七人の侍 (1954)
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勘兵衛さんの子孫がいました
2008/06/05
by
黄金のキツネ
トリビアです。
序盤の勘兵衛さんが頭を剃って立てこもり事件を解決するエピソードが、新陰流の創始者で、それを柳生石舟斎に伝授した上泉伊勢守信綱のエピソードの丸パクリであることを知っている方は多いと思います。
(ご存じない方はこちら参照→ttp://www.m-network.com/sengoku/kengou/nk03.html)
信綱は「剣聖」とも呼ばれた人物ですが、その子孫が登場している映画があったのでお知らせします。ある意味では「勘兵衛さんの子孫」とも言えますもんね(笑。
で、その子孫の名前は上泉徳弥さん。海軍中佐として『二百三高地』にチラッと出ており、若林豪さんが演じていました。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%B3%89%E5%BE%B3%E5%BC%A5
なお『七人の侍』は、信綱以外の剣豪のエピソードも取り入れられています。これも知っている方は多いのかな?
5年くらい前から映画を観始めたので、どこらへんまでが映画ファンの常識なのかがいまだに分かりません。(笑
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映像的には…
2008/06/06 by
夢寝由来> トリビアです。
> 序盤の勘兵衛さんが頭を剃って立てこもり事件を解決するエピソードが、新陰流の創始者で、それを柳生石舟斎に伝授した上泉伊勢守信綱のエピソードの丸パクリであることを知っている方は多いと思います。
黄金のキツネさん、
子供を人質に取った立てこもり犯=盗人が東野英治郎でしたね。
確かにエピソードはこれが原点でしょう。
だが映像としてはジョン・フォードの「荒野の決斗」でワイアット・アープが酒場で泥酔乱射状態のインディアンを取り押さえるシーンの影響でしょう。
本作の小屋の中も「荒野の決斗」の酒場の中も一切映像は出さず音だけで表現していますから。 -
Re: 勘兵衛さんの子孫がいました
2008/06/06 by
黄金のキツネうわぁ、夢寝由来さん、レスありがとう。
> 子供を人質に取った立てこもり犯=盗人が東野英治郎
これは全く気がつきませんでした。できたらもう一度確認してみたいと思います。
本音を言いますと、たいへん映画にお詳しい夢寝由来さんや、精力的に投稿していらっしゃるMMさん、邦画30年のファンで「プレアデス星団」をアイコンとされているHさんがレスしてくださると嬉しいな、と思っていたので、たいへん幸せです。
なぜかと言うと、“事前の知識”というのが映画鑑賞の邪魔にならないのかな、という疑問を特にこの作品については抱いており、それをどなたか映画にお詳しい方に聞いてみたいな、と前々から思っていたからです。
わたくしごとで恐縮ですが、4年半前にこの作品を観ようとしたときは、「無駄な箇所がひとつもない」、「世紀の大傑作」、「完璧な作品」等々の絶賛の嵐を耳にし、内心期待するものが非常に大でした。
しかし序盤の勘兵衛さんのエピソードが丸パクリなので唖然とするとともに憤りを感じ、次いで久蔵さんが浪人と再試合する話は柳生十兵衛の、(終盤だったかな)三船さんが地面に数本の刀を刺すのは足利義輝将軍のパクリであったので、これが「世界の黒澤」も姿なのかぁ・・・、と脱力してしまったのです。
(なおはっきりとは記憶していないのですが、扉の陰に武士を潜ませ、訪れる者の力量を推し測るのも誰か有名な剣豪の逸話だったように思います。)
そういった理由で私は序盤でこの作品に乗ることはできず、中盤は退屈そのもので、ようやく終盤になって、「ああ、これは確かに見せ場の連続だ。ここだけは凄いや」と思ってしまったのです。
