パンズ・ラビリンス (2006)
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ラストの解釈
2008/04/08
by
あいすけ
本作品のラストに関しては主に2つの解釈があると思います。
1つ目は、迷宮や妖精、3つの試練などは全てオフェリアの妄想。パンズ・ラビリンスなど存在せず、ラストも死に際の幻想に過ぎない、といった解釈。いわゆる夢オチ。
二つ目は、パンズ・ラビリンスはオフェリア以外の人間には知覚できないだけで確かに存在。ラストは試練に合格し王女になれたというハッピーエンド、といった解釈。
どちらの解釈をするかによって後味が全く違ってきますが、やはり冷静に考えた場合、また皆さんの意見を拝見しても、前者の解釈が正しいように思えます。
しかし私は、どちらの解釈も表裏一体というか、どちらにせよ実質的には変わらないのだと感じました。
ここで大きく話が変わりますが、私の高校時代の英語教師が、輪廻転生について語っていました。その先生は輪廻を信じているらしく、それを聞いた生徒は「そんなんありえねぇし」と馬鹿にしていました。しかし、輪廻とはあくまで観念上、概念上の話であり、輪廻を科学的に肯定することはできませんが、逆に科学的に否定することもできないのです。輪廻が存在するかどうかなど確かめようもありません。輪廻の存在の有無は、少なくとも科学的には、現実世界には何一つ影響を及ぼしませんから。存在するかしないかわからない。存在しようがしまいか変わらない。
こういった観念上のものはたくさんあると思います。たとえば「神」や「天国・地獄」にしたってそうだと私は思います。
さて、このことをパンズ・ラビリンスに当てはめてみると、現実的に肉体としての彼女が死んだことは間違いない。ただいかなる手段を使っても、彼女がただ死んだのかそれとも王女として生き続けているのかは判断しようがない。科学的に肯定することも否定することもできない。それはオフェリア本人にしかわからないし、本人にしかわからないということは、どちらだろうが私たちには影響がない(鑑賞後の後味は別ですが)。どちらが正しいかなどわからないし、どちらだろうが変わらない。そういった観念上、概念上の話であるがゆえに、自分が正しいと思った方が正しい、正解などない、と私は考えます。
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