ノーカントリー (2007)
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屠殺される牛と手負いの犬、こぼれたミルクを舐めるネコ
2008/04/25
by
カイタカケン
麻薬取引絡みの大金を持ち逃げしたモスが宿泊していたエルパソのモーテルでのシークエンス、
短い暗転の後(←ココで映画は変りますよの合図だと思います)
白昼、鳴り響く銃声と共に、猛スピードで走り去るメキシコマフィアの車。
ハンディカメラによる不安定な映像で、プールに浮かぶ死体、惨事の現場に居合わせてしまった幼い少女の怯えた様子、無残なモスの死体等を手際よく見せ、
老保安官が、シガーとの遭遇も事件解決も見出せないまま、物語の中心から徹底的にスポイルされる、老保安官によるモス救出のカタルシスを与えない事で、傍観者としてしか事件にコミットできない徒労感を際立たせていく…
“俺の無線は通じないんだ”の台詞は印象的でした。
アメリカの原風景、西部の法と秩序の体現者でもある老保安官が、終始中心から阻害される事で、物語は社会秩序の再生も救済も示さず、行く先々で生まれる死体を確認するだけのやり切れない徒労感だけが沈殿してゆきます。
シガーは歩く災厄のような男ですが、彼には厳然たる彼だけのルールがあって、訓練された猟犬のように対象を追っていく、猟犬と違うのは彼が忠誠を誓うのが雇い主のマフィアではなく、彼が定めた『規範(ルール)』である事。
彼にとっての主(あるじ)は規範(ルール)なんですね。
自身を“道具”と表現するように、
彼には殺人を犯す動機が、サイコキラーのような快楽にはなく、仕事を遂行する為に必要なら躊躇なく殺すだけです。
“金も麻薬も超越した”男なので、買収も効かなければ、そもそも満足なコミュニケーションもはなから成立しない。
立ち寄ったガソリンスタンドの老オーナーとの、すれ違ったままの不気味で何処か可笑しい会話がありましたが、
そこに『コイントス』という蓋然性を加えてくる。
“コインと同じ道を辿ってきた”と語る事から、
シガー自身も生死を偶然という運命の気まぐれで支配されてきた過去があったんじゃないかとちょっと思わせる所があります。
シガーとモス、シャツ(上着)の入手等から、対置されていると思うのですが、モスだけではなく、シガーもベトナム帰還兵といわれても不思議ではないくらい、サバイバルスキルが高い、両者は良く似ています、但し性格は違いますが。
モスは何処か優しい所があって(←水を持っていく所や随分と年の差のある妻に対する態度)ベトナム後、上手く社会適応出来なかった男ですが、困難な状況でも冷静に対応できるだけの能力があります。
独自のルールに拘り死神のように死を量産して行くシガーが交通ルールを守っているのにも拘らず(信号は青だった)交通事故に遇う、彼でさえ盲目の女神が支配する運命の車輪からは逃れられないという示唆は皮肉なものを感じましたね。
ちょっぴり安心したっていうか…
序盤に、手錠で絞め殺された若い保安官が死のダンスで作った、リノリウムの床に残る無数の『傷跡』、手負いの犬が荒野に残す傷口から滴り落ちる血の雫(←血の雫は、モスVSシガーの銃撃戦でも反復されていました。モスにとっての手負いの犬はシガーなんだと思います)、それを辿って行き先を突き止めるモスと、換気口に残された大金を入れたバックを引きずった痕跡『傷跡』を発見するシガー。
車の入手の為にシガーによって圧縮空気銃で撃ち殺された男性のように、同じ銃によって吹き飛ばされたドアのシリンダーにも、ぽっかり開いた穴という『傷跡』が残されていました。
精々100年程しか生きられない人間が理不尽な死に際して精一杯の抵抗を試みる『傷跡』、
命あるものが存在した証明の『傷跡』を、その禍々しくも、暴力の持つノワール的な美しさによってキレのある演出で見せられると、参ってしまうなぁ〜、コッチが面白すぎるんですもの(笑)
テキサスというローカルな地方にも、金と消費による価値観の平等化が加速度的に進行していくねじれた状況、全てが金で換算できる消費社会が齎す倫理崩壊