わたしの場合は、この映画とは不幸な出会いだったのだと思っていますが、映画にお詳しい方々にとっては、私のように事前の知識があっても、その作品の評価にはさほど影響はしないものなのでしょうか。そこいらへんが未だによく分からないでいます。
この点について、「荒野の決斗」についてもご存じだった夢寝由来さんの個人的なご意見をさらにうかがえれば、うれしいのですが・・・。 -
グリフィス以外の映画人は
2008/06/07 by
夢寝由来映画の父と言われるD・W・グリフィス(1975〜1948)以外の映画人は殆ど誰か先人の影響を受けているか言葉は悪いが手法を盗んでいるのではないか?と思います。
グリフィスの弟子にはアクション映画の巨匠ラオール・ウォルシュがいて他にグリフィスの影響を受けた監督としてセシル・B・デミル、ジョン・フォード、ハワード・ホークス等名だたる巨匠がおります。
黒澤明が本作を作ったのは正にジョン・フォードからの影響が大でありその挿話の数々は日本の剣豪小説からの引用であるのは無理の無い事だと思います。
大きな違いは『自分の物にしている』か?『粗悪なコピー』か?でしょう。
あのチャールズ・チャップリンの≪山高帽+だぶだぶ服≫の衣裳も実はチャップリンのオリジナルではなく20世紀初頭に既に珍しくなかったそうです。あの衣裳で≪パントマイム+スラップスティック+背中の哀愁≫を加算したのが勝因でしょう。 -
Re: 勘兵衛さんの子孫がいました
2008/06/08 by
黄金のキツネふぅ〜むむむ、
> 『自分の物にしている』か?『粗悪なコピー』か?
ですか…。
となると、他の方の評価は評価として自分の感性に忠実になろう、なんて思うなら、数多くの映画、数多くの監督の作品を観る必要がありそうですね。私はまだまだ年季が足りないので、こりゃ大変だぁ、と思う反面、自分は自分のペースで、って感じで映画に接していこうかなとも思います。
それにしても夢寝由来さん、グリフィス氏をはじめとする巨匠の紹介、ありがとうございました。ジョン・フォードの名前だけしか知りませんでした。
ところで私はたまたま剣道をやっていたせいで、この作品の逸話の元ネタを知っていたために、がっかりした人間ですが、夢寝由来さんがこれらのことを前もって知っていたとしても、やはりこの作品は、映画史の中での「至宝」と言える存在だと思われますか?
仮定の話しになってしまってしまいますが、もしお時間がありましたら、「技術」的な面、「映画史」などの面、そして私がまだ気づいていない面も含めて、お教えいただければ幸いです。
お礼のつもりで書き始めたのですが、いつの間にか図々しいお願いの文になってしまいました。申し訳けありません。 -
黒澤明とは…
2008/06/08 by
夢寝由来世界的見地からも優れた監督であり脚本家で天才に近い努力型秀才だが決して神様でも創造主でもないと思います。
黒澤さんにもアキレス腱があったでしょう!?
色彩映画を克服出来なかった。
女優の扱いというか女の描き方が下手だった。
撮影スケジュールを守れなかった等々
(全て私の独断偏見です。異論は多いでしょう)
別スレと重複しますが30本全部が名画とも思えません。
参考になるかどうか紹介しますが
ハワード・ホークスが自作の西部劇「リオ・ブラボー」(1959)と「エル・ドラド」(1966)は酷似していると記者に言われた際に“作家は誰だって自分から盗んでいる(自分の得意な事ばかり描く)”と返しました。
本作のラスト菊千代の壮絶な討ち死には「酔いどれ天使」の松永の哀れな死に方のアンチテーゼだと思います。
ヤクザの松永は私怨によって兄貴分の岡田と刺し違えた後、外で輝く陽光を浴びて仰向けに死ぬが、菊千代は正義感から殺された仲間たちの仇討ちで野武士の頭目を刺し違えて豪雨の中うつ伏せに死にます。
>この作品の逸話の元ネタを…夢寝由来さんがこれらのことを前もって知っていたとしても、やはりこの作品は、映画史の中での「至宝」と言える存在だと思われますか?
ハイ!思います!!
