七人の侍
(1954)
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勘兵衛さんの子孫がいました
2008/06/05
by
黄金のキツネ
トリビアです。
序盤の勘兵衛さんが頭を剃って立てこもり事件を解決するエピソードが、新陰流の創始者で、それを柳生石舟斎に伝授した上泉伊勢守信綱のエピソードの丸パクリであることを知っている方は多いと思います。
(ご存じない方はこちら参照→ttp://www.m-network.com/sengoku/kengou/nk03.html)
信綱は「剣聖」とも呼ばれた人物ですが、その子孫が登場している映画があったのでお知らせします。ある意味では「勘兵衛さんの子孫」とも言えますもんね(笑。
で、その子孫の名前は上泉徳弥さん。海軍中佐として『二百三高地』にチラッと出ており、若林豪さんが演じていました。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%B3%89%E5%BE%B3%E5%BC%A5
なお『七人の侍』は、信綱以外の剣豪のエピソードも取り入れられています。これも知っている方は多いのかな?
5年くらい前から映画を観始めたので、どこらへんまでが映画ファンの常識なのかがいまだに分かりません。(笑
-
映像的には…
2008/06/06 by
夢寝由来> トリビアです。
> 序盤の勘兵衛さんが頭を剃って立てこもり事件を解決するエピソードが、新陰流の創始者で、それを柳生石舟斎に伝授した上泉伊勢守信綱のエピソードの丸パクリであることを知っている方は多いと思います。
黄金のキツネさん、
子供を人質に取った立てこもり犯=盗人が東野英治郎でしたね。
確かにエピソードはこれが原点でしょう。
だが映像としてはジョン・フォードの「荒野の決斗」でワイアット・アープが酒場で泥酔乱射状態のインディアンを取り押さえるシーンの影響でしょう。
本作の小屋の中も「荒野の決斗」の酒場の中も一切映像は出さず音だけで表現していますから。 -
Re: 勘兵衛さんの子孫がいました
2008/06/06 by
黄金のキツネうわぁ、夢寝由来さん、レスありがとう。
> 子供を人質に取った立てこもり犯=盗人が東野英治郎
これは全く気がつきませんでした。できたらもう一度確認してみたいと思います。
本音を言いますと、たいへん映画にお詳しい夢寝由来さんや、精力的に投稿していらっしゃるMMさん、邦画30年のファンで「プレアデス星団」をアイコンとされているHさんがレスしてくださると嬉しいな、と思っていたので、たいへん幸せです。
なぜかと言うと、“事前の知識”というのが映画鑑賞の邪魔にならないのかな、という疑問を特にこの作品については抱いており、それをどなたか映画にお詳しい方に聞いてみたいな、と前々から思っていたからです。
わたくしごとで恐縮ですが、4年半前にこの作品を観ようとしたときは、「無駄な箇所がひとつもない」、「世紀の大傑作」、「完璧な作品」等々の絶賛の嵐を耳にし、内心期待するものが非常に大でした。
しかし序盤の勘兵衛さんのエピソードが丸パクリなので唖然とするとともに憤りを感じ、次いで久蔵さんが浪人と再試合する話は柳生十兵衛の、(終盤だったかな)三船さんが地面に数本の刀を刺すのは足利義輝将軍のパクリであったので、これが「世界の黒澤」も姿なのかぁ・・・、と脱力してしまったのです。
(なおはっきりとは記憶していないのですが、扉の陰に武士を潜ませ、訪れる者の力量を推し測るのも誰か有名な剣豪の逸話だったように思います。)
そういった理由で私は序盤でこの作品に乗ることはできず、中盤は退屈そのもので、ようやく終盤になって、「ああ、これは確かに見せ場の連続だ。ここだけは凄いや」と思ってしまったのです。
