手紙 (2006)
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主人公は何を感じたのか?
2006/11/07
by
無責任な傍観者
主人公はこの作品の中で一体何を感じたのでしょうか?
彼は一貫して「逃げる」がその行動の基本原理です。逃げる人間が何故本名?
また、何故お兄さんは自分の名前を書いた手紙を出すの?
元々主人公は殺人犯の兄弟としてどこに行っても、どんなに隠しても露見していわれのない嫌がらせを受けたのがトラウマになっている出だしです。
しかし、漫才で成功したのにネットで暴露された時に、彼は逆玉に乗ろうとします。
友達のためを思って、相手に気を遣わせない口実としてかと思いましたがその後のセレブお嬢さんのために兄からの手紙を隠したり部屋を掃除したり
はどう見ても逆玉本気モードですよね。
ネットで全国区に暴露されているのが分かっているのに、トラウマはどうしたの?
彼女のステータスに惹かれて付き合っただけですから、本来の目的であるお金=手切れ金を受け取ったことは納得。
彼女がお兄さんの手紙に代筆していたことを知った後、「ありがとう、これから僕が君を守る」ってどういう意味だったの?
結局代筆は彼女に任せて、「君を守る」とはどのような行動をとろうとしたんだろうか?
そのときのフラッシュバックで写った会長の言葉にしても、あの場面で映し出されただけで彼の行動=ストーリーに何ら影響を与えていないんですよね。
お兄さんに絶縁状を送った後、思い出したように被害者の家族を訪ねる。今まで事件直後の葬式以来訪ねることはなかったのに何故?
彼の考えによると積年の差別に加え、娘への被害に対してお兄さんを恨んでいるのに、最後のお兄さんの手紙と被害者家族の言葉に何を感じたのか?
娘の被害は何一つ解決していないんだよね。
勿論、私の理解が間違っていなければ、この物語のテーマは「贖罪は不可能。犯した罪は一生背負うべきで、関係者は気持ちとして片をつけるしかない」
と言ったモノだと思うが、主人公は元々自分が犯していない罪に対して自分に被害が及ぶことを差別として不服に思っていたはず。
自分や娘が差別を受けたのは被害者家族とは全く関係が無く、犯罪者の兄に絶縁状を突きつけた後、取って付けたかの如く登場した被害者家族に許された
としても主人公のこれまでの経緯からは何の影響もないはず。
最後のお兄さんの手紙はテーマとして非常に心を打つモノがあるにも関わらず、主人公のキャラ設定のいい加減さで全ての登場人物の主張が理屈だけで
何も心に響くモノにならなかったのがとても残念です。
制作者が悪いのか、原作が悪いのかは知りませんが、制作者にはストーリー・テーマを自分自身で理解して作品を作るようにして欲しいです。
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Re: 主人公は何を感じたのか?
2006/11/08 by
kokolokoこんばんは♪私は、素直に感動して泣いた一人ですが、初めてこの作品を鑑賞したあと、何かひっかかるものを感じたのも事実です。原作を購入してもう一度じっくり(私は学校の授業を一度で理解できない人間でしたので。。)理解したいなと思ったのです。傍観者さまの疑問の答えになっているかどうかはわかりませんが、自分の理解したことを書いてみようと思います。
> 主人公はこの作品の中で一体何を感じたのでしょうか?
> 彼は一貫して「逃げる」がその行動の基本原理です。逃げる人間が何故本名?
主人公は『自分は悪くない。悪いのは犯罪を犯した兄だ。だから、兄のことをまったく知らない世界に行って、兄を捨て、一から出直そう』って思っていたと思います。でも現実はそう甘くはなかった。どこに行っても一度貼られたレッテルがつきまとう。『強盗殺人犯の弟』という。
> また、何故お兄さんは自分の名前を書いた手紙を出すの?
