ベニスに死す (1971)
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暗転
2006/11/05
by
ika
作品の、折れるところ、蝶番は、どこだろうか。
それは……タジオが、海岸で、ヤシュとふざけてどろんこになり……母、マンガーノに顔を拭いてもらっているシーン…… (ラストシーンからの、遠いこだま)
そして、アシェンバッハとタジオの視線が合う。
そこから一転、まだ暗いリドの朝……
窓を開いて海を眺めるグスタフ・フォン・アシェンバッハ。
ここだと思います。
このシーンには、全編に流れる「アダージェット」とは別の、マーラーの曲が使われている。
マーラーの交響曲第3番第4楽章、その中で、アルトがニーチェの『ツァラトゥストラかく語りき』の一節を歌うところ……
なぜ、ここに、この曲が、あるのか?
(この曲は、ここにしか登場しない)
それは……ツァラトゥストラの力で、作品全体を折り曲げるため……
Oh Mensch! Gieb Acht!
Was spricht die tiefe Mitternacht?
``Ich schlief, ich schlief -,
``Aus tiefem Traum bin ich erwacht: -
``Die Welt ist tief,
``Und tiefer als der Tag gedacht.
人よ、耳をそばだてて……
深い真夜中の語る声をききなさい
私は……眠りに落ちていた……
深い夢から……今、めざめた……
世界は、深い
世界は……昼が考えるより、なお、深い……
この語りが蝶番となって、作品は、アポロン的昼の世界から、デユオニソス的夜の世界へと、折り曲げられていく……
最初の何回かは、真昼の海岸のシーンが夜明けのシーンに変わるところ、ここが、強く意識された。
しかし、何度も何度も見るうちに、実は、それよりさらに深い「仕掛け」があることに気付きました。
たしかに……明るい昼が、まだ暗い夜明けに変わるシーンは印象的……
しかし、この曲の開始部分は、真昼の、海岸の光景の中にあるのです。
タジオが、母マンガーノに顔の泥を拭いてもらっている……
母がピエタのマリアの表情を浮かべて彼の顔の泥をぬぐう。
タジオの背後にまわる視線……
そこに、ひそかにひそかに……コントラバスの低音弦が、しのびよってくる。
「昼の世界」の中に侵入してくる「深い夜」の触手……
tiefer als der Tag gedacht……
昼が考えるより、深く、深く……
ここから先、運命は、急速に崩壊に向かいます。
「昔、父の家には、こんな砂時計があった……。」
この砂時計の砂が……残りわずかとなり、小さな渦をつくって急速に吸いこまれていくところ……
ここから、それがはじまります。
タジオの、「至高の高みにいざなうもの」の姿……
しかし、それは「仮面」かもしれない……
「底のない深みに引いていくもの」の仮面なのか……
そういう、昼が見せていなかったタジオの姿。
夜のホテルのテラス。
夏の宵の冷たい黒の中で……
対峙するアシェンバッハとタジオ。
タジオの眼が、青く帯電する……
独身者と花嫁の、電気的接触の瞬間。
Oh Mensch! Gieb Acht!
Was spricht die tiefe Mitternacht?
人よ、注意して……
深い夜、その真夜中の語る声に……
そして……
運命は、アシェンバッハ一人の「崩壊」にとどまらない。
1911年
ヨーロッパ的世界に
不気味な、不安な足音が近づいてくる……
世界全体が、大きく折り曲げられていく……
古代地中海世界から受け継がれてきたなじみ深い「直感の形式」が、崩れていく……
そして……世界は、大きな二つの山を、越えてしまう。
今、私たちは、古い「直感の形式」の亡霊にとりつかれるふりをしつつ
なにもない、「大いなる正午」の中で、途方に暮れる……
「至高の高みにいざなうもの」も「深い淵へひいていくもの」もすでにいない、真昼の世界の中で……
ひそかに漂ってくる(かもしれない)低音弦の触手……
それを、待っているもののように
今の世界は、在るのかな……と思います。
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