わたしの場合は、この映画とは不幸な出会いだったのだと思っていますが、映画にお詳しい方々にとっては、私のように事前の知識があっても、その作品の評価にはさほど影響はしないものなのでしょうか。そこいらへんが未だによく分からないでいます。
この点について、「荒野の決斗」についてもご存じだった夢寝由来さんの個人的なご意見をさらにうかがえれば、うれしいのですが・・・。 -
グリフィス以外の映画人は
2008/06/07 by
夢寝由来映画の父と言われるD・W・グリフィス(1975〜1948)以外の映画人は殆ど誰か先人の影響を受けているか言葉は悪いが手法を盗んでいるのではないか?と思います。
グリフィスの弟子にはアクション映画の巨匠ラオール・ウォルシュがいて他にグリフィスの影響を受けた監督としてセシル・B・デミル、ジョン・フォード、ハワード・ホークス等名だたる巨匠がおります。
黒澤明が本作を作ったのは正にジョン・フォードからの影響が大でありその挿話の数々は日本の剣豪小説からの引用であるのは無理の無い事だと思います。
大きな違いは『自分の物にしている』か?『粗悪なコピー』か?でしょう。
あのチャールズ・チャップリンの≪山高帽+だぶだぶ服≫の衣裳も実はチャップリンのオリジナルではなく20世紀初頭に既に珍しくなかったそうです。あの衣裳で≪パントマイム+スラップスティック+背中の哀愁≫を加算したのが勝因でしょう。 -
Re: 勘兵衛さんの子孫がいました
2008/06/08 by
黄金のキツネふぅ〜むむむ、
> 『自分の物にしている』か?『粗悪なコピー』か?
ですか…。
となると、他の方の評価は評価として自分の感性に忠実になろう、なんて思うなら、数多くの映画、数多くの監督の作品を観る必要がありそうですね。私はまだまだ年季が足りないので、こりゃ大変だぁ、と思う反面、自分は自分のペースで、って感じで映画に接していこうかなとも思います。
それにしても夢寝由来さん、グリフィス氏をはじめとする巨匠の紹介、ありがとうございました。ジョン・フォードの名前だけしか知りませんでした。
ところで私はたまたま剣道をやっていたせいで、この作品の逸話の元ネタを知っていたために、がっかりした人間ですが、夢寝由来さんがこれらのことを前もって知っていたとしても、やはりこの作品は、映画史の中での「至宝」と言える存在だと思われますか?
仮定の話しになってしまってしまいますが、もしお時間がありましたら、「技術」的な面、「映画史」などの面、そして私がまだ気づいていない面も含めて、お教えいただければ幸いです。
お礼のつもりで書き始めたのですが、いつの間にか図々しいお願いの文になってしまいました。申し訳けありません。 -
黒澤明とは…
2008/06/08 by
夢寝由来世界的見地からも優れた監督であり脚本家で天才に近い努力型秀才だが決して神様でも創造主でもないと思います。
黒澤さんにもアキレス腱があったでしょう!?
色彩映画を克服出来なかった。
女優の扱いというか女の描き方が下手だった。
撮影スケジュールを守れなかった等々
(全て私の独断偏見です。異論は多いでしょう)
別スレと重複しますが30本全部が名画とも思えません。
参考になるかどうか紹介しますが
ハワード・ホークスが自作の西部劇「リオ・ブラボー」(1959)と「エル・ドラド」(1966)は酷似していると記者に言われた際に“作家は誰だって自分から盗んでいる(自分の得意な事ばかり描く)”と返しました。
本作のラスト菊千代の壮絶な討ち死には「酔いどれ天使」の松永の哀れな死に方のアンチテーゼだと思います。
ヤクザの松永は私怨によって兄貴分の岡田と刺し違えた後、外で輝く陽光を浴びて仰向けに死ぬが、菊千代は正義感から殺された仲間たちの仇討ちで野武士の頭目を刺し違えて豪雨の中うつ伏せに死にます。
>この作品の逸話の元ネタを…夢寝由来さんがこれらのことを前もって知っていたとしても、やはりこの作品は、映画史の中での「至宝」と言える存在だと思われますか?