終盤、住宅地に現れる自転車の少年達のように、金をめぐるトラブルから諍いが始まってしまう。
老保安官の“理解出来ない世の中”に対する嘆きは、モス殺害現場でのシガーとの対峙(←ココは老保安官の心象、脳内イメージであり、実際はあの時刻、シガーはモーテルの部屋にはいなかったと受け取っています)の後、引退した叔父を訪ねるシークエンスでついには引退を決意する事となります。
叔父によって語られる、アメリカの血塗られた歴史の一部、先住民(ネイティブ・アメリカン)の土地を奪い、その先住民に報復される暴力の連鎖、血の報復が彼の個人史と関わっている、古き良きアメリカの体現者であり、自らそれを良心の拠り所としてきた老保安官にとって、この場面はちょっとしたアイデンティティ・クライシスでもあったと思います。
ラスト、老保安官が語る2つの夢がありました。
最初の夢は祖先からの遺産をとっくに食い潰してしまっているのにも拘らず、その幻影に縋っていた老保安官であり、戦争という暴力の組織化で、そのの正当性、何故、何のために戦うのかが始めて問われたベトナム戦争で剥き出しになったアメリカの揺れ動くアイデンティティでもあると思います。
そして、もう一つの夢で語られる希望の灯、
深い絶望に追いやられて初めて、やっとの思いで掴んだ希望の在りか。
『カントリー』は国という意味だけではなく、自らの精神の拠り所、魂の還っていく場所、心の内にある安住の地でもあると思うんですね。
果たして彼はそれを手に入れることが出来るのでしょうか。
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脱帽します
2008/04/28 by
牧坂満「カイタカケン」さん、こんにちは、“ネタバレ・掲示板”のコーナーに書かれたのは仕方がないと思いますが、「ノーカントリー」の評論だけに限らず情緒に流されない冷静な視点で描写をする「カイタカケン」さんの文章に驚愕しています。事実、粗製乱造気味に投稿を繰り返してきた私ですが、「カイタカケン」さんの“屠殺される牛と手負いの犬、こぼれたミルクを舐めるネコ”を読んでからは、金・土・日曜日の夜にキーボードに向かう自信を喪失した位です。
…モスだけではなく、シガーもベトナム帰還兵といわれても不思議ではないくらい、サバイバルスキルが高い、両者は良く似ています、但し性格は違いますが。…モスは何処か優しい所があって(←水を持っていく所や随分と年の差のある妻に対する態度)【ベトナム後、上手く社会適応出来なかった男】ですが、困難な状況でも冷静に対応できるだけの能力があります。…映画「タクシードライバー」でもベトナム戦争帰還兵が社会に順応出来ない姿を描いていますが、アメリカが抱える大きな社会問題だったのですね。
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Re: 屠殺される牛と手負いの犬、こぼれたミルクを舐めるネコ
2008/04/29 by
カイタカケンこんにちは、牧坂満さま。
お気に入り登録、ありがとうございました。
牧坂さんのせっかくのレビューがこちらのコーナーに移動になってしまった事、お詫びします。
牧坂さんなら、死体の件だけで十分通じると思ったものですから、余計な事をしてしまいました、ごめんなさい。
>映画「タクシードライバー」でもベトナム戦争帰還兵が社会に順応出来ない姿を描いていますが、アメリカが抱える大きな社会問題だったのですね。
↑そうなんです。
モスは溶接工でしたから。
彼の妻もウェイトレスとして働いてはいたものの、決して暮らし向きは楽ではなかったでしょう、トレーラーハウス住まいでしたもの。
妻の母が蛇蝎のようにモスを嫌っていましたし…
でも、負傷した彼が再び国境を越えて『アメリカ』に入国した際には、ベトナム帰還兵であるという一点だけで、入院着のままの、不審人物にしか見えないはずのモスが最大限の敬意を払われます。
