L change the WorLd (2008)
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失望した
2008/02/17
by
りんぼ
これほど失望した映画も久しぶりだ。それほどLという存在に思い入れがあったわけではないが、映画版デスノートが気に入っていた自分にはこの映画は見るのが辛かった。
当然、この作品を見て満足した人も居るだろう。それはそれで構わないし、そういうことを問題にしたいわけではない。ただ、私は純粋にこの映画が残念なのだ。
何が残念かというと、まあ色々あるのだが、作品の持ち味を壊している点だ。この映画は続編としていくつか課題があったように思えるのだが、そういうものは一切無視されている。スピンオフ作品とはいえ、原作にあった設定や持ち味を生かすことが続編には課せられているのではないだろうか? この映画はとても一連のシリーズものとは思えない内容なのだ。
とにかく圧倒的にアイデアが不足している。Lの隠れ家の制圧の仕方も実に間抜けだし、逃亡の方法や、潜伏先が全くばれない点とか、色々設定が甘い。加えてギャグ要素が相当足をひっぱっている。
デスノートの強みはなんだったのかと言うと、当然アイデアだろう。デスノートのルール。それを逆手にとっての反撃といった思考パズルのような攻防が見所なのだ。そこにアイデアがあって、観客を出し抜いてくれるところに感動がある。この映画にはそのアイデア部分がほとんど無いのだ。言ってしまえば「頭が悪い」
これはこのシリーズにとっては致命傷とも言える。
色々アイデアはあったはずだ。例えば23日後に死ぬことが決まっているのなら、逆を返せばその間は死なないという理屈になる。つまりLは何があっても死なない。ウィルスで人がばたばた死ぬ中、Lが一人平気というのもありだったんじゃないだろうか? こういう設定を逆手に取るのがこのシリーズの醍醐味だったはずだ。
サブタイトルにある「CHANGE」がこの映画のテーマだとするなら、Lは何が変わったのだろう? 実際には何も変わっていない気がする。それに対し「ママチャリに乗るL」とか「走るL」とかを挙げることが出来るように見えるが、それはあくまで外側の問題だ。それにLはテニスでライトと張り合う程の運動神経を持っていると原作にある。この点は映画と原作は別と言うのはいささか乱暴だろう。
それより重要なのはLの内面であり、彼の考えなのだ。彼は正義を行うことに対し、自分の命すら客観視してしまう人物だ。
今回の敵は世界の救済という正義のために人類を減らそうという正義を掲げている。つまり、正義と正義の戦いだ。世界は変えられないのが命題としてあるのなら、変わるのはLの方だ。だが、この映画では最後の最後までLはLのままで終ってしまう。そこには何の感慨も無い。それ故に、Lの最後にちっとも悲しく無いのだ。そうではなく、最後はLの死を心底悲しめることが変化だと思う。そうするにはL自身が死に対する考えが変わらないと駄目なのだ。つまり「死に対する恐怖」という当たり前の感情だ。彼にはちゃんと「生きたい」という感情を獲得して欲しかったのだ。それこそ、最後なのだからこそやれたことだと思うのに、これを千載一遇のチャンスと感じたのは私だけだろうか。
正直、続編は見てみたいのだが、このレベルの作品ならば見たいとは思わない。
-
L がんばってましたネ
2008/02/24 by
施工主だいぶ原作とは違っていましたが、それはそれでおもしろかったのではないでしょうか。
L個人の感情の起伏をうまく描写している作品だったと思います。
ちなみに僕は 失望などまったく感じませんでした。 -
レベルの低い質問ですが
2008/02/24 by
M教えてください。
私は原作はジャンプ連載中に読んでましたが単行本は持っていません。映画2作はテレビで見ただけです。
>例えば23日後に死ぬことが決まっているのなら、逆を返せばその間は死なないという理屈になる。つまりLは何があっても死なない。ウィルスで人がばたばた死ぬ中、Lが一人平気というのもありだったんじゃないだろうか?