ハイ!思います!!
実は1975年リバイバル直前に友人たちが同じ内容を語っていましたが、いざ見ているとそんな事は忘れてしまいました。
>自分は自分のペースで、って感じで映画に接していこうかなとも思います
黄金のキツネさん
これが一番良い鑑賞法だと思います。
私は小津や成瀬や市川や木下といった“誰が見ても名作”にはついて行けません。 -
Re: 勘兵衛さんの子孫がいました
2008/06/08 by
黄金のキツネ夢寝由来さん、日曜日にもかかわらず貴重な時間を割いていただき、たいへん感謝しております。
>>映画史の中での「至宝」と言える存在だと思われますか?
>ハイ!思います!!
>実は1975年リバイバル直前に友人たちが同じ内容を語っていましたが、いざ見ているとそんな事は忘れてしまいました。
>>自分は自分のペースで、って感じで映画に接していこうかなとも思います
>黄金のキツネさん
>これが一番良い鑑賞法だと思います。
迷いのない温かいお力添えをいただきました。
今後の映画鑑賞の指針にするつもりです。
本当にありがとうございました。 -
Re: 勘兵衛さんの子孫がいました
2008/06/09 by
黄金のキツネありがとう! 牧坂満さん。(勝手にMMさんと読んでいて失礼しました。)
実を言うと、道統を息子に譲るときの逸話だったのは思い出していたんですが、それが塚原卜伝か、千葉周作のどっちだったかを忘れていたのです。おかげでスッキリしました。
司馬遼太郎さんの神田神保町のトラックのエピソードは有名ですよね。七人の侍とは話題がずれまずが、昨日知人と坂の上の雲の話をしていたら、NHKが映像化することを初めて聞きました。秋山兄弟と正岡子規ですねぁ。たいへん楽しみですけど、乃木大将や伊地知さんが原作のままの描かれ方だとちょっとがっかりしてしまいそうです。
また黒澤特集の件ありがとうございます。用心棒、隠し砦の三悪人、椿三十郎、羅生門、蜘蛛巣城は面白かったのですが、その後に影武者と乱を観て、「う〜ん、いまいち」と思い、すっかり遠ざかっていました。これを機会に研鑽を積みたいと思います(←お言葉、お借りしました。) -
宮本武蔵?
2008/06/09 by
夢寝由来黄金のキツネさん
本作のプロットは『宮本武蔵』の挿話≪武蔵が野武士から村を守る≫の影響というかそれを大きく膨らましたのではないか?と思いました。
人物キャラについても菊千代は関が原の合戦後落武者になった武蔵(たけぞう)、久蔵は武者修行中の武蔵、そして勘兵衛は巌流島の決闘後晩年の武蔵を連想します。
しかも同年以降、三船敏郎は稲垣浩監督の「宮本武蔵」三部作にも主演しているのでよけいにそう思ってしまいます。 -
Re: 勘兵衛さんの子孫がいました
2008/06/09 by
黄金のキツネ夢寝由来さん、今晩は。
いつもありがとうございます。
子どもの相手をしたり、長湯をしたりで気づくのが遅れました。
実は本日、牧坂満さんのレスを読み、「そうだ、そうだ、卜伝さんだぁ」と思って、キーワード、「七人の侍」と「塚原卜伝」で検索かけたら、Wikiの「七人の侍」が最初にヒットしました。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E4%BA%BA%E3%81%AE%E4%BE%8D
これを読むと、黒澤さんや橋本さんが何を考えてこの映画を作ることになったのかがよく分かり、参考になると思います。私も千葉周作と卜伝との間で悩まなくても良かったのに、と思いました。
やっぱり、これだけの映画ですと、Wikiにばっちりと載ってるんですねえ。キャストを見て多くの俳優達が名も無き人で出演していたんだなあと感心しました。 -
Re: 勘兵衛さんの子孫がいました
2008/06/12 by
黄金のキツネやあ皆さん今晩は。
実は私は夢寝由来さんの仰られた
> 『宮本武蔵』の挿話≪武蔵が野武士から村を守る≫
