかなかヨメさんが来ない(今どきの日本の農家のようにですね。紅孔雀さんは『恋するトマト』をご覧になりましたか?)という実情をも体験せず、都会で流行に乗じた職業に従事し、女の子とはテキトーに遊び回っている。裁判では態度を豹変させて兄を有罪にし、その後ちょこちょこと「反省」してみる。
    こんないい加減な男の映画にどうして感心できるのか、私には分からないのです。

    仮に兄が本当に有罪だったとしましょう。その場合、私なら、兄を無罪にしようとした弟の行為は、それまでさまざまな苦労を全部兄におしつけてきてしまった自分の生き様に対する真剣な反省から生じたものとして描きますね。いや、最初は実兄が犯罪人だと世間体が悪いというミエであってもいいが、徐々にそうしたうわついた姿勢から、自分と兄と父と智恵子のどうしようもない関係がこの殺人を生み出してしまったのだ、という認識にさいなまれるところに持っていかないと映画にならないと思います。

    そしてもし兄が無罪であったなら、私の評価スレのところに書いたように、弟の行為は犯罪そのものです。警察に出頭して「偽証をしました」と告白し、裁判のやりなおしを求めるべきなのです。
    とてもじゃないけれど、兄が許してくれるかどうか、なんてあまっちょろいことを言って済む問題じゃない。
    そういう議論がここでなされないのが、私には不思議で仕方がないのです。それは、この映画の出来のまずさを失礼ながら皆さんが認識されていない、ということを意味しているのではないでしょうか。

  • odysさんへ ネタバレ

    2006/10/01 by 未登録ユーザ紅孔雀

    > 本作は弟から見た描写が主であるので
    > 兄の心中というものがわかりにくい部分がある。
    > 2つ、疑問点を挙げてみました。
    >
    > (1)なぜ、弟の証言に対して異議申し立てせず
    >   服役の道を選んだのか
    > (2)最後の兄の表情は何を物語る?
    >   そしてバスに乗ったのか乗らなかったのか?
    >
    > (1)に関してですが、はっきりした答えが自分の中で
    >   出ていません。無実なのに何年も服役するということは
    >   大変なことですからね。
    >   ただ、弟が証言し終わった後、兄は怒りの表情ではなく
    >   おだやかな表情にみえたことがひとつのヒントには
    >   なると思いますが。
    >
    > (2)ラストはどのようにも想像できますが、(1)をどうとらえるか
    >   との関連が大きいと思います。
    >   私はバスに乗ったのではないかと思います。
    >
    >      みなさん、どう感じましたか?

    このような今までの日本映画には無かった、余白の多い作品には評価のふり幅が大きいことは予想していました。まさに「ゆれる」ですよね。猛に対する批判は全く無いわけではありません。ラスト近くでスタンド従業員の洋平に言わせています。それと、猛が兄の無実をはっきりと認識したのは、あの8ミリフィルムを見ることによって兄の腕についていた傷を思い出したときですから、自分が「偽証をしました」と警察に行く前に、とりあえずは刑務所に急いだのだとも考えられます。兄や家族に甘えて、そして、逃げて生きてきた猛のことですから案外そのままだったのかもしれません。映画はそこで終わっていますから後は想像するだけです。私はどちらでもいいと思っています。そこを杓子定規に描かないのがこの映画の良さだとも思います。それに、猛がいい人になってしまったら、この映画の「毒」が無くなって普通の映画になってしまうと思いませんか。まあ、猛は最後の最後まで甘ったれだったということです。その後も、自分の生活スタイルを変えることは無いでしょう。私は、1から10まで説明せず、さりげなく挿入される映像によって想像力を大いに喚起させてくれたこの作品が好きです。恐らくこうして書いても究極のところでは、分かってはもらえないだろうなとも思っています。そして、映画をどのように捉えるかは十人十色、それぞれでいいと思いますが・・・。