ノートに名前を書いたLは列車に飛び込んでもビルから飛び降りても死なない(死ねない)ということですか?今回の敵が銃を撃って、その弾があたっても平気という身体になったのでしようか。
23日ルール、よく知らないので、自殺他殺を問わず、その間は何があっても「不死」となれるのでしょうか。 -
Re: 失望した
2008/02/24 by
じょりちょこ> 23日ルール、よく知らないので、自殺他殺を問わず、
> その間は何があっても「不死」となれるのでしょう
> か。
そういうことになると思います。
...というか、そもそも無理のある設定なので矛盾点を探して「だったらこうなるの?」みたいな可能性を追求しても始まらないかなあ、と思います。
「デスノートに名前を書かれた人間は死ぬ」「書かれる人物の顔が頭に入っていないと効果は無い」「ゆえに同姓同名の人間に一遍に効果は得られない。通称名などでは不可」
というルールがありますが、ここでいう名前って戸籍上の名前ですかね。「通称名などでは不可」とあるので何かしら「正当な名前」でなければならないということになると思うのですが、何をもって通称名で何をもって正当な名前とするのでしょうか。江戸時代以前には複数の名前を持っている人物もたくさんいましたし、庶民に至っては姓を持っていなかったわけですし、どのような字で名前を書くかも定かでなかった人も多かったはずです。文字を持たない文化圏もあるわけですが、そのような文化圏の住人はデスノートでは殺せなくなりますよね。
「死神の目」を手に入れても、たとえばミサミサはハングルをおそらく読めないと思いますが、こういう場合は殺せたのでしょうか?在日韓国人の場合、日本名でも韓国名でも殺せるのでしょうか?
物心つく前に両親に捨てられて本名がわからない人は?
おそらく整合性のつく説明はできません。ですから、あまり難しく考えず、あくまでもシナリオライターの提供するストーリーだけを楽しめばいいんじゃないでしょうかね。 -
Re: 失望した
2008/02/24 by
りんぼ色々とご意見ありがとうございます。質問の返答も含め一つずつ書きます。
施工主さん、こんにちは。
>それはそれでおもしろかったのではないでしょうか。
>失望などまったく感じませんでした。
本文の説明が足りなくてすいません。
私はこの映画を面白いと思った方を否定する気は全く無いのです。
ですので、施工主さんが面白いと感じ、失望しなかったのであれば、それはそれで良かったと思うのです。
ただ、私は面白く感じることが出来なかったし、失望してしまったということです。
同時にそれは作品全ての評価では無いと思っています。作品の評価が個人によって差があるのは当然のことだと考えているのです。
続いて、Mさんこんにちは。
>ノートに名前を書いたLは列車に飛び込んでもビルから飛び降りても死なない
ここも汲み取り辛い部分ですね。
上記の内容は単なる一例として挙げたかっただけなのです。
だから、この設定が正しいかどうかは正直自信はありません。
しかし、もしこういう設定をやろうとするならば少なくともデスノートの設定を洗いざらい調べなおして整合性なりを検証する必要があります。私はそういう手間隙をかけて欲しかったと言いたかったのです。
例えばデスノートのラストのLの選択は原作には無い要素です。それは原作の設定を把握したからこそ出来ることです。そういうことをこの映画でもやってほしかったのです。
じょりちょこさん、こんにちは。
>おそらく整合性のつく説明はできません。
ご指摘の点は全くその通りだと思います。
もう一つ重要だと思うのは映画に「騙される」ことを、観客が許容出来る気持ちになるかどうか、だと思います。
どんな設定も突き詰めてしまえば禅問答になってしまいます。しかし、それでは先に進みません。
同時に映画の嘘を許容出来る範囲は個人差があるので、完璧な設定は不可能です。
それでも名作と呼ばれる作品はそういう設定の粗も凌駕する説得力を持っているものです。
私がこの映画に期待したのは、デスノート同様のものを期待したのです。それが映画を見る人の感想に大差を付けた要因だということもわかっています。
それが理屈はわかっていても、どうしたって感情で期待してしまうものです。
やはり設定の崩れそうなところで綱渡りして欲しかった。
「それは無茶だろ」と思える設定に説得力を持たせる内容をまた見たかった。
この映画は設定については全く危険を冒していません。それが私にはもったいなく感じてしまったのです。
本当に上手く脚本を組めば、Lが死神の契約破棄だって可能だったのです。何もそうしろと言っているのではありません。そういう無理難題に挑むような脚本を期待していたのです。
当然、そう望んだのは観客の中で私一人かもしれません。でも私は本当にそう思いました。ですので、皆さんが私と同じように感じる必要も全く無いのです。
しかし、そういう見方もあるんだ、ということを知ることは意味があると思うのです。そのために感想というのは書くものだと思います。
以上、相変わらずわかり辛い文章で申し訳ありません。
更に反論・不明点等がありましたら返信お願いします。 -
りんぼ様 じょりちょこ様
2008/02/26 by