というエピソードを実は知らなかったのですが、巷間伝えられていたエピソードから黒澤さん達がインスパイアされたことはあり得るでしょうし、彼が若かった頃の悪童ぶりや風体(←どこまでが真実かは分かりませんが)を、菊地代に投影させた可能性は大アリだろうと思います。
ただ宮本武蔵は絵、書、書物などの現存するものは別として、その生涯には虚実が多くてなぁ、という印象を抱いています。吉岡一門との話や、巌流小次郎との決闘も諸説ありすぎって感じです。
話はちょっと変わりますが、武士ってのはもともと自衛のために武装した農民ですよね。ですからこの作品を観た当初は、戦国時代の農民はこんなヘタレではないはずだ、と思いました。なにしろ戦争の時は足軽になったり、落ち武者狩りをアルバイトしたりしていたんですから。そんなことも考えたので、剣豪のエピソードの件以外に、この映画の設定そのものにも疑問を抱いたわけです。それでも一応ネットで調べてみたんです。そしたら史実として武士を雇った農民達がいたという記載を見つけ、早とちりはするモノではないなと思った記憶があります。ですがもう4年以上前のことなので、どこのサイトだったかは今夜探しても分かりませんでした。しかしそれとは別の情報をたった今見つけたので紹介いたします。
@「七人の侍」は智頭がモデル? 助監督務めた堀川さんに聞く
→ ttp://www.nnn.co.jp/tokusyu/kikaku/071129.html
A映画「七人の侍」は智頭がモデルだった!?
→ ttps://www.nnn.co.jp/news/070110/20070110001.html
「農民」、「武士」、「雇う」をキーワードにしました。どうも鳥取県での話が「らしい」ですね。それに最初の「剣豪達のエピソードをオムニバス形式で…」ってのが融合したんじゃないでしょうか。
メイプルタウンさん、ようこそ。
お疲れで様です。
罵詈雑言や誹謗中傷は、こういった掲示板ではしょうがないでしょうねぇ。とても残念ですが。
私もそういったスレッドが伸びているのを見るととても不快になります。ですがこのサイトでは、素晴らしい文章にであったり、また質疑応答ができるし、最近はパンズ・ラビリンスで自分が思っても観なかった見解を教えていただいたりできたので、私のような初心者には魅力があるのも事実です。それでここに居続けています。
あと、精○剤の宣伝やH系サイトへの誘導もホントに嫌気がさします。男の私ですらそうですので、女性の方々にとってはたまったものじゃないでしょうね。ホント、もうちょっと“精力的に”管理人さんに頑張ってもらうことを期待しましょう。 -
六人の侍?
2008/06/13 by
夢寝由来実は吉川英治の「宮本武蔵」(全8巻)を読み始めて今やっと3巻目ですが映画版は内田吐夢監督の東映5部作の方が東宝版3部作よりは忠実ですね。
さて本作は当初「六人の侍」で六つの挿話(オムニバス形式)だったのを農民に雇われた侍に変換し身分の違いを埋めるジョーカーとして菊千代を創作したというのは皆さん御存知の通りです。
三船敏郎は「六人の侍」の時点で久蔵だったという逸話を知って、たぶん主要キャラの三人は武蔵を細胞分裂させたのではないか?と私なりに解釈したのです。
菊千代の刀はまるで佐々木小次郎の“物干し”と呼ばれる太刀を連想させ、木村功の演じる勝四郎の髪型や衣裳もどこか小次郎を連想させます。 -
女優さんについて
2008/06/19 by
夢寝由来>津島恵子・島崎雪子のお二人のことを話題にもなさらないのですね
メイプルタウンさん、
黒澤映画を語るときに男性側からはやはり女優さんについて語る事を敬遠する傾向があるのは否定できません。悪しからず。
でも津島恵子と木村功の二人は他の映画でも何度か相手役を演じておりこの配役による呼吸はピッタリだと思います。
島崎雪子に関しては他の映画での活躍を知らないのですが本作のセリフなしで土屋嘉男を向こうにした能の如き動作は決まっていました。