  • 再度紅孔雀さんへ

    2006/10/01 by 未登録ユーザodys

    >映画はそこで終わっていますから後は想像するだけです。私はどちらでもいいと思っています。

    えっとですね、なぜ「どちらでもいい」のですか?
    これは裁判を扱った映画です。有罪か無罪かでは大違いです。私がこのスレッドでの皆さんの評価で首をかしげるのはそこのところなんです。
    考えても見て下さい。有罪になったために何年間も刑務所にぶちこまれるんですよ。それも本当に兄が智恵子を突き落としたなら理由はどうあれ仕方がないが、そうでなかったとしたら冤罪ですよ。冤罪なのになぜ「どちらでもいい」のでしょう? 失礼ながら、紅孔雀さんの神経が私にはまったく理解できませんね。

    >そこを杓子定規に描かないのがこの映画の良さだとも思います。それに、猛がいい人になってしまったら、この映画の「毒」が無くなって普通の映画になってしまうと思いませんか。

    このスレッドを見る限り、この映画がそうした「毒」を含む映画だという認識が皆さんにあるとは、到底思われない。兄弟間の心理だとか、智恵子が橋から落ちた真相は何かとか、そんなことばかり話し合われています。
    つまり、弟の行動や心理に相当問題がある、という認識自体が、観客にないわけです。
    そしてそれは、最初に私が書いたように、この作品そのものに弟に対する批判意識がきわめて希薄であること、すなわち監督の作り方がきわめて甘ったれていて、いわば弟の甘えに沿うような形でしか作品作りがなされていない、ということを観客が見抜けていないところから来ているのでしょう。
    つまり、これは弟の甘ったれた態度と監督の甘ったれた態度が重なってできた映画であり、それに気づかない観客は同様の甘ったれなのだ、と私は言いたいのです。

  • またまたodysさんへ ネタバレ

    2006/10/01 by 未登録ユーザ紅孔雀

    これは、映画ですから猛が、警察に行ったら行ったで、行かなかったら 行かなかったで、それぞれの解釈が出来るので、「どちらでもいい」と言ったのです。「どうでもいい」といったのではありません。そして、私はこの作品を家族の映画だと思っています。裁判はその家族のありようを映し出す舞台の一つだったのだと思います。それに、「ネタばれ」を読んでもらえば理由は分かりますが、私は、稔が自ら求めて「有罪」になったと解釈しています。だって、稔が控訴した様子はありませんし、「冤罪」に苦しむ稔の姿も全くありませんでした。そんな兄の様子を見て猛も兄の「有罪」を信じて、7年間あまり葛藤もせずに過ごしてきたのだと思います。結局、私はこの作品を映画という多少誇張された「架空」の物語として鑑賞しましたが、odysさんは「現実」を下敷きにして観られているのだと思います。


    > 本作は弟から見た描写が主であるので
    > 兄の心中というものがわかりにくい部分がある。
    > 2つ、疑問点を挙げてみました。
    >
    > (1)なぜ、弟の証言に対して異議申し立てせず
    >   服役の道を選んだのか
    > (2)最後の兄の表情は何を物語る?
    >   そしてバスに乗ったのか乗らなかったのか?
    >
    > (1)に関してですが、はっきりした答えが自分の中で
    >   出ていません。無実なのに何年も服役するということは
    >   大変なことですからね。
    >   ただ、弟が証言し終わった後、兄は怒りの表情ではなく
    >   おだやかな表情にみえたことがひとつのヒントには
    >   なると思いますが。
    >
    > (2)ラストはどのようにも想像できますが、(1)をどうとらえるか
    >   との関連が大きいと思います。
    >   私はバスに乗ったのではないかと思います。
    >
    >      みなさん、どう感じましたか?