ベトナム戦争の対する総括がまだ国内で定まっていない、アンビバレントで絶えず揺れる時代だったのかも知れませんね。 -
屠殺される牛と手負いの犬、こぼれたミルクを舐めるネコ
2008/04/30 by
牧坂満「カイタカケンさん」返信有難うございました。また“レビュー”から“ネタバレ”に移行したことはご心配しないで下さい。しっかりと“ネタ隠し”で書き直して再投稿しています。
それにしても多少の“ネタバレ”を書かないと映画評論するのは難しいですね。それにいい文章は“ネタバレ”しないと書けません。「カイタカケンさん」の評論が“ネタバレ”に登場するのが理解出来ます。
「カイタカケンさん」の“ネタバレ”が「ノーカントリー」の評論の中で抜きんでている思われるのは勿論のこと、“見だし”のタイトルも見事です。私にとっては啓蒙となりました。それでは、また別の映画の“ネタバレ”コーナーでお会いしましょう。 -
シリンダーの穴
2008/05/07 by
カイタカケンお久しぶりです、HJさま。
GW中、バタバタしていて、返事が遅れてしまってごめんなさい。
ベル保安官が、夜、立ち入り禁止のテープが張られたモス殺害現場のモーテルを捜査するシークエンスは、おそらく本作品の中で最も解釈が分かれそうなところだったので、軽く触れておくだけにしようと思ってたのに(笑)、HJさんがレスをして下さったので、書かなきゃならなくなってしまいました(大汗)
さて、こう言って受け取り方もあるんだ位に思ってくださいね。
先ず、最初のレスで書いたとおり、あのシークエンスの場面では、ベル保安官とシガーは『同時刻』にあの部屋に『同時』に存在していなかったと私は思ってます。
ベル保安官は常に遅延してしまうんですね。
モスの奥さんに、モスの保護を約束して単身エル・パソ入りしても、ほんの僅かな差で、遅れてしまう。
もう少しの所でモスを救う事が出来たのに、彼の無念さ、徒労感はピークに達したと思います。
エル・パソの保安官は、ベルに“モスの事は残念だった”と話していましたね。
ベル保安官はエル・パソの保安官との会話から、金の回収がまだである事、シガーがモスを襲ったモーテルに再び現れ、カーソン・ウェルズ(ウッディ・ハレルソン)を殺害していた事を知ります。
ベル保安官は、シガーが再び殺害現場に現れる事を予測して、あのモーテルを訪ねているんですね。
モーテルの部屋に入るまでに、ベル保安官が自身では嫌っていた銃を抜いている事はHJさんの指摘通りです。
それより以前、
モスのトレーラーハウスを訪れたシークエンス、
ベル保安官は銃を抜かず、若い保安官だけが手にしていました。
この時点で、ベル保安官はシガーの正体を知らなかった。自分が追っているものが『理解を超えた』死神のような存在だとは掴んでいなかった。
だから、たいした警戒もしていないし、勿論、シガーが自分より先にモスのトレーラーハウスを訪れる可能性も深くは考えてはいなかったでしょう。
この場面、ミルク瓶の水滴から、シガーとベル保安官が訪れた時刻にはそう開きがない、この両者はここでもニアミスをしているんですね。
ベル保安官にとって、モス殺害現場のモーテルの部屋を訪ねる際には極度の緊張状態にあったはずです。
もし、シガーと遭遇してしまったら…それは『死』を覚悟する事と同じですから。
だから、部屋のドアを開ける前に、大嫌いな銃も抜いています。
ベル保安官は意を決して、モーテルのドアを開けますが、そのドアにはシガーが訪れた『傷跡』圧搾空気銃でシリンダーが吹き飛ばされた跡が残っています。
シガーがそうやって部屋に侵入する事は、ベル保安官は、モスのトレーラーハウスで検証済み。
彼はシガーが残す痕跡は知っています。
で、この時のドアはほぼ全開に開けられていました。
ドアの後ろに、大金の入ったバッグと圧搾空気銃の為のガスボンベを下げた男ひとりが隠れるスペースはなかったと思います。
ベル保安官は極度の緊張状態にあったと思いますが、決してパニくってはいない、モスが殺害された時に出来た血痕を慎重に跨いで避けていましたもの。