お兄さんは刑務所で服役することで、罪を償っており、手紙を書くことで、気持ちを浄化させていました。その頃、弟が差別に苦しんでいることや、被害者家族が不愉快な気持ちでお兄さんの手紙を受取っていることをまったく知らなかったのです。
> 元々主人公は殺人犯の兄弟としてどこに行っても、どんなに隠しても露見していわれのない嫌がらせを受けたのがトラウマになっている出だしです。
> しかし、漫才で成功したのにネットで暴露された時に、彼は逆玉に乗ろうとします。
> 友達のためを思って、相手に気を遣わせない口実としてかと思いましたがその後のセレブお嬢さんのために兄からの手紙を隠したり部屋を掃除したり
> はどう見ても逆玉本気モードですよね。
これが人間の、信じたくない本当の姿なのではないかと思いました。ほとんどの小説では、こんなことはあり得ない。でも、両親を失い、頼る親戚もいない(ようですし)し、兄は犯罪者、自分にはわずかな貯蓄もない、名声もない、だとしたら?少しでも美味しい話があったら飛びつくのはないでしょうか?
> ネットで全国区に暴露されているのが分かっているのに、トラウマはどうしたの?
> 彼女のステータスに惹かれて付き合っただけですから、本来の目的であるお金=手切れ金を受け取ったことは納得。
ただ、ここが原作と違うのですが、原作では手切れ金は受取りませんでした。それと、彼女のことはステータスだけでなく、本当に愛していたと受取りました。それは映画でもそうです。初めて愛した女性だったのですが、あのひどい仕打ちは堪えました。。
> 彼女がお兄さんの手紙に代筆していたことを知った後、「ありがとう、これから僕が君を守る」ってどういう意味だったの?
> 結局代筆は彼女に任せて、「君を守る」とはどのような行動をとろうとしたんだろうか?
こんなに大事な人がそばにいたのに、ほったらかしにしてごめんってことかな・・と思いました。由美子も主人公と同様、逃げる人生を一人で歩んでいましたし、由美子はリサイクル工場にいたときから手袋を編んでくれたり、りんごをむいてくれたり、就職後も励ましてくれたり、いつもいつも思って(守って)くれていました。(主人公の気持ちが他に行っていたとしても)だからこその(今度は僕が)『君を守る』ということになったのかと思います。
> お兄さんに絶縁状を送った後、思い出したように被害者の家族を訪ねる。今まで事件直後の葬式以来訪ねることはなかったのに何故?
> 彼の考えによると積年の差別に加え、娘への被害に対してお兄さんを恨んでいるのに、最後のお兄さんの手紙と被害者家族の言葉に何を感じたのか?
> 娘の被害は何一つ解決していないんだよね。
今まで、主人公も心のどこかで『被害者意識』があったように思いますが、由美子の行動、そして会長の言葉で目覚めます。『自分も加害者の家族』であり、『被害者にとっては憎むべき相手』なんだと。。
ここで、また原作のことで申し訳ないのですが、主人公はある事件で『本当の被害者』にもなるわけです。その加害者の家族が自分のところに謝罪にきて不快感を感じるシーンがあります。人にされて不快に思い、自分も目覚めたようなシーンでした。『正々堂々と生きてちゃいけないんだ』と。。。
> 勿論、私の理解が間違っていなければ、この物語のテーマは「贖罪は不可能。犯した罪は一生背負うべきで、関係者は気持ちとして片をつけるしかない」
> と言ったモノだと思うが、主人公は元々自分が犯していない罪に対して自分に被害が及ぶことを差別として不服に思っていたはず。
> 自分や娘が差別を受けたのは被害者家族とは全く関係が無く、犯罪者の兄に絶縁状を突きつけた後、取って付けたかの如く登場した被害者家族に許された
> としても主人公のこれまでの経緯からは何の影響もないはず。
被害者家族に送られてきたお兄さんからの最後の手紙(お兄さんが弟から絶縁されたこと、犯罪というのは本人だけでなく、家族にまで及ぶこと、それを初めて知ったこと、もう二度と手紙を書かないという内容)は、ここに主人公が出向かなければ手にしなかった手紙なので、重要なシーンだったように思います。
> 最後のお兄さんの手紙はテーマとして非常に心を打つモノがあるにも関わらず、主人公のキャラ設定のいい加減さで全ての登場人物の主張が理屈だけで
> 何も心に響くモノにならなかったのがとても残念です。
>
> 制作者が悪いのか、原作が悪いのかは知りませんが、制作者にはストーリー・テーマを自分自身で理解して作品を作るようにして欲しいです。
その後の感じ方は千差万別なので、感動しない方がいるのも当然だと思いますし、とくに人生経験の豊富な方にはこんなことは百も承知なのだろうと感じました。
めちゃくちゃ長くて、的外れかもしれないのですが、自分の感じたことを述べました。すみませんでした。 -
Re: 主人公は何を感じたのか?