尚、土屋著の「くろさわさーん」では黒澤監督は土屋を利吉か勝四郎にするか配役を決めかねていて二種類のカツラでスクリーン・テストを用意していたそうです。 -
Re: 勘兵衛さんの子孫がいました
2008/06/20 by
黄金のキツネ今晩は、皆さん。
単なるトリビアのつもりだったのですが、お楽しみいただいているようで嬉しいです。
私は中学時代までは父親から長すぎて重すぎる木刀を持たされ剣道を習されていたうえ、メイプルタウンさんと同様に吉川英治の『宮本武蔵』を読め、読め、としつこく言われておりました。で、仕方なく読み始めたのですが、いやぁ長くて長くて途中で挫折しました。夢寝由来さん、頑張って私の敵をとってください。
まぁ宮本武蔵は挫折しましたが、そのおかげで塚原卜伝や柳生石舟斎とか尾張柳生の兵庫介利厳、連也斎厳包などの剣豪たちを知ることができ、ついでに歴史小説が好きになりました。でも結局一番はまったのは吉川英治の『三国志』(←これも長かった)でしたけど。
風林火山さん、いろいろとどうもです。プロフを読むまでは9割方信玄公か山本勘助さん由来のHNだろうなぁと思いましたが、残り1割は北畠顕家さん絡みかもなぁ、なんて思っていました。山梨県の方は羨ましいです。郷土にすごい英雄がいますもんね。その英雄にちなむというのは、まさに粋です。今後ともよろしくお願いいたします。(別スレの件ですが、西部劇ではクリント・イーストウッドの『許されざる者』も思い返せば観てました。)
話は変わりますが、メイプルタウンさんの字幕での女優さんの件、夢寝由来さんや牧坂さんの汲めども尽きせぬ深い泉のような知識には、本当に感心いたします。『二百三高地』を観て、上泉中佐の名字が気になって調べたら、「うわぁ、信綱の子孫じゃないか」と、ちょっと感激して気軽に立てたスレですが、今後は私のほうにいろいろと教えていただければ嬉しく思います。 -
Re: 勘兵衛さんの子孫がいました
2008/09/23 by
黄金のキツネこんばんは、そんごくうさん。
> 原作が映画になったら、原作と同じだからつまらないという様な見方をされないのではないでしょうか?
> 原作がどう映像化されるのか?
> 興味はそこにあると思うのですが
> いかがでしょう?
まずこの後半の質問から回答します。
わたしの場合に限らず、原作(ドキュメンタリーを含む)→映画、映画→原作、小説版(ノベライズされたやつ)→映画、映画→小説版、史実→映画、映画→史実、なる組み合わせで映画を観た方は多いと思います。
ですから、「原作→映画」、というそんごくうさんの図式とは離れて、これらの関係について思うところを述べます。と言っても、その内容はたいしたものではありません。
映画を年に30から40本観るようになってから数年経ちますが、始めの頃は原作がある映画は少なくとも原作と同様のレベルか、それ以上でなければ映画をわざわざ観る価値はないと頑なに思っていました。
しかし今は違います。
沢山の作品を観るようになり、文字情報と映像との乖離には殆どこだわらなくなりました。
そしてまた半年くらい前の別スレッドですが、「映画はその枠の中で全てを説明していなければ欠陥である」、といった主旨の物がありました。わたしは傍観していただけですが、そのような考えに同調する気は全くありません。
映画とそれに関する物(原作、小説、小説版、オペラなどなど)との関係は、まったく自由だと考えています。全ての映画が自己完結品しなければならないといった規範を有しているとは思ってもいませんし、原作を有する映画がすべて原作に忠実である必要もないと思っています。
両者がそれぞれの持ち味を発揮していれば、それでいいし、それぞれがお互いに補完しあってその良さをより深めてあっているものもであっていいと思っています。具体的にはわたしの場合、前者では『スターシップ・トルゥーパーズ』、マット・デイモンの『ジェイソン・ボーンシリーズ』が挙げられ、後者では、『遠すぎた橋』、『銀河鉄道の夜』を挙げたいと思います。