実は1975年リバイバル直前に友人たちが同じ内容を語っていましたが、いざ見ているとそんな事は忘れてしまいました。
>自分は自分のペースで、って感じで映画に接していこうかなとも思います
黄金のキツネさん
これが一番良い鑑賞法だと思います。
私は小津や成瀬や市川や木下といった“誰が見ても名作”にはついて行けません。 -
Re: 勘兵衛さんの子孫がいました
2008/06/08 by
黄金のキツネ夢寝由来さん、日曜日にもかかわらず貴重な時間を割いていただき、たいへん感謝しております。
>>映画史の中での「至宝」と言える存在だと思われますか?
>ハイ!思います!!
>実は1975年リバイバル直前に友人たちが同じ内容を語っていましたが、いざ見ているとそんな事は忘れてしまいました。
>>自分は自分のペースで、って感じで映画に接していこうかなとも思います
>黄金のキツネさん
>これが一番良い鑑賞法だと思います。
迷いのない温かいお力添えをいただきました。
今後の映画鑑賞の指針にするつもりです。
本当にありがとうございました。 -
創造は記憶である
2008/06/09 by
牧坂満黒澤明監督は、読書する時、感動した言葉や場面を大学ノートに記入する習慣をつけていたそうです。「黄金のキツネさん」が述べられている“本朝武芸小伝”もそうですが、これだけに限らず、ドストエフスキーやトルストイ、シェークスピア、ファージェフもメモの対象になっていたようです。“本朝武芸小伝”は享保元年出版の天道流の達人、日夏繁高の著した剣豪伝であり、上泉伊勢守の出来事をそのまま借用しています。また“本朝武芸小伝”の見越しの術は塚原朴伝のエピソードにあって、五郎兵衛が勝四郎の仕掛けを見破って、事前に察知して「御冗談を」と言わせるのです。しかし、司馬遼太郎も新作を書き始めるときには、神田古本屋街から2tトラック3台分の古文書や資料を購入していったそうです。「創造は記憶である」と黒澤明監督は語っています。司馬遼太郎の歴史小説や黒澤明の映画も、そういったエッセンスを元に壮大なドラマを創造したといっていいのではないでしょうか。
新渡戸稲造は「武士道」の根幹に智・仁・勇を据えています。智は教養であり、仁は愛、寛容、同情、憐憫などヒューマニズムの高貴な精神です。勇は剛毅、敢然、自若、勇気、克己等の徳目を教えています。新渡戸稲造はこれに、仏教から平静心と生への無頓着を、神道から忠誠心を受け継ぎ、日本固有の精神が育った。と語っていますが、黒澤明はこれらを全て兼ね揃えた人格者を勘兵衛に構築したのだと思います。また勝四郎が久蔵へ讃辞の言葉を語りますが、これはトルストイの「戦争と平和」の中にあるナターシャの弟ペーチャが戦場で先輩のドーロホフの恐れを知らない勇猛果敢な態度を見て叫ぶ。「貴方は本当に英雄ですね、ああ、なんていいだろう!なんて素晴らしいんだろう!僕はどんなに貴方を愛するだろう」中村白葉・訳(※河出書房のロシア語翻訳本のために少し可笑しい日本文ですが、そのまま記載)青年特有の憧憬心を見事に引用していると思うシーンです。
実は、最初にレビュー投稿した「七人の侍」はキネマ旬報第三位に対して批評しただけだったので、NHK衛星第二放送の9月放送に合わせて、推敲を企画しているところなのです。よって、毎週、日曜日は「七人の侍」を鑑賞し直して、気になるセリフや印象深いシーンを書き留めています。8日現在で、かなりのボリュームになっています。NHK衛星第二放送「黒澤明没後10年・記念放送」でまたお会いしましょう。 -
Re: 勘兵衛さんの子孫がいました
2008/06/09 by
黄金のキツネありがとう! 牧坂満さん。(勝手にMMさんと読んでいて失礼しました。)
実を言うと、道統を息子に譲るときの逸話だったのは思い出していたんですが、それが塚原卜伝か、千葉周作のどっちだったかを忘れていたのです。おかげでスッキリしました。
司馬遼太郎さんの神田神保町のトラックのエピソードは有名ですよね。七人の侍とは話題がずれまずが、昨日知人と坂の上の雲の話をしていたら、NHKが映像化することを初めて聞きました。秋山兄弟と正岡子規ですねぁ。たいへん楽しみですけど、乃木大将や伊地知さんが原作のままの描かれ方だとちょっとがっかりしてしまいそうです。
また黒澤特集の件ありがとうございます。用心棒、隠し砦の三悪人、椿三十郎、羅生門、蜘蛛巣城は面白かったのですが、その後に影武者と乱を観て、「う〜ん、いまいち」と思い、すっかり遠ざかっていました。これを機会に研鑽を積みたいと思います(←お言葉、お借りしました。) -
宮本武蔵?