M教えていただき、ありがとうございました。
先日テレビで「デスノート2」見た時、ラストでもし月がLをピストルで撃ったらどうなるんだろうという疑問が頭をよぎったのが始まりでした。
この場合弾はLには当たらない運命なのか、つまり、ノートに名前書いたLは23日間は死なない運命にあるため無敵なんだろうか? と思っていたところに、りんぼさんの文が目にとまり、興味をひかれたのです。
じょりちこさんのおっしゃるように、矛盾をついても不毛、というのはわかるんですが・・・。
例えば、子供向きのヒーロー番組。変身したら空が飛べる主人公。なのに人間体のまま崖をハァハァ言いつつ登ってる。私としては「なぜ変身しないんだ?」とつっこみてくなります。「この時変身できない理由」が説明されてれば、しらけることなく作品世界に入っていけるのです。
「ノートに名を書いたら、ノートでは殺せないが、他の手段なら殺害は可能なのか、否か?」は、観客に知らせるべき必要最低限の設定だと思うのです。
でも単に私が知らないだけで、原作や映画内で語られていたのかなぁと思って質問させていただきました。
友人にデスノートフリークがひとりいるんですが、そいつに尋ねると、「原作で誰それが6本指で描かれてる場面がある」とか、私にとってどうでもいいことまで延々聞かされるし、よけい疑問が増えるので、彼には聞けませんでした(笑) -
たぶん...
2008/02/26 by
じょりちょこその手の疑問は尽きないんじゃないかという気がします。
現段階では、
> 「ノートに名を書いたら、ノートでは殺せないが、
> 他の手段なら殺害は可能なのか、否か?」は、観客
> に知らせるべき必要最低限の設定だと思うのです。
と思えていても、これが説明されると他の疑問が出てきて、それを説明しなければならなくなるような気がするのですが、甘いでしょうか。
それはそうと、この疑問に対して、僕が作り手であれば、以下のように答えます。
「しかし、L...」
「なんですか」
「こんなことを聞くのは不謹慎だが、23日後に死ぬことをノートに書いた場合、それまでは絶対に死なないということになるよな」
「そういうことになりますね」
「だとすると、その間はどんなに無茶なことをしても大丈夫ってことにならないか?」
「その可能性は考えました。しかし、おそらく無理です」
「無理?」
「デスノートに書かれたことは必ず実現します。そのことを実現させる力は非常に強いので、それに矛盾するようなことをしようとしても、そもそもそれはできないのです」
「ちょっと意味がわからないが...」
「たとえば、私が地雷撤去作業をするとしましょう。私は23日後に死ぬわけですから、この作業中に死ぬ気遣いはありません。本当なら慎重に、慎重に行動しなければならないところですが、23日後までは絶対に死なないのですから、スピーディーに作業しても大丈夫ということになりそうですね」
「...たしかに。そうならないのか?」
「なりません。おそらく、そうしようと思っても、別の何かが起こってそういう企みは阻止されてしまうでしょう。たとえば、ノートに死因を書くとき、死ぬ場所を書けば書いた通りの場所でその人は死にます。その場所に行かないように努力しても、結局そこに行くことになってしまうはずです。しかも、きわめて自然なかたちで...」
「なるほど。言われてみれば、今までに死因が書かれたケースでも、自然なかたちでその状況が実現していたものな...」
「ですから、たとえば今、私がここでピストル自殺しようとしても...私の気持ちを自殺からそらしてしまうような事件が起きるに違いないのです」 -
Re: 失望した
2008/02/27 by
りんぼ皆さんの投稿、楽しく読ませて頂きました。
思うところをだらだらと書いていきます。
Mさん、こんにちは。
>「なぜ変身しないんだ?」
この手の疑問は創作物には切っても切れない問題ですね。これについて私なりの見解ですが、もし設定を無視しても崖を登る方が盛り上るのなら、やはり登るべきだと考えます。
当然、甘い設定で白ける危険は高いですから、より感動を得られる方を選択するのが正解と考えます。
では、デスノートはと言うと、これは説明をした方が盛り上る作品に入ると思えます。
しかしLでは、説明をしない方向に進んでいます。つまり、この二つはそもそも質が違うものなんですね。
仮に23日無敵説で行くなら徹底して説明しないと成立しない気がしますね。
じょりちょこさん、こんにちは。
アナザーストーリー興味深かったです。
Lならば確かにこういう展開がぴったりきそうです。
説明については、次々に疑問が生じるのは避けようの無いものだと思います。
これは私の希望ですが、疑問を残さないことを目的にするのではなく、映画として面白くなる方向を突き詰めて欲しい。
その上で設定が上手く纏まれば尚ヨシ。
その辺は見る人によって差があるところですけどね。
さて、問題になっている23日無敵ですが、参考までに思いつくに至った経緯を書きます。
ややネタバレになりますが、本筋に関わる部分は避けていますので御容赦を。
心配な方が読まないことをお奨めします。
私は映画の最初の段階で恐らく敵がウィルスを一度は使うだろうと考えました。
では、どこか?