ですから後半の質問に対する回答としては、映像化に興味はあるし、それ以外にも興味はある、という事になります。
なお『蜘蛛巣城』についてはわずかな瑕疵を感じはしますが、私も傑作だと考えています。その点ではそんごくうさんとは立場を同じくしていると思います。
ここまではよろしいでしょうか。
ですが前段の次の点に関しては、私の考えとそんごくうさんの考えとは異なります。
> それらのエピソードは文字に書かれた「話」にすぎません。
ちょっと愕然としました。語尾が「すぎません」・・・ですか。失礼な言い方になるかもしれませんが、この言葉からは、そんごくうさんは“文字に書かれたもの”を、意識的にせよ、無意識であるにせよ、若干軽視している印象を受けます。また文字、あるいは文章が、それを耳にした人の心の中に喚起させるイメージを過小に評価しているのではないか、という印象も抱きます。
映画のサイトですので、具体例を私の限られた経験の中から述べてみます。
一つめは『コンタクト』。ジュディ・フォスターが宇宙を旅するシーンです。彼女は、「詩人を連れてくるべきだった」と言っています。もうひとつは、『戦争のはらわた』です。ジェームズ・メイスン扮するブラント大佐が副官のキーゼル大尉を全滅から救おうとするとき、「新生ドイツには、○○者と、○○家と、詩人が必要だ」と言って、どうか生き延びてくれ、と部下を諭していました。両者とも私にはグッときたシーンでした。
そうです。キーワードは「詩人」です。才ある人の言葉は、他の人に大きな感動を与え、精神を鼓舞し、慰めたり、あるいは世界の本質を切り取ったりもできる力があるものです。
また、イーストウッドの『硫黄島からの手紙』についても、その掲示板で述べましたが、私個人にとっては、小説『名をこそ惜しめ』に書かれていた文章のほうが、映画の映像よりも遙かにインパクトは大きいものでした。イーストウッドと比べ、はるかに少ない予算と人員で執筆した小説のほうが、私にとってはより大きな印象を残しました。
言葉や文章、そしてそれを彩る音やリズムがもたらす力に、わたしはあこがれますし、そしてまた好みもします。たぶん映画と同様に。あるいは映画より以上に。
以上が前半部に関する回答です。
以下は蛇足みたいなものです。
剣道を学んだ私にとって、上泉伊勢守と足利義輝のエピソードはすぐれた小説家の文章によって、『七人の侍』を観たときよりもはるかに以前から、かなりはっきりとしたイメージが作り上げられていました。
> 映像化したのは黒澤です。
一般の方にとってはそうなのでしょう。ですが私にとっては違っていたのです。上泉伊勢守については文章だけでしたが、足利義輝では文章以外に映像による記憶もありました。個人的には子どもの頃に観たNHKの大河ドラマです(もちろん『七人の侍』よりは後で作られた作品です)。タイトルも俳優もストーリーもは忘れていましたが、義輝の最期の奮戦だけが、なぜか強烈な印象として記憶に残っていました。(調べてみたら、竹脇無我が演じた『国盗り物語』だったようです)
おそらく一般の方にとって、『七人の侍』という映画は、素晴らしい枝振りの大木として映画史にそびえ立っているのでしょう。その枝の一つひとつに実在の剣豪のエピソードが込められていて、その枝自体も青々と見事に茂って見えるのだろうと思います。
ですがわたしの場合は、文章や映像による知識と、それに関するかなり明確なイメージができあがっていました。ですから本来なら見事な枝振りとして見えるはずの勘兵衛さんのエピソードからして、「なぁんだ借り物かあ」と思ってしまい、大木を味わう前に枯れた枝振りにがっかりしてしまった、ということです。
ほんとにそれだけのことです。 -
Re: 勘兵衛さんの子孫がいました
2008/09/24 by
黄金のキツネ>私が言いたかったのは文章表現と映像表現は全く別物ということです。