2006/11/08 by
suga>>彼女のステータスに惹かれて付き合っただけですから、本来の目的であるお金=手切れ金を受け取ったことは納得。
この時点でこの映画を語る資格なし。
そら響かんわー。 -
Re: 主人公は何を感じたのか?
2006/11/08 by
タリム無責任な傍観者さん
すべてとは言いませんが、映画を観て感じた疑問の多くは原作から
変更されたことで生じた矛盾だと思います。
原作で引ったくりの被害に遭ったのはガールフレンドではなく、由美子です。自転車が倒され娘が病院に運ばれる大怪我を負います。
直貴は被害者側の立場に立つことで、被害者側の思いを体験し、また加害者の親族という自分の立場を反対の立場からもみることになるのです。
これは、この物語の中でかなり重要な意味を持つことにも関わらず、なぜ映画で中途半端に変えられたのか、大変疑問を感じます。
社長は原作では再度登場し、直貴にとても厳しいことを言います。
映画では、ここが完全に脱落し、ラストに向かうため原作を読んでいる者からすると物足りないし、読んでいない人には主人公の行動が理解できないのではないかと思います。
映画館に原作者の東野圭吾の映画に対するコメントが掲示されていました。とても満足していると書かれていましたが、果たして本音なのでしょうか。私は、原作者の伝えたかったことと、映画で描いたものが微妙にずれているように感じてしまったのですが。 -
Re: 主人公は何を感じたのか?
2006/11/08 by
みなみ>原作で引ったくりの被害に遭ったのはガールフレンドではなく、由美子です。自転車が倒され娘が病院に運ばれる大怪我を負います。
直貴は被害者側の立場に立つことで、被害者側の思いを体験し、また加害者の親族という自分の立場を反対の立場からもみることになるのです。
これは、この物語の中でかなり重要な意味を持つことにも関わらず、なぜ映画で中途半端に変えられたのか、大変疑問を感じます。
>社長は原作では再度登場し、直貴にとても厳しいことを言います。
そうなんですよね。
映画ではお金も受け取っちゃったし
(涙、そうそうでは受け取らなかったのに)
この2か所の部分でも原作と違っているしで
原作を読んだものとしては響かないんですよね。
原作ではラストにもう一選択をするのに
その部分がない。
被害者の立場も経験し
兄が犯した罪にも被害者がいるということを理解し
そして、被害者宅に訪問に訪れるのに・・・
あと砂場で子どもが仲間はずれにされるシーンも
そのいきさつが原作では書かれているのに省かれている。
まぁこの辺は、時間の関係で仕方がなかったのかもしれませんが。
私がこの映画を見て、いまいちという評価をしてしまったのは
そういう部分もあってですね。
会長の言う
人は自分の身近に犯罪者などを近づけたくないもので
それが自己防衛となっている、という説は分からなくはないのですが
これでもかこれでもかと迫ってきた原作と比べると
ちょっと物足りなさを感じてしまっています。 -
皆さんありがとうございました
2006/11/08 by
無責任な傍観者kokolokoさん
丁寧なレスありがとうございます。
私の書き方が悪くて申し訳ありません。
私の趣旨は個別の場面の解釈ではなくて、全編を通した主人公のキャラ設定の整合性です。
行く先々で謂われの無い嫌がらせを受けて、周囲の人間とも完全に壁を作るなら
名前を変えるのが当たり前だと思います。
また、
>これが人間の、信じたくない本当の姿なのではないかと思いました
逆玉自体は良いんです。あれだけ正体が露顕した時のバッシングを経験していたのに、彼女との時だけ上手く行くと考えることが不思議です。ネットで正体を流布された時は第一に恐怖を感じるのでは?