  • 駄作である理由

    2006/10/01 by 未登録ユーザodys

    どんな映画だって架空ですよ、それは。たとえ実際の事件を下敷きに作った映画だって架空です。しかし、架空の映画であれ、それを評価するときは現実を基盤にせざるを得ない。例えば人はなぐられれば痛いわけです。映画でもスーパーマンでない限り人は殴られれば痛いものだ、という前提で作ります。当たり前のことじゃないですか。
    私はその当たり前のことを言っているに過ぎません。

    この映画は非常に出来が悪い、というのが私の評価であることは最初に書いています。
    その一つに、裁判で有罪と無罪では大違い、ということが監督に分かっていないのではないか、というところがあります。
    なぜ兄は控訴しなかったか。監督が悪いとまず私は思いますね。有罪と無罪では大違いなのに、そこのところが監督に分かっておらず、単に兄弟の心理的葛藤の道具としてしか裁判を見ていない。恐らく、監督に分かっていないから観客にも分からなくなるのではないでしょうか。
    しかし、敢えて作品に即した解釈をすれば、事件の唯一の目撃者は弟であり、ふつうなら身内だから兄に有利な証言をすると考えられるのに、土壇場で態度を翻して兄が有罪だと証言したわけですから、これはひっくりかえしようがない、と考えたのだ、と解釈するしかないでしょう。

    この作品の出来の悪さについて改めて述べておきましょう。なぜなら、私が自分の評価で低い点を付けたのに対して紅孔雀さんが「?」を投げかけてきたのがこのやりとりの出発点だからです。

    まず、大きな構図として、田舎町で地道に暮らしている兄と都会に出て成功した弟という対立があります。くくるなら「田舎対都会」ということです。母の葬儀で二人が久しぶりに再会し、なおかつ女が絡むことによってその対立に火がつく。その火は最終的には女の死という事件となって燃え上がるわけです。
    智恵子の死は、事故であろうがなかろうが、大きく見れば「田舎対都会」という構図の中で起こった悲劇と言えるでしょう。智恵子は都会に出たいという気持ちを捨てきれなかった。しかし実際には故郷の田舎町にとどまりつづけた。
    いささか冷酷に言うなら、彼女の死はそういう中途半端な生き方の結末とも言える。彼女ははっきりとちらかを選ぶべきだった。猛についていくのであれ、そうでないのであれ、とにかく都会に出て自分の可能性を試してみるか、或いは故郷に留まることを選択するなら稔と、或いは他の地元の青年と一緒になって堅実な家庭を築くか、どちらかです。どちらでもなかった中途半端さが悲劇の一つの要因だったと私は考えます。

    ですから「ゆれる」というこの映画のタイトルにいちばんふさわしいのは、智恵子だと私は思う。なぜなら、猛は都会で、稔は地元で生きることを選択してそれぞれ自分なりにやってきたのであり、生き方が定まっていないのは彼女だからです。ゆれているのです。そしてそのゆれは、猛と再会することで振り切れるほど大きくなるわけです。

    そう、つまり彼女の中途半端さに火を付けたのは、猛です。ガソリンスタンドでは知らん顔をした癖に、葬儀で会うと彼女の部屋に上がり込んでセックスをし、しかしせめて一晩だけでもとことん付き合うのかと思えばそうではない。実に遊び人として徹底していますね。
    稔にはこういうソツのなさはない。だから言葉でカマをかけたりしていますが、それは気楽な生き方をしている弟を見ていればその程度のことはしたくなるでしょう。猛としては気軽に幼なじみの女の子と遊んだのだから、そんな真似ができない兄に多少のことを言われようが気にならないはずだと私は考えます。また、智恵子は猛には単に遊ばれたに過ぎないのに、そのことが十分に分かっていない。いずれにせよ、猛(=都会)の一人勝ち、という構図になっている。