2008/06/09 by
夢寝由来黄金のキツネさん
本作のプロットは『宮本武蔵』の挿話≪武蔵が野武士から村を守る≫の影響というかそれを大きく膨らましたのではないか?と思いました。
人物キャラについても菊千代は関が原の合戦後落武者になった武蔵(たけぞう)、久蔵は武者修行中の武蔵、そして勘兵衛は巌流島の決闘後晩年の武蔵を連想します。
しかも同年以降、三船敏郎は稲垣浩監督の「宮本武蔵」三部作にも主演しているのでよけいにそう思ってしまいます。 -
Re: 勘兵衛さんの子孫がいました
2008/06/09 by
黄金のキツネ夢寝由来さん、今晩は。
いつもありがとうございます。
子どもの相手をしたり、長湯をしたりで気づくのが遅れました。
実は本日、牧坂満さんのレスを読み、「そうだ、そうだ、卜伝さんだぁ」と思って、キーワード、「七人の侍」と「塚原卜伝」で検索かけたら、Wikiの「七人の侍」が最初にヒットしました。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E4%BA%BA%E3%81%AE%E4%BE%8D
これを読むと、黒澤さんや橋本さんが何を考えてこの映画を作ることになったのかがよく分かり、参考になると思います。私も千葉周作と卜伝との間で悩まなくても良かったのに、と思いました。
やっぱり、これだけの映画ですと、Wikiにばっちりと載ってるんですねえ。キャストを見て多くの俳優達が名も無き人で出演していたんだなあと感心しました。 -
一宿一飯の恩恵
2008/06/12 by
牧坂満「夢寝由来さん」こんにちは。「黄金のキツネさん」横断レス失礼致します。本作のプロットは『宮本武蔵』の挿話、武蔵が野武士から村を守るの影響というかそれを大きく膨らましたのではないかは間違っていないと思います。NHK大河ドラマの『武蔵』では『七人の侍』をパクッタと非難轟々だったのを覚えています。但し、この時代では剣の修行者たちが全国を歩きながら道場で教えを請い一宿一飯の恩恵に預かっていたようです。それは、神社仏閣でもあったようですが、道場も神社仏閣もない場所では、農家に食事を提供して貰ったお礼に寝ずの番をしていたそうです。脚本はこれを膨らませていったものではないでしょうか。
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七人の侍よ永遠に…
2008/06/12 by
メイプルタウン黄金のキツネさん、今晩はぁ〜です。実は未だ霞ヶ関の職場にて残業中の身なのですが、このコーナーが気になって気になって、レスしてしまいました。私も映画生活を知ってから数ヶ月が経過しましたが、罵詈雑言や誹謗中傷が横行する内容に嫌気がさしていたのですが、黄金のキツネさんがスレ主になった「七人の侍・トリビア」は大感激です〜よぉ。
なによりも、映画への憧憬と畏怖をモットーとする私にとっては、映画に真摯な態度で臨んでいる皆様(人生の先輩)が真面目に「七人の侍」を論じていることに感動するのです。出来ましたら、私が(勝手に)お気に入り登録させていただきました皆々様も、日本映画が世界に誇る名画に関して自論を投稿していただければ、もっと、もっと、素敵な「七人の侍」掲示板が出来上がると思います。
