冬の華
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光
2002/08/18
by
さくらんぼ
クロード・チアリのテーマが聞こえてくるだけで、もう酔ったような気分になってしまう。
この映画「冬の華」、昔テレビで観てとても気に入り、どこかで録画したのだが、テープの残量不足で尻切れとんぼになってしまった苦い想い出がある。ラストの消えたビデオほど悲しい物はない。
そのずっと憬れていた作品が最近DVDになったので、早速買い求めた。あの名作「太陽がいっぱい」あるいは「シンドラーのリスト」にも似た名曲が、CDと同等の音質で部屋に響く。今まで聞いたどの時よりも美しくせつない。
映画は、渡世の義理の為に、殺した仲間の幼子の成長を、陰から「足長おじさん」として見守る男(高倉 健)の物語である。
この映画の深層に流れる想いは誰もが一度は経験した「片思い」であろう。そこにこの映画は触れてくる。だからせつない。でもDVDで再度鑑賞して、その上にあるもう一つのドラマが見えてきた。よい映画は重層的構造になっている事が有るから矛盾は無い。その話しをしようと思う。
きっかけになったシーンはカラオケでマイクを離さないシーンだ。そのマイクの奪い合いでトラブルすら起きる。ずっと私はそこが余分なシーンだと思っていたが、そうでは無かった。
この映画で登場人物たちは皆、無意識に「癒しと贖罪」を「美」に求めていたのだ。
「カラオケで演歌」然り。ボスの「シャガールのコレクション」然り、そして主役の健さんの「美しい女子高生に成長した幼子」に対しての想いもそうだ。それから「チャイコフスキーのピアノコンチェルト」も出てくる。
また彼女が通っている高校には教会らしき物があり時々鐘の音がするのだ。「美」を求めるその先には「神」すら見える。そして健さんが彼女に逢いたいが為に出かける名曲喫茶も彼にとっては事実上の教会である。
映画の後半、港でボスに「足を洗う夢」を語る健さん、それにうなずくボス。向こうの空には神の啓示のように雲の切れ間から光が差している。
そういえば、ミレーの名作絵画「晩鐘」だったか、祈りを捧げる羊飼いと羊たちの後ろの空に描かれているのも同じ光だった。
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