    智恵子は橋から落ちて死にます。それは先に吊り橋を渡った猛の後を追い、その彼女に稔が追いすがる中で起こる事件です。先に私の言った「田舎対都会」という構図に照らし合わせるなら、智恵子は稔(=田舎)を振り切るようにして猛(=都会)の後を追おうとして墜落死したわけです。きわめて象徴的な死ですね。
    つまり、彼女の死に道義的に最大の責任があるとすれば、それは稔ではなく猛だと私は思う。都会への憧れを再燃させたのは猛であり、しかも本気ではなく遊びだったからです。
    無論、実際の裁判の場ではそういう大きな背景まで責任を問うことはできません。だから彼女ともみあうようになった稔の故意で彼女が死んだのか、純粋に事故なのかが問題になるのは仕方がない。
    しかし、そういう大きな背景を問えるのが映画であるはずでしょう。裁判で結果がどうなるのであれ、この事件を引き起こした大きな要因が猛にあるということは明らかであり、その責任のあり方を猛が自省するのでなければ映画にはなりませんよ。
    ところがそうではない。猛はそういう自省に到達することがついにない。兄との関係がどうだったか、という細かい問題にとらわれているだけで、ことの本質が最後まで分かっていない。つまりそれは、この映画を作った監督にことの本質が分かっていない、ということを意味します。だからこそ私はこの映画を駄作と見て、低評価したわけです。

  • odysさんラストです ネタバレ

    2006/10/01 by 未登録ユーザ紅孔雀

    今回のodysさんの投稿を見てodysさんが問題にされていることが具体的にわかりました。猛は、智恵子の死の遠因が自分にあるとさえも思っていない人間だということでは無いでしょうか。私は前にも言いましたが、そんな無責任な猛が無責任なまま自省しなくても、それはそれで映画は成立していると思っています。ラストに僅かな救いがあるとは思いますが・・・・。 ですから、仮に事実を下敷きにしていたとしても、映画は色々な解釈が許される架空の物語だといいました。私のいう「架空」という意味はそういうことです。結局、映画に何を求めるか、ということでしょうが、私の解釈はほぼ言い尽くしました。
    odysさんの言わんとされていることも分かりました。噛み合わないやりとりでしたが、それでも映画の見方の多様性という点で大変参考になりました。これ以上繰り返しても堂々めぐりになると思いますし、この辺で幕にしたいと思います。それに、月曜日から長期出張です。付き合ってもらってありがとうございました。



    > 本作は弟から見た描写が主であるので
    > 兄の心中というものがわかりにくい部分がある。
    > 2つ、疑問点を挙げてみました。
    >
    > (1)なぜ、弟の証言に対して異議申し立てせず
    >   服役の道を選んだのか
    > (2)最後の兄の表情は何を物語る?
    >   そしてバスに乗ったのか乗らなかったのか?
    >
    > (1)に関してですが、はっきりした答えが自分の中で
    >   出ていません。無実なのに何年も服役するということは
    >   大変なことですからね。
    >   ただ、弟が証言し終わった後、兄は怒りの表情ではなく
    >   おだやかな表情にみえたことがひとつのヒントには
    >   なると思いますが。
    >
    > (2)ラストはどのようにも想像できますが、(1)をどうとらえるか
    >   との関連が大きいと思います。
    >   私はバスに乗ったのではないかと思います。
    >
    >      みなさん、どう感じましたか?

  • 紅孔雀さん odysさん

    2006/10/03 by TALAMI

    紅孔雀さん odysさん こんにちわ
    しばらくのぞいていなかったので
    お返事遅れてすみません。

    とはいいましても、今みたばかりで
    大したことは書けませんが
    一言だけ書いておきます。

    私が問題提起した
    >(1)なぜ、弟の証言に対して異議申し立てせず
      服役の道を選んだのか

    ということについては、どのような意見を目にしても
    いまひとつピンとこないのが実感です。
    そう解釈しておくしかないのだろうな・・みたいな感じで
    納得ということではありません。
    ですからodysさんの疑問はよくわかります。
    ヒントはいろいろと劇中にあるかも知れません。
    ですから、私の中では
     保留状態
    ですね。
    もしかしたら、作品自体に落ち度があるかも知れませんし
    どちらなのかもわかりません。
    わからないからこそ、皆さんも様々な意見を述べられ
      手探り状態
    であるのだと思います。
    私は点数付けをしておりません。
    ただ、作品のせいにしてしまってはそこで作品との関わり
    は終わりになってしましますから。