あ!私の意見を忘れていました。「七人の侍」は男性映画ではありますが、出演者の名前がスクリーンで出る順番を皆様覚えていらっしゃいますか。三船敏郎・志村喬の次に津島恵子・島崎雪子と書かれてあったのをしっかりと確認しましたぁ。黒澤監督さすが〜ぁ。 -
Re: 勘兵衛さんの子孫がいました
2008/06/12 by
黄金のキツネやあ皆さん今晩は。
実は私は夢寝由来さんの仰られた
> 『宮本武蔵』の挿話≪武蔵が野武士から村を守る≫
というエピソードを実は知らなかったのですが、巷間伝えられていたエピソードから黒澤さん達がインスパイアされたことはあり得るでしょうし、彼が若かった頃の悪童ぶりや風体(←どこまでが真実かは分かりませんが)を、菊地代に投影させた可能性は大アリだろうと思います。
ただ宮本武蔵は絵、書、書物などの現存するものは別として、その生涯には虚実が多くてなぁ、という印象を抱いています。吉岡一門との話や、巌流小次郎との決闘も諸説ありすぎって感じです。
話はちょっと変わりますが、武士ってのはもともと自衛のために武装した農民ですよね。ですからこの作品を観た当初は、戦国時代の農民はこんなヘタレではないはずだ、と思いました。なにしろ戦争の時は足軽になったり、落ち武者狩りをアルバイトしたりしていたんですから。そんなことも考えたので、剣豪のエピソードの件以外に、この映画の設定そのものにも疑問を抱いたわけです。それでも一応ネットで調べてみたんです。そしたら史実として武士を雇った農民達がいたという記載を見つけ、早とちりはするモノではないなと思った記憶があります。ですがもう4年以上前のことなので、どこのサイトだったかは今夜探しても分かりませんでした。しかしそれとは別の情報をたった今見つけたので紹介いたします。
@「七人の侍」は智頭がモデル? 助監督務めた堀川さんに聞く
→ ttp://www.nnn.co.jp/tokusyu/kikaku/071129.html
A映画「七人の侍」は智頭がモデルだった!?
→ ttps://www.nnn.co.jp/news/070110/20070110001.html
「農民」、「武士」、「雇う」をキーワードにしました。どうも鳥取県での話が「らしい」ですね。それに最初の「剣豪達のエピソードをオムニバス形式で…」ってのが融合したんじゃないでしょうか。
メイプルタウンさん、ようこそ。
お疲れで様です。
罵詈雑言や誹謗中傷は、こういった掲示板ではしょうがないでしょうねぇ。とても残念ですが。
私もそういったスレッドが伸びているのを見るととても不快になります。ですがこのサイトでは、素晴らしい文章にであったり、また質疑応答ができるし、最近はパンズ・ラビリンスで自分が思っても観なかった見解を教えていただいたりできたので、私のような初心者には魅力があるのも事実です。それでここに居続けています。
あと、精○剤の宣伝やH系サイトへの誘導もホントに嫌気がさします。男の私ですらそうですので、女性の方々にとってはたまったものじゃないでしょうね。ホント、もうちょっと“精力的に”管理人さんに頑張ってもらうことを期待しましょう。 -
六人の侍?