その後、バスルームの明かりを付けて、保安官は浴室の窓を確認しています。この窓には鍵がついてあり、クモの巣が張った状態で、開け閉めした痕跡はなかった。
モーテルのドア一枚を挟んで、2人の男が対峙するのは、シガーVSモスの銃撃戦の行われたモーテルでもありました。
この2つのシークエンスは一部、対比されていると思っています。
モスVSシガーの銃撃戦の行われたモーテルのシークエンス、
発信機に気付くモス→ベッド脇のランプ消し銃を構えシガーを待ち受けています。
一方のシガーは廊下を歩いてくる(←廊下からドア下に明かりが洩れていたところ)
シガーは圧搾空気銃でシリンダーを吹き飛ばし、そのシリンダーで、モスは脇腹に怪我を負う。
その後、モスは一発シガーにお見舞いした後、『窓』から逃走、グルーっと回って、モーテルの正面玄関からフロントを通過して、別のドアから裏手に逃げていました。
モスはこの時『窓』から逃走したんですね。
でも、エルパソのモーテルの窓は開けた形跡がない。
換気口のカバーが外され、ねじ回し代わりに使ったコインが落ちていましたから、シガーが部屋に侵入して金を回収しているには違いない。シガーはモスが換気口に金を隠す事を知っています。
ベル保安官は部屋にシガーがいないことを確信した後、安堵の余りベッドに座り込んでしまいました。
この瞬間、ベルは引退のことが頭を過ぎったんじゃないかと思っています。
ドアのシリンダーが吹き飛ばされている事、換気口のカバーが外されている事から、シガーが部屋に侵入したのは間違いのない事実です。
しかし、さして広くもないモーテルの部屋に、シガーがベル保安官に一度も見つからずに、隠れておく事は物理的に不可能に近い。
もし、シガーがベル保安官が部屋を訪れた同時刻に彼もいたのなら、ベルを殺さない理由はありません。シガーが保安官といえども殺してしまう、彼の規律(ルール)にはそれが含まれていることは、冒頭直ぐの手錠による保安官殺しで証明されています。
冒頭のベルのモノローグにありましたね
”職務上、死ぬのは恐くないが、
『理解できないもの』に命を賭けたくはない”といったニュアンスのもの。
ベルが、夜、モーテルの部屋を訪れたのは、正にこの台詞のような状況下に置かれてしまったんです。
理解出来ない存在に慄き、それでも決死の覚悟で部屋に入る、其処には死神が訪れた痕跡は残されていたが、その姿はなかった…
ベル保安官は一度もシガーと直接対決をしないまま、保安官職を止めてしまった。
彼の徒労感、もう自分が通用する時代ではない、時代はすっかり自分を置いて行ってしまい、もうこれ以上は法と秩序の番人は続けられない。
ベル保安官が、引退を考える重要な分岐点がこのエルパソのシークエンスであり、彼は一度もシガーを直接対決をしないまま、そこに追い込まれてしまった、命を賭けられない自身の不外さ、3代にわたる保安官一家で、仕事に誇りを持っていた彼が、その職を全う出来なかったやるせなさをヒシヒシと実感した瞬間だったと思ってます。
さて、問題になるのは、シガーの主観映像ではないか?と思われる、室内から見た屋外のベルの姿のカットだと思うんですが、
これはコーエン兄弟の過去作品に似たような場面がありますね。
ネタバレ必須なので書きませんが(笑)
視点切り替えを使っていても、実は見た目でないという技法を使っていますね。 -
Re: 屠殺される牛と手負いの犬、こぼれたミルクを舐めるネコ
2008/05/07 by
HJ間違えて前のレスを削除してしまったので、
コピーしておいたものを載せておきます。
こんばんは、あいかわらず細かい描写をよく覚えてますね。
>モス殺害現場でのシガーとの対峙(←ココは老保安官の心象、脳内イメージであり、実際はあの時刻、シガーはモーテルの部屋にはいなかったと受け取っています)
ベル保安官はドアを開ける前に銃を取り出してますが、
脳内イメージだとするなら、この行為には意味がありませんね。
銃を出す前にドアの向こうに気配を感じた目線を送るカットもありますよ。