    作品に欠陥があると決め付けるのは簡単です。
    ただ、そう断言できるほどの映画眼は私にはないと思って
    います。
    (これらの不可解さが事実だとしても駄作とは思いませんが)
    日々勉強というわけです。
    odysさんはおっしゃるかもしれません
     それは買いかぶりだよ
    結果、そうかも知れません。
    結果、そうだとしても、もうすこし
     あがいて
    みたいわけです。
    繰り返しますが
    odysさんの心中はわかりますよ。
    なんてったって私自ら
     疑問その1
    として挙げているわけですから。

    また、なにかありましたら
    よろしくご指導ください。

  • TALAMIさん

    2006/10/04 by 未登録ユーザDS

     私も最近やっとこの映画を観ることが出来、ここで皆さんの様々な感想を拝見して2度楽しんでるって感じです。
     さて、TALAMIさんにお聞きしたいんですが、

    > (1)なぜ、弟の証言に対して異議申し立てせず
    >   服役の道を選んだのか

    と、疑問をあげていますが、

    なぜ、兄は智恵子殺しを自供したと思いますか?

  • Re: 兄はなぜ受け入れたか

    2006/10/05 by kusukusu

    > (1)なぜ、弟の証言に対して異議申し立てせず
    >   服役の道を選んだのか

    まあ、この兄は「この狭い町で殺人で今までどおりに暮らしていけない」と言っていましたが、あれはけっこう本音だったのかも。紅孔雀さんが言うような、父親から逃れたかったということあるし、普通の人は有罪になって刑務所に入れられることはさけたいと思うことなのですが、この人にとっては、有罪になって刑務所に入れられてそこで何年かを過ごしても、無罪になって、狭い町で町の人達や父親にあいつは本当は殺したんじゃないかと後ろ指をさされながら生きても同じだみたいな考えだったのかもしれません。無罪になって狭い町で後ろ指をさされながら生きることは檻の中に入れられるのと同じようなものだと。従って、この人には有罪になろうと無罪になろうとどっちでもよかったのではないか?

    ただ周囲の弁護士、検事や警察がそういう「どっちでもいい」という考えでは困るけれども。弁護士、検事、警察が真相に疑いを持たなかったという点は問題あるとは思いますが。ただ本人にとっては有罪か無罪かは「どっちでもいい」ことだったのではないかということです。

    で、自分はどっちでもいいと。それでなんで有罪になる方を選択したのかというと、そうすることで、弟の心の中に「罪の意識」を抱かせたかったのではないか?
    自分が無罪になったら、弟は罪の意識を抱かなくてすみますからね。有罪になれば、弟は俺があんな証言をしてしまったことで無罪の兄を有罪にしてしまったということで心の中に「罪の意識」を抱き続けることになるわけです。それが狙いだったのではないか?












    > 本作は弟から見た描写が主であるので
    > 兄の心中というものがわかりにくい部分がある。
    > 2つ、疑問点を挙げてみました。
    >
    > (2)最後の兄の表情は何を物語る?
    >   そしてバスに乗ったのか乗らなかったのか?
    >
    > (1)に関してですが、はっきりした答えが自分の中で
    >   出ていません。無実なのに何年も服役するということは
    >   大変なことですからね。
    >   ただ、弟が証言し終わった後、兄は怒りの表情ではなく
    >   おだやかな表情にみえたことがひとつのヒントには
    >   なると思いますが。
    >
    > (2)ラストはどのようにも想像できますが、(1)をどうとらえるか
    >   との関連が大きいと思います。
    >   私はバスに乗ったのではないかと思います。
    >
    >      みなさん、どう感じましたか?

  • Re: 兄はなぜ受け入れたか

    2006/10/05 by kusukusu

    > (2)最後の兄の表情は何を物語る?
    >   そしてバスに乗ったのか乗らなかったのか?