2008/06/13 by
夢寝由来実は吉川英治の「宮本武蔵」(全8巻)を読み始めて今やっと3巻目ですが映画版は内田吐夢監督の東映5部作の方が東宝版3部作よりは忠実ですね。
さて本作は当初「六人の侍」で六つの挿話(オムニバス形式)だったのを農民に雇われた侍に変換し身分の違いを埋めるジョーカーとして菊千代を創作したというのは皆さん御存知の通りです。
三船敏郎は「六人の侍」の時点で久蔵だったという逸話を知って、たぶん主要キャラの三人は武蔵を細胞分裂させたのではないか?と私なりに解釈したのです。
菊千代の刀はまるで佐々木小次郎の“物干し”と呼ばれる太刀を連想させ、木村功の演じる勝四郎の髪型や衣裳もどこか小次郎を連想させます。 -
吉川英治の「宮本武蔵」(六興出版)読了
2008/06/19 by
メイプルタウン皆様、今晩は〜。メイプルタウンです。誹謗中傷合戦の映画生活にストレスが溜まってしまったので、黄金のキツネさんのトリビアに砂漠のオアシスを感じて緊急避難です。
夢寝由来さんの吉川英治の「宮本武蔵」私も若かりし頃に父親から薦められて(強制されて)読みました。青春時代のあらゆる分岐点では難路の方を選択した武蔵が、お婆の妨害(映画生活での誹謗中傷行為と同じ)にも関わらず、ひたすら、お婆を庇いながら、自分の王道を行く姿勢に、『七人の侍』の掲示板に参加されている皆様の良心を感じました。でもぉ!主要キャラの三人は武蔵を細胞分裂させたのではないか?と私なりに解釈したのです。
菊千代の刀はまるで佐々木小次郎の“物干し”と呼ばれる太刀を連想させ、木村功の演じる勝四郎の髪型や衣裳もどこか小次郎を連想させます。と書かれた夢寝由来さんの洞察力には驚く!ばかりです。成程!成程!流石!だと思ったしだいデス。でも皆様!津島恵子・島崎雪子のお二人のことを話題にもなさらないのですね。同性の私から見ても!キレイ!でした。男性の目はフシアナなのでしょうか(笑) -
女優さんについて
2008/06/19 by
夢寝由来>津島恵子・島崎雪子のお二人のことを話題にもなさらないのですね
メイプルタウンさん、
黒澤映画を語るときに男性側からはやはり女優さんについて語る事を敬遠する傾向があるのは否定できません。悪しからず。
でも津島恵子と木村功の二人は他の映画でも何度か相手役を演じておりこの配役による呼吸はピッタリだと思います。
島崎雪子に関しては他の映画での活躍を知らないのですが本作のセリフなしで土屋嘉男を向こうにした能の如き動作は決まっていました。
尚、土屋著の「くろさわさーん」では黒澤監督は土屋を利吉か勝四郎にするか配役を決めかねていて二種類のカツラでスクリーン・テストを用意していたそうです。 -
Re: 勘兵衛さんの子孫がいました
2008/06/20 by
黄金のキツネ今晩は、皆さん。
単なるトリビアのつもりだったのですが、お楽しみいただいているようで嬉しいです。
私は中学時代までは父親から長すぎて重すぎる木刀を持たされ剣道を習されていたうえ、メイプルタウンさんと同様に吉川英治の『宮本武蔵』を読め、読め、としつこく言われておりました。で、仕方なく読み始めたのですが、いやぁ長くて長くて途中で挫折しました。夢寝由来さん、頑張って私の敵をとってください。
まぁ宮本武蔵は挫折しましたが、そのおかげで塚原卜伝や柳生石舟斎とか尾張柳生の兵庫介利厳、連也斎厳包などの剣豪たちを知ることができ、ついでに歴史小説が好きになりました。でも結局一番はまったのは吉川英治の『三国志』(←これも長かった)でしたけど。
風林火山さん、いろいろとどうもです。プロフを読むまでは9割方信玄公か山本勘助さん由来のHNだろうなぁと思いましたが、残り1割は北畠顕家さん絡みかもなぁ、なんて思っていました。山梨県の方は羨ましいです。郷土にすごい英雄がいますもんね。その英雄にちなむというのは、まさに粋です。今後ともよろしくお願いいたします。(別スレの件ですが、西部劇ではクリント・イーストウッドの『許されざる者』も思い返せば観てました。)
話は変わりますが、メイプルタウンさんの字幕での女優さんの件、夢寝由来さんや牧坂さんの汲めども尽きせぬ深い泉のような知識には、本当に感心いたします。『二百三高地』を観て、上泉中佐の名字が気になって調べたら、「うわぁ、信綱の子孫じゃないか」と、ちょっと感激して気軽に立てたスレですが、今後は私のほうにいろいろと教えていただければ嬉しく思います。
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