それにベル保安官はシガーの顔を知らないはずだから、
ベル保安官のイメージとしてシガーの顔を描写することはありません。
ちなみに原作ではシガーが通気口から金を取り出した後、
まさに車を発進させようとするところでベル保安官がやって来るのですが、
ドア越しに二人を対峙させたのは映画ならではの演出でしょう。
ロジャー・ディーキンスはこのシーンで面白い映像を見せてくれてます。
それはモスが死んだ部屋の壁に車のライトに照らされたベル保安官の影が重なるものです。
生と死が重なり合った瞬間です。
ディーキンスはこういう映像を作ることが巧いのですね。
このシーンの最後にベル保安官が通気口の蓋が開けられているのを見るのですが、
これはもちろん映画の細部をちゃんと見ていた人に対する説明です。
それから最後の夢の一つは父親に貰った金を無くしてしまったという短いもので、
次の夢はベル保安官が父親に案内される死後の世界と僕は受け止めましたが。
参考までに↓
<リンクURL>
道路の右側から車が飛び出して来る方向性についても書いてあったような気がするのですが、
これは修正しちゃったのですね。
ネタバレなしにレビューを書くのは難しいです。
クローバーフィールドなんか、もろバレのレビューがありますが、
ネタバレ掲示板に移動されることもないのが不思議です。
ようするに誰かがネタバレとクレームをつけなきゃOKなんでしょうかね。w
追記
さて、シガーとベル保安官の対峙するシーンですが、
シガーが撃ち抜いたドアノブのシリンダーに、
互いの姿が映っているのですよ。
もちろん顔は判別出来ませんが、ベルから見ればドアの向こうに誰かがいることに気づき、
シガーの側からも同じく、ドア外に誰かが来ているのが見えているのです。
何故シガーが保安官を殺さなかったか?
これは何故でしょうね、僕にもわかりません。w
モスとシガーの銃撃戦でシガーが車の向こうに隠れた後、
モスがそこに回り込んだ時にシガーの姿はありませんでしたね。
背後は建物の壁ばかりで、靴音もたてずにシガーはどうやって逃げたのでしょう?
映画の都合のいい描写でしょう。
モスが死んだ部屋に重なるベル保安官の影は、
ベルの生死も紙一重の運命だったというディーキンスのイメージ。
>さて、問題になるのは、シガーの主観映像ではないか?と思われる、室内から見た屋外のベルの姿のカットだと思うんですが、
シガーの主観の屋外のベルのカットなどありませんが? -
屠殺される側の代表者
2008/05/07 by
カイタカケン>シガーの主観の屋外のベルのカットなどありませんが?
↑これは、書き方が悪かったですね、ごめんなさい。
HJさんが指摘されているシリンダーに反射する曖昧な映像の事です。
私は解釈が分かれる時は物理的条件と心理を優先しがちなので(笑)
過去作品でも、似た様なもの見てますし…
ココは解釈が分かれるところなので、これが正解!と主張するつもりも元からありませんので、宜しくお願いしますね(笑)
シガーは偶然も、必然も、人が意図した状況も、そうでない状況も、等しく『運命』の原理原則に還元してしまう人間なんだと思うんです。
道中立ち寄ったガソリンスタンドのコイントスの場面で、シガーは老店主が過去に人生において重大な選択を行って来た(←とシガーが勝手に思ってる)事実に無関心である事に苛立ってましたね。
老店主が義父の店や家を相続した事は、義父の跡を継いだという自然の成り行きでしかないのに、奇妙な運命論者には理解出来ない。
死や運命といったものが、無慈悲であるのと同じく、シガーもその原理原則に忠実であろうとします、というか彼にはそれしか興味がないのでしょう。
このシガーに屠殺される牛のように殺される側からささやかな抵抗をしたのがモスの奥さんです。
終盤、モスの奥さんをシガーが尋ねるシークエンス、
シガーは部屋の片隅、薄暗い影『闇』の中に座って彼女を待ち受けていました。
彼女の元には、例の大金はありませんから、自分が殺されなければならない理由などない。