>彼女のことはステータスだけでなく、本当に愛していたと受取りました。それは映画でもそうです。
コンビ解消して何もせずに、ただ彼女との結婚を考えるのが本当の愛とは思えませんでした。
表現としては不適切ですが「寄生」みたいなモノでしょ?
ここら辺は感性の違いかも知れません。
>だからこその(今度は僕が)『君を守る』ということになった
今までありがとう。だから今度は僕が…、というのは理解できますが、「守る」って何をしようとしたんだろう?
>ここに主人公が出向かなければ手にしなかった手紙なので、重要なシーンだったように
シーン自体は重要だけど、何のために被害者の家に行ったの?「兄と絶縁したから貴方の家族とは関係ありません」と宣言でもするつもりだったのか?
>主人公はある事件で『本当の被害者』にもなるわけです。その加害者の家族が自分のところに謝罪にきて不快感を感じるシーン…後略
この場面は映画ではありませんから、主人公が被害者家族を訪問した意味が全くありません。
主人公が被害者家族を訪問した意図も、自分が絶縁状を突きつけた兄が反省した手紙を読んで、何故あれだけ心を動かされたかも全く意味不明です。
兄が反省するのは主人公が絶縁状を書いた時点で主人公自身が想像していたはずで、その上で絶縁しました。
だから、もちろん、最後の手紙を読んで慰労漫才を行う動機も全く不明。
>由美子の行動、そして会長の言葉で目覚めます。
少なくとも映画の中では二人の言葉に目覚めて、具体的に主人公が行動したシーンは無かったのでは?
会長の言葉(ここで輪を広めよ)は奥さんとの会話の中でフラッシュバックするけど、それで何をするわけでもないし、
娘の件で引っ越そうとした事を考えても会長の言葉は何も意味がなかったようです。
奥さんの言動(お兄さんを大切にして手紙を書いてあげて)にも主人公は何もせず、代筆を容認しただけで、
子供が差別を受けるという、単なる自分の周囲に発生した事件によって初めて兄に手紙を書いています。
つまり、両者の言葉ともこの映画の中では何も意味を持っていないのです。
主人公の行動が不可解なことと、行動と周囲の言葉に関連性を持たせていないから、周囲の言葉は単独の理屈として理解できるだけで、何らこの映画の深みを増すことがありません。
逆に唯一言動に関連性があった、兄の最後の手紙とそれを読んで心にケリを付けることと告げた被害者家族のシーンだけが心を打つことになりました。
評価板にも書きました、各人の言うことは分かるんだけど、主人公の設定が一貫していないから、その言葉が生きていないということを、ここにネタバレ含んで書いておきたかったのが趣旨でした。
おかげで原作だとキチンと主人公の行動に整合性があって各登場人物の言葉も意味を持つであろうことが分かりました。
ありがとうございます。
やはり制作者側にピンぼけの部分があったようですね。おちゃらけていないことは分かりますが、もう少し考えて作品を作ってもらいたいモノです。