最適と思われるのは当然、閉鎖された場所です。広範囲の場所で使うのはクライマックスでしょうし、一度使うとその後の展開も難しくなります。
そう考えるとLの隠れ家は格好のターゲットに思えました。
敵がLにとって好敵手であるにはLを追い詰めるシーンも必要です。更に大胆さも演出するにはLの隠れ家にウイルス散布ではないだろうか?
そこで、中にいるスタッフが全滅。生き残ったのはLと主要キャラ。L以外が生き残るのは映画の通りとして、Lは? と考えた時、23日ルールはどうだろう? と考えるに至りました。
しかしですね、もっと演出を考えるのならLは23日ルールで生き残ったのではない、というどんでん返しがあった方が良い。
そのことをLは知りつつ23日ルールをブラフとして利用し、敵に自分は殺すことが出来ないと思わせる、とか。
Lが生き残ったのはLの好物故に・・・といった設定も可能でしょう。
23日ルールに関しては最後まで存在するかを明らかにしない。なんてのもアリですね。
これはじょりちょこさんの話のように、運命論まで繋げられるネタです。
とまあ、いくらでも手が思いつくわけですが、この映画はそういう方向性は全く不要なんです。
それはこの映画の観客層を考えた結果かもしれません。細かい設定よりもLの魅力で押し切るという選択は、映画として正しかったと思います。なにより興行成績が良い。
こういう書き方をすると不快に思う人もいると思いますが、ぶっちゃけこのことは重要です。
だから、私は残念でならないというわけですけどね。 -
Re: 失望した
2008/02/28 by
みいやはじめまして。
的外れな書き込みだったらスミマセン。
私は 映画『DEATH NOTE』で、松Lファンになりこの作品を見に行ったので
物凄く楽しめ上何度も見に行ってます^^;
ちなみに漫画での原作は読んだ事がありません。
私も最初見たとき、ストーリーは『微妙』と思いました。
ただ、小説を読むと 映画では描ききれなかった部分が結構あって
(多少内容がズレてたりもしますが)
抜け落ちてた設定、
例えば駿河さんをなぜあんなにスグ 信じたのか。など
「なるほど・・・。」と思えるとおもいます。
23日ルールの事についてもちょっと出てきます。
Lが変わるって部分は、ワタリからの巣立ちと言うか
『自らの手で』って部分でCHANGEなのでは無いでしょうか。
今まで 自分の命さえも小さな犠牲と言っていたLが
色々な人たちと実際にふれあい
人間の当たり前の感情を目の当たりにし、最後には「生きてみたくなりました」と。
十分CHANGEしたのでは?と私は思いました。
ココは、映画へ対する感想の場ですが
良かったら、是非小説版も読んでみてください。
私は 映画→小説→映画と行きましたが
1度目とは違う観点で見ることが出来ました。
長々と、まとまりの無い文をスイマセンでした(汗)
失礼いたします。 -
再び・・教えてください
2008/02/28 by
MLは23日後に静かな死を迎える。それは23日の間にこうむった傷などが原因ではない。それまでに命が危なくなるようなことは絶対に発生しない。
以上がデスノートの力で保障されている、という解釈が正しいとして、話を進めます。
こんな足かせの設定があるのに「悪人と戦い、世界を救う」なんて内容の映画が成立するのでしょうか。
私は未見ですので、見られた方がたに教えていただきたい事が2つあります。
1・「Chang the World」の中で、Lが殺 される(死ぬ)かもしれない、というシ ーンはあったのでしょうか?