そこで、シガーはコイントスによって運命、生死を賭けさせようとしましたが、彼女はコイントスではなく、シガーに決めろと要求しました。
シガーはココで、初めて自分のルールとは違う選択を迫られたんですね。
モスの奥さんだけが、モス、シガー、ベル保安官と直接会ってます。
彼女は理不尽にも殺されていく側の代表者だと思うの。
私には、モスの奥さんとベル保安官との対比からも、ベルがシガーと一度も直接会わないで引退に追い込まれた、生き残ってしまったと考える方が面白いんですね(笑) -
Re: 屠殺される牛と手負いの犬、こぼれたミルクを舐めるネコ
2008/05/07 by
HJすでにビデオを持っているとしか思えない記憶の良さに驚かされます。w
それはさておき、カーラ・ジーンとシガーの対面シーンは、
映画のひとつのクライマックスとしても見応えのある場面でした。
ご指摘のようにシガーは顔が陽のあたらない暗闇に落としこまれ、
シガーの手だけに直射光が当たるように設計されてます。
シガーがこれから何をするのか予想させない怖さがありましたね。
このあたりもディーキンスの上手いところだなと思います。
シガーはモスとの電話で、金を持ってくれば女房の命は助けてやると言ってましたが、
シガーにとっての、この約束ごとを果たさなかっただけでカーラ・ジーンは理不尽な運命を受け入れることになってしまうのですね。
ベル保安官にとってはモスを保護出来なかったばかりか、
身の安全を気にかけていたカーラ・ジーンさえ救うことが出来なかったことで、
引退の決意を強めたこともあるのでしょう。
ベル保安官がモスのトレーラーに入るところでの、
部下を先に立たせ「俺はお前の後ろに隠れてる」という台詞も、
ユーモアと同時にベル保安官の弱気なところを感じさせるものでした。 -
Manifest Destiny(明白な運命)
2008/05/08 by
カイタカケンHJさま
>ベル保安官にとってはモスを保護出来なかったばかりか、
身の安全を気にかけていたカーラ・ジーンさえ救うことが出来なかったことで、
引退の決意を強めたこともあるのでしょう。
↑そうでしょうね、何一つとして守ってやれなかったベル保安官の落胆は、老齢に差しかかった男には厳しいものだったと思います。
>ユーモアと同時にベル保安官の弱気なところを感じさせるものでした。
↑べル保安官は、たとえ仕事上であっても人を傷付けたくないのでしょう。
捜査の為、馬を車に積んでいた場面で、
ベルの奥さん“人を傷つけないでね”と彼に話してましたね。
暴力に恐怖し、回避しようとする一方で、メキシコ国境の係官のような、ベトナム帰還兵だと言うことだけで、不審者を通してしまう(←彼はレイシストのステロタイプだと思います)が存在する。
アメリカ史関連の本で時折登場するので、HJさんも多分ご存知だと思うのですが、
Manifest Destiny(明白な運命)というフレーズがあります。
暴力を否定しながら一方で肯定するねじれた状況は、西部開拓時代からある、先住民の土地を武力で奪っても、民主主義とプロテスタントの信仰を大陸全土に広める神から定められた『明白な運命』と正当化してきた、アメリカの膨張主義を連想してしまいます。
1890年、国勢調査によって所謂フロンティアの消滅が宣言された以降、アメリカは対スペイン戦争等により、『フロンティア』を国内から国外へと拡張させました。
私はこの作品を、ベトナム戦争のある種の爪あと『傷跡』を描いている側面もあると受け取っているんですね。
そして、殺伐とした世相は今のイラクにも繋がります。
“ブッシュ・カントリー”であり、バイブル・ベルトのテキサス。
暴力原理そのものの超克は実現可能なのか、それとも『運命』として受け入れ共存していく他ないのか…そんな事も考えさせられる作品でした。
さて、これ以上は、あまりに細かい描写等になってしまうので、初見の感想としてはこのあたりで…って事でお許しを(笑)
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