kokolokoさんの文章を読んでいて感動したのがよく分かります。
私のこの映画に対する批判は、その感動に向けられているのではないことをご理解下さい。
タリムさん
>直貴は被害者側の立場に立つことで、被害者側の思いを体験し、また加害者の親族という自分の立場を反対の立場からもみることになるのです。
だとしたら、被害者家族に会いに行くのは自然だし、あのシーンからラストに至るのも辻褄が合いそうです。
>社長は原作では再度登場し、直貴にとても厳しいことを言います。
社長(会長)の言葉も原作の中では生きているんですね。
>映画を観て感じた疑問の多くは原作から変更されたことで生じた矛盾だと思います。
>なぜ映画で中途半端に変えられたのか、大変疑問を感じます。
>映画では、ここが完全に脱落し、ラストに向かうため
原作ファンの方も不満ですか。原作を読んでいたら脳内補完できるのでしょうが、未読の人間が主人公の行動を理解するのはかなり困難ではないかと…
事前のあらすじを読んだ限りでは、鑑賞後は加害者/被害者の扱い云々を考えさせられるかと期待していたのですが、それ以前で止まってしまいました。
欠落箇所のご説明ありがとうございました。
みなみさん
>この物語の中でかなり重要な意味を持つことにも関わらず、なぜ映画で中途半端に変えられたのか、大変疑問を感じます。
原作を読んだ方は同じように感じられるんですね。
>映画ではお金も受け取っちゃったし(涙、そうそうでは受け取らなかったのに)
ここも原作と違いますか。
でも、ここは私からすると支離滅裂な主人公の行動の内で唯一自分の感情に正直な辻褄の合った行動に感じました。
>原作ではラストにもう一選択をするのに
>あと砂場で子どもが仲間はずれにされるシーンもそのいきさつが原作では書かれているのに
>これでもかこれでもかと迫ってきた原作と比べると
原作は濃厚な内容のようですね。
>私がこの映画を見て、いまいちという評価をしてしまったのはそういう部分もあってですね。
みなみさんはまだ、脳内補完しながら観ることができるから良いです。予備知識のない人間には…
みなみさんには他所に続いてここでもご説明いただきありがとうございました。 -
Re: 主人公は何を感じたのか?
2006/11/08 by
kokoloko無責任な傍観者さま
こんばんは♪確かに映画だけだと納得いかなかった部分があったわけですから、私もくどくどと言う権利はなさそうです。ですので、映画だけでわかる部分のみ再コメントいたしますね〜。
>>だからこその(今度は僕が)『君を守る』ということになった
>今までありがとう。だから今度は僕が…、というのは理解できますが、「守る」って何をしようとしたんだろう?
『結婚』ってことではないかと思いましたが?家庭を作って『君を守る』かなと。。
>>由美子の行動、そして会長の言葉で目覚めます。
>少なくとも映画の中では二人の言葉に目覚めて、具体的に主人公が行動したシーンは無かったのでは?