>どちらが上か下かということではありません。
ああ、そういう意味での文だったんですか。今夜はよく分かりました。
「すぎません」という箇所に、私が過敏に反応したようですね。
ただ映像化したのは黒澤が最初ではあっても、私は私なりに子供のときから育ててきた大切なイメージがありました。その大切なものをひと言で切って捨てられてしまった、という印象を昨日は抱いてしまい、ちょっとムカッとして↑のような文章を書いたのです。
大人気ないことで、たいへん失礼しました。
ただ文字表現から想像の羽を大きく広げる人がいることと、人によってはそれを長い間心の中で温めていることもある、ということにもご理解をいただければ、と思います。今後はそのような人の存在にも心を配られ、表現を和らげていただけたらなあ、という気持ちもまたあります。
>逆に黄金のキツネさんは映像表現というものを文章表現より下に見られているのではと思います。
仰るとおりです。いや、仰るとおりでした、…と言うべきかな??
中学時代に大好きなミステリーが映画化されたのを観に行き、大いに落胆した覚えがあります。別にそれが唯一の契機だったわけではありませんが、それ以降いつとはなしに映画は観なくなりました。(5年くらい前までは映画はTVも含めて1年にせいぜい0〜2本くらいしか観ていませんでした。今は多少観るようになって、こちらのサイトに顔を出していますが)
なお↑で書いたとおり、最近は映画に関しては原作などの文章にも、映画としての表現にもそれほどこだわりは持っておりません。どちらにも良い面があると思っていますし、どちらにも限界があると思っています。しかし、文の力は侮れず、という気持ちが揺らぐことはありません。
ただこの『七人の侍』に関しては、子供時代からあこがれていた英雄(上泉も義輝も私の中ではとても大きな存在でした)を、天下の黒澤ともあろう人がその歴史上の人物自身のストーリーとして描くのならまだしも、一介の野武士として描いてしまったことに憤りに近い感情を抱いてしまったのです。映画製作の裏側を知った今でも、その感情は払拭しきれておりません。このスレッドのはじめのほうで述べているのですが、この作品とは「不幸な出会い」であった、という以外に言葉はありません。
>失礼な言い方になりますが、黄金のキツネさんはまだ、映画の楽しみの極一部しか味わっておられないようです。
全然失礼ではないです。図星で、鋭い指摘です。5年ほど前に映画鑑賞を勧めてくれた知人も実は全く同じことを言っています。そいつは嫌味で不埒で勘に触るやつです。どういう訳か美男子というのも気に入りません。ですがそいつの酒の中にメタミドホスでも入れたろか、なんてことは思うこともないくらい、大好きでいいやつです。
ですからそんごくうさんが仰るとおり、私は映画の楽しみの一部しか知らないのでしょう。
なにしろ鑑賞した本数はさほどでもなく、好みはたいへん偏っていますし、絵画や彫刻と共通すること以外では、映画に関する芸術的・技術的側面はいまだによく分かりません。そしてまたそれを積極的に知ろうとする努力も払ってはいません。
でも、別にそれで構いません。私は私のやり方で映画に接し、それに対してそれなりの感想を抱く……それで満足しています。映画に関する志は自分では中ぐらいと思っていますが、他人さまの評価は様々であろうと想像しますし、事実そのようですし。
ただ、そんごくうさんとのやり取りで、『姿三四郎』の雲の動きを確認したくなりましたし、『影武者』も再見してもいいかも、と思うようになりました。
まとまりのない長ったらしい文章でした。
いろいろと失礼がありましたが、いまはムカッ腹より感謝の念のほうが勝っております。
なおご不審、疑問の点などありましたら、いつでもお声をかけください。
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