    会いにきた弟の姿を見て、弟が無罪の自分を有罪にしたことが気がついたんだなとわかって、ほっとして微笑んだのではないでしょうか?
    自分が有罪になることで、無罪の兄を有罪にしてしまったと弟に「罪の意識」を抱かせることをねらっていたのに、弟が無罪であることに気がつかないで兄は有罪だったんだと思ったままだったら、自分がしたねらい(弟に「罪の意識」を抱かせること)が失敗して意味がなかったことになってしまいます。弟の姿を見て、ああ、自分のねらい通りに弟が気がついたんだとわかってほっとしたのではないかと。
    バスは乗ったかな?

  • Re: 兄はなぜ受け入れたか

    2007/03/12 by としぞ。

    DVDの鑑賞だったものですから、時間の過ぎ具合で考えると場違いかも知れませんが、どうもストーリーの流れに釈然としないものを感じたので、ここでの皆さんの意見を読ませていただき、自分の見解をまとめてみようと思いました。
    その「釈然」としない部分と言うのは、やはり稔の心理状態と行動です。
    皆さんのそれぞれの意見を拝読するたび、いちいち「もっともだ」と考え、一瞬「紅孔雀」さんのご意見で納得しかけたのですが、ふと、これは前提、つまり、智恵子の死を「殺人」とするか「事故」とするかによってに変わってくるのではなかろうか?との疑問が頭をよぎりました。
    紅孔雀さんは、稔が「有罪」になるために、つまり、家族をばらばらにするために猛を揺さぶったと書かれています。
    もし、「智恵子の死」が稔の手による殺人であるなら、そのまま罪を認めることで有罪となり猛を巻き込む必要はありません。
    逆に、偶発的な事故(※僕は、智恵子は事故死である、と判断しましたが)であるなら、「有罪を目的とした」猛への揺さぶりは理解できるものの、「有罪になる意味」は、この事故を「利用して」家族崩壊を果たそうとした、ということになりますよね。だけど、以前から稔が「家族をばらばらにする」何らかのチャンスを窺っていたと仮定しても、偶発的な事故を利用したとするのは、ストーリーの進行としては少なからずご都合主義の感が否めません。
    そこで引っ掛かってきたのが面会シーンです。
    劇中猛は、稔との面会を二度行っています。
    最初の面会シーンでは、激昂した稔が猛に唾を吐きかける姿が映し出されます。
    二度目の面会のシーンでは、唾は吐き掛けないものの、猛の人格を否定する言葉を稔は言います。
    どちらのシーンでも稔は、猛に対する嫌悪感を見せていることで似通ってはいますが、稔の心理状態には大きな変化があったのではないかと思うのです。そのカギは、ふたつの面会シーンの間に、検事が「智恵子の膣内に被告人のものとは違う精液が検出された」と指摘する法廷でのシーンがあったこと。
    タリムさんが書かれていることに通低しますが、稔は、例え事故であったとしても、猛との関係を発端とした智恵子に対する自らの想いが、結果的に智恵子を死なせてしまったのではないか?という罪悪感を持っていた。その念に苛まれていた感情が爆発し、ガソリンスタンドでの事件を起こして、自責の念から解放されるために智恵子を殺したことを自白した。
    この時点での「自白して良かった」の告白は本音だったろうし、そんな心理的な「自由」を手に入れたことと、反面、肉体的な事実として「自由」を奪われるかもしれないと思う心が、ずっと心に抱いていた猛への本心を言わせ、猛に向かって唾を吐かせたのではないか。
    しかし、この時の稔の有罪に対する考えは、自白はしていても「智恵子の死は事故」という事実があったが故に漠然としたものだったはずです。
    しかし、その漠然とした考えを変えさせたのが「精液検出」です。
    このことが検事から明かされるに至り、智恵子と猛の関係に気付いていた稔は、猛に何らかの累が及ぶことがふと脳裏を掠めた。そしてそのことが、自分が猛の兄であったことを強く意識させたのではないか。それは、弟を想う兄の心であると同時に、それが偽りの気持ちであったにしても家族との関係の中で常に自己犠牲を強いてきた稔の哀しさでもあるような気がするのです。
    検事の質問途中に席を立ち傍聴席に頭を下げたのも、それ以上の追及を阻む行動であり、そしてこの時有罪になろうとはっきりと決意した。それが猛を守るためだと、さらに言えば、死者となった智恵子をも守ることだと考えて。
    劇中、蟹江敬三演じる弁護士の「法廷に立つことは、被告人を丸裸にしなくてはならない」というセリフがありますが、猛と智恵子を丸裸にはさせたくない、という稔の心理の伏線だったとも受け取れませんか?
    その後の面会で猛を非難し、それが猛の証言を翻させるきっかけになっていますが、先に書いたように、ふたつの面会シーンでの稔の態度は「猛に対する嫌悪感」という意味で似通っています。しかし、前者が激昂している稔の姿を見せていたのに対し、後者は終始淡々とした稔の姿を見せていたことが、「感情の動きによる本心の吐露」と「計算された挑発」とを分けて演出し、表現していた、と僕には感じられました。このふたつのシーンでの猛のリアクションの違いや、前者は稔が去って猛が残され、逆に後者は猛が去って稔が残されたという対比にも、その意図が表れていたような気がします。