会長の言葉(ここで輪を広めよ)は奥さんとの会話の中でフラッシュバックするけど、それで何をするわけでもないし、
娘の件で引っ越そうとした事を考えても会長の言葉は何も意味がなかったようです。
会長の言葉については、私にとっては、かなり重要な意味があったように思います。つまり、差別のない世界を求めてただ逃げるだけの主人公に対し、『差別のない世界はない。』という。ここで、主人公は自分は悪くないのに。。という気持ちが間違っていたことに気づいたのです。『ではどうしたらよいか?』という問いに対して、明確な答えはないかもしれないが、一つの方法として、会長は『一本一本絆を増やしていけばいい』という。その最初の一本が『この手紙の主だ』と説明される。(会長宛てに由美子が書いた拙い手紙)それで、主人公はかけがいのない存在の由美子を見つけることができたのです。
会長の言葉→主人公の、由美子への気持ちの変化→由美子が兄に手紙を送っていたことが判明→これが『絆』なんだと主人公は更に由美子への愛情を深ませる→由美子とその先の人生を歩むことを決意
ということで、会長と由美子の存在は映画でもかなりの重要性があったと思いました。
今日はこんなところで。。 -
手短に(短くないけど)
2006/12/15 by
理屈屋みなさん、こんにちは。
私は、映画だけをまず見て、今、原作を読んでいる最中です。
で、映画はメッセージ的にも、作り的にもかなり良く出来た、涙溢れる感動作だと思っています。
コマゴマと書いていると長くなるので要点だけ。
主人公は、正義感の強い青年です。自分には全く非がないことを強く意識しています。そして非がない自分を故なく差別する世間や、世間にそうさせた兄をハッキリ言って恨んでいます。
この「自分に非がない」という強い自覚と、犯罪者になってしまった兄の愚かさや許せなさ、そして故なき差別を行う世間の酷さへの憎悪が、主人公に複雑な行動をとらせていると考えると矛盾をあまり感じなくなるはずです。
むしろ、実に人間を良く観察した、鋭い描写が多いと私は思います。主人公のみならず周りの人たちの、その矛盾や葛藤にも涙してしまいます。
それが更に問題の根深さを感じさせ、涙が溢れて止まらなくさせられました。
例えば、令嬢のお父上を考えて下さい。
彼はたぶん、男手一つで育てた娘さんの性格などから考えても、個人的にはかなり立派な人で、差別などは人一倍憎むという人ではないでしょうか。でも自分の娘の結婚相手に殺人犯の弟を喜んで迎えることは流石にできない。なので娘に反対の理由を告げずに穏便に説得しています。が、娘がどうしても納得してくれない。だから手切れ金なワケです。「娘を本当に愛するなら、憎まれて別れてくれるのが男としてするべきことではないのか?」との苦渋の懇願が、あの病室の場面ですよね。
彼は単純な差別主義者ではなく、むしろ差別を憎む人ですよ、恐らく。でなければ主人公の青年に対する言動には、遥かに無神経でムゴいものがあっても不自然ではないでしょう。彼は青年に対してできる限りの誠意を尽くしているように見えましたね。お父上にも涙でした。
だから主人公の彼は「敢えて」手切れ金を受け取っていると思います。私は「あの金を受け取るのかなぁ〜、受け取るようならお前は男だぜェ〜」とか思いながら見ていたんですが、本当に受け取ったので感動で鳥肌でしたよ、あの場面は。
話は変わりますが、
不幸にも差別の対象になってしまっている人と現実に身近に接した場合を考えてみて下さい。人によって色々でしょうけれど、私は「差別をしてはいけない」と思うあまり、自然に接することがどうしてもできません。そして「自分が差別をしてはいけない」と考えていること自体が、とても差別的だと自己嫌悪に陥り、しかもそれが自然に相手に伝わってしまい、逆に相手に気を使わせてしまいます。目に見えてこちらに気を使ってくれているのが分かりますので、内心どんな思いかと察すると辛かったりします。
もしかしたら「あっち行け!」とか言った方が、むしろその人の心を傷つけなかったのでは?などと思ってしまいます。
私の言いたいことをご理解頂けてるでしょうか?ちょっと不安です。
ま、とにかく、そんな風にこの映画は、目に見えた行動が、そのままその行動が表している通りの心情を示してはいないと思うのです。そんな風に考えて、登場人物たちの心情を良く察しながら見れば、(きっと)ちっとも矛盾や薄っぺらい演出だ等と感じられなくなると思うんですが…。
長くなるので、概括的にこんな辺りで止めときます。
最後に、「原作では〜」というお話がいくつか出てきましたが、もし原作がそのように描いてしまっているのだとしたら、たぶんそれは説明のし過ぎのように感じますね。まだ読んでいませんが、「皆まで言うなッ(怒)!」と白けてしまわないことを祈りたい気分になりました。
映画は良く出来ていたと思います。作者が満足というなら、恐らくそうなのでしょう。
しつこいようですけど、映画はかなり良く出来ていて、とても感動的だったと私は思います。
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