運動靴と赤い金魚 (1997)
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走る天使・・『運動靴と赤い金魚』
2002/10/23
by
こちゃの水博士
数年前に日本で封切られたイラン映画のマジッド・マジディ監督作『運動靴と赤い金魚』は、かなりの評判を聞いていた。で、とは言えなんだけどBSでやっていたのを録画して、ようやく観た。
もうそれは感謝したくなるような満足感のある映画体験である。
イラン映画といえば、感銘を受けた『桜桃の味』や、-ジグザグ道三部作-で世界的に有名な巨匠となったアッバス・キアロスタミの、ぼくも大好きな『友だちの家はどこ?』が浮かぶ。
この『運動靴と赤い金魚』も同じく子供が主人公の映画だ。
イランでは映画の検閲が厳しく、なおさらイスラム宗教の背景にとても神経を使う必要があるようだ。
大人を主人公に据えると語るには難しいことも、子供を主人公にすることでかなり自由度が増す、という要因もあるようだ。がしかし、その当初苦し紛れのような製作者の不自由性から生まれたような手法も、これらの映画を観ていると、そのピュアな子供の眼差しを案内にして、ありのままの社会の姿も人の姿も、静かに浮かび上がってくるような映画話法を生み出しているような気がする。
それは幸か不幸かという問題より以前に、表現者側の繊細な工夫と配慮を感じさせて、誠実な印象を強く感じさせるものだ。
『運動靴と赤い金魚』のお話は、『友だちの家はどこ?』で友だちのノートを間違って持ち帰ってしまった少年が、明日の宿題に困るだろうと思い、それを友だちの家まで返しに行く道のりのエピソードだけで感動を生んだのと同じように、この『運動靴と赤い金魚』では、妹の修理してもらった靴を、お使いのお兄ちゃんアリ少年が、ちよっとしたハプニングで失くしてしまう話が物語の発端であるが、それが素晴らしい感動を映画を観たものに残すことになる。
一つきりの部屋で家族が生活を共にしている子供たちには、家の経済的困窮は日々目の当たりにしていることである。だから両親には秘密だ。
兄妹は困って取りあえずこんな対策を考える。アリ少年の運動靴を交替で履いて、妹が帰校するのと入れ代わりにアリ少年がその靴を履いて急いで学校に行くのである*。
でも妹のザーラが寄り道もせずまっすぐに、どんなに懸命に走って路地裏で待つお兄ちゃんと靴を交換しても、全速力で走るアリ少年は学校に着いた時はいつも遅刻だ。
ザーラもお兄ちゃんのせいで学校でぶかぶかの男用の汚れた運動靴をいつまでも履いているのは恥ずかしい。ふたりは毎日はらはらどきどきの学校生活だ。そんな毎日から生まれる出来事ひとつひとつに観客の僕らも胸を熱くする。
いつも足元が気になるザーラは、偶然校庭で見かけた下級生の足に履かれた自分の靴を発見する。
運動靴を共有して通うアリとザーラも、その毎日に限界を感じていて、ある日その子の家までふたりで尾行するが、その子と家族の戸口での様子を観ると、ふたりは顔を見合わせて何も言わず帰っていく。
なんという繊細な優しい描写だろう。
いつも泣きそうな表情の思いやり深いアリ少年と可愛くて優しい表情の妹ザーラ。
イラン映画では当たり前のようだけれど、配役の初めて映画出演するアマチュアで等身大のかれらは、境遇も主人公と近いということが、そんな自然な演技を生むのだろうか。
それにしてもイラン映画のなかの子供たちはほんとうに魅力的に描かれる。
アリは、テストの成績の御褒美に先生から貰った金色のシャープペンシルも、妹に上げて喜ばせられると思うと、とてもうれしい。
ある日庭師の鋏を貰った父は、アリを連れて自転車で都心の高級住宅街に行き、庭の手入れの注文を取ってひと稼ぎしようとする。
このエピソードでスクリーンに映し出されている光景は、この映画が急に現代の世界なのだということを思い出させすらするほどである。そんな巨大な貧富の差という現実を淡々と描きながらも、よけいにアリとザーラの日常がある意味でとても豊かに見えもするのが興味深い。
学校で地区のマラソン大会の三等の副賞が運動靴だということを知ったアリは、「申し込み期間を過ぎたのでダメだ」と言い張る先生に、泣きながら「ぜったいに勝ちますから」と必死に懇願し、なんとか出場できることになる。(教室で立たされて泣いている姿を監督が観て、抜擢されたアリ少年役の彼が面目躍如なシーンでもある。)
アリ少年は妹に「ぜったいに三等をとるよ」と約束する。
その大会の日、トラックで会場に運ばれて来たアリ少年の目に映るのは、お金持ちの母親と一緒にスタートの準備をする少年たちの足元に光るスポーツシューズ・・・。
スタートしたマラソン大会。決死の思いで走るアリには毎日走って運動靴を交替したザーラの姿、そして声が聴こえる。
「ぜったいに三等を取るんだ」。
ゴール前のデッドヒートが、解っていようとも感動的だ。
『運動靴と赤い金魚』を観終わったぼくらの心には温かい灯がともり、忘れられないふたりの姿が焼きつく。
*(イランの小学校では毎日の授業時間は、午前と午後に分かれており、生徒も午前と午後に分かれているそうだ)
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