    とまあ、そんな風に考えると、ラストシーンの稔の微笑は、自分の想いをわかってくれた、という兄としてのものだったように思います。

  • この弟、嫌い ネタバレ

    2008/01/21 by バナバナ2

    TALAMIさん、こんばんは。今頃レスしてすみません。
    今日観たばかりで、誰かと語り合いたい心境だったので便乗させてください。

    (1)なぜ、弟の証言に対して異議申し立てせず
    服役の道を選んだのか
    これは、私は上手く書けないけど、タリムさんやとしぞ。さんと同じような事を感じたので、稔が自白したり異議申し立てをしなかったことに、違和感はありませんでした。

    (2)最後の兄の表情は何を物語る? そしてバスに乗ったのか乗らなかったのか?
    私はこの兄弟は、和解できたと感じました。あの微笑みは、弟が今は兄が無実だったと信じ、兄の想いも理解できたと悟ったのだと。
    ガソリンスタンドを兄がそのまま継ぐかどうかは分かりませんが、少なくとも弟と共に一度は実家に帰り、父親を安心させただろうと思いました。

    私が理解できなかったのは弟の気持ちです。

    私はこの弟がマメに裁判を見に行ったり、兄に面会していたのは、自分が殺人犯の弟になりたくないという自己保身よりも、兄に嫉妬して安易な気持ちで智恵子と関係を持った為に今回の事件が起きてしまった、という罪悪感の方が大きいと思っていました。
    だから、母親の葬式にも喪服も着ないで遅刻してくる位だらしない男が、毎回裁判の度に東京から出向いてくるのだと。

    それが、兄にいくら挑発されたからって、自分の悪い方の想像を、法廷でぶちまけるとは。
    ガソリンスタンドの店員じゃないけど、本当に「あんたがなんでそんな事したのか分からない」と思ってしまう。
    自分の実のお兄さんでしょ、あんたの反省や後悔や罪悪感ってその程度なの!?と。
    あの程度のこと言われて、簡単に気持ちが翻ってしまうなんて、「俺は兄を庇ってやってるんだ」という上から目線だったのか?

    でも、まあ、猛にも気持ちが揺れてもらわないとこの映画は成立しないし、元々自己中心キャラだから、この点はしょうがないのかな。

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42人(14%) 
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87人(29%) 
80点
61人(20%) 
70点
58人(19%) 
60点
22人(7%) 
50点
7人(2%) 
40点
0人(0%) 
30点
1人(0%) 
20点
2人(0%) 
10点
3人(1%) 
0点
17人(5%) 
採点者数
300人
満足度平均
76
ファン
31人
観たい人
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