(007映画でも、観客はジェームズ・ボンドが死なないことはわかっていますが、ボンド自身は自分が不死だとは思っていません。死を避けようと敵から必死で逃げたりする、その姿に観客もハラハラドキドキがあるわけです。ところがL自身も「命にかかわる展開には絶対ならない」と信じきった中で活動する映画で、観客はハラドキできるのでしょうか)
2・事件解決後のLの気持ちはどのように描かれていましたか?
(負けず嫌いの性格なのに、こんな安全が保障された世界の中で解決しても、Lに勝利感や達成感は湧いてきたのだろうか。)
公開中の作品ですので、ネタバレにならない範囲内で結構です。
-
Re: 失望した
2008/03/02 by
りんぼ気が付くと掲示板になっていました。
管理人さん、お手数かけます。
ということで、こちらでもよろしくです。
みいやさんこんにちは。
では、さっそく質問について返事します。
>十分CHANGEしたのでは?
これについて、先ず重要なのはCHANGEの基準は観客によって差があるということです。極端な話、ある観客はLが背を伸ばしただけでOKということもあるでしょう。つまりLにどんな変化を望んだか? によると思うのです。一つの映画にしても、どう受け取るかは観客によって違いますから、その差はあって当然なのです。
みいやさんにとっては期待通りの変化があったから「CHANGE」と判断出来たと思うのです。しかし、私にとっては映画の中の変化は期待外れだったのです。
みいやさんの指摘の通り変化は当然ありました。しかし、この映画の予告で「世界が変わるのか、Lが変わるのか」が示す内容を考えると、どうも規模感が一致しないのです。
世界の変化と同じくらい、というのはスケール感が違うので無意味ですが、Lの変化が相当大きなものを示唆していることは読み取れます。ところが、それほど大きな変化は無かった。そこが問題なのです。
例えば「生きてみたくなりました」という台詞にしても、私にはあまり響いてこなかったのです。
なぜかというと、この言葉にLの主体を感じないからです。生きたいと思うのは当然のことです。Lは死にたいと思っているわけではなく、理屈で考えて最上の策を選択したのです。
普通の人は理屈より感情が先立つものです。それがLはそうではない。結局、最後までLは理屈を優先したように見えます。
私はLの感情が見たかった。
もっと変化させる方法はあったと思えるのです。
これは仮にですがLが恋をしたらどうでしょう? その人と生きたいと心から願ったとしたら? それくらいの大きな心の変化を期待していたのです。
恐らく、Lという完成されたキャラでそれをやるのは非常に難しいことです。しかし、そういう難しいことをやって欲しかったのです。
当然、これは私の期待度が高かったせいですので、観客全員がそう思うはずもありません。
ですので、結果的に自分の感想を推敲すると「自分の期待したほど変化しなかった」ということになるかと思います。
小説については、機会がありましたら読ませて頂きます。
続いて、Mさんこんにちは。
>Lが殺される(死ぬ)かもしれない、というシーン
私の記憶する限り、彼が肉体的に死に直面するところは無かった気がします。
但し、一歩誤れば即死な状況は何度かありました。
もしLが死なないという状況で映画が成立するだろうか? という問題に対し、当然可能性の段階の話なので結論は出せません。
しかし、私の経験から言って、十分に可能なように思えます。それを証明するには実際に作って見せるしかなういので、証明は出来ませんが、寧ろ「無理だろ」と思えるような設定を映画として成立した方が面白いものが出来る気がします。
一例を挙げるなら「装甲騎兵ボトムズ」というアニメがあります。主人公のキリコという男は異能者であり、どんな状況でも決して死なないという設定があります。それでも十分に話は成立します。
設定がどうというより、それをどう使うかこそが映画には最重要のように思えます。
>2・事件解決後のLの気持ちはどのように描かれていましたか?
私はこれは今一つわからなかったところです。当然、勝利したことは嬉しいに決まっています。しかし、それで全てに満足し何も思い残すことが無かったのだろうか? その辺りは私にはわかりませんでした。
それと完全に死を受け入れたのだろうか? その辺りも明確にはなっていな気がします。
私にはこの辺りが酷く淡白に見えてしまって残念でしたね。
果たして、Lは死ぬ時に涙を流したのだろうか?
これも知りたいところでしたね。
では、今回はこの辺で。
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