ジョゼと虎と魚たち (2003)
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曖昧な部分
2007/11/25
by
tukiko
結末を迎えての感想は、主人公を監督自身がどう描きたかったかが曖昧な作品だなと思いました。
「最後はあっさりとしたものだった。僕が逃げたんだ。」というセリフを残しながらも、恒夫がジョゼと結ばれてから(旅行の後)すごした数ヶ月間に起こりえた汚い衝突を描かなかったこと…が、恒夫のセリフを言葉としてだけで美化していることに矛盾が生まれています。
私はその汚い部分をしっかり描くところこそ見たかった。その部分がないということは、恒夫が仮に自分を恥かしいと(またはジョゼを重荷と)感じるような経験を映されない部分でしていたとしていても、結局私たちはそれを目撃したことにはならず、映画の上でその言葉は深みのない言葉にしかなりえません。
ゆえに結末を迎えても、恒夫を汚い男と描くのか、難しいことに挑戦したこと・それをあきらめたことを認めたという自己反省に美点を求めたのかは、定かではありません。
意図として、恒夫を肯定も否定もしないというなら、私たちの議論はただの推測・願望でしかなくなってしまうと思いました。
映画の中での恒夫自身に自覚があるかないかは別として、それをどの方向から切り取るかを監督ははっきりさせるべきであったと思います。
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Re: 曖昧な部分
2007/11/28 by
ekoekoたぶん
物語の狙いが違うんじゃないかなぁ。
じつはこの映画
結末はわざとあいまいにしているんだと思います。
冒頭の場面が結末をあらかじめ否定してるんですよ。
私も
リュウさんの投稿を読んで初めて知ったんですが。
女には障害があって
男はかなりいいかげんで
という高い壁をつくっておいて
さて二人は恋はこの壁を乗り越えられるでしょうか
というの問題提起がこの物語の中心テーマ。
あくまでも問題提起ですので
映画自体が特定の結末を語る必要はなかったわけです。 -
Re: 曖昧な部分
2007/11/28 by
ファントマー懐かしい映画ですね。
でも自身の心にしっかり残った作品でもありました。
ekoekoさんご指摘の議論(冒頭のつぶやきの解釈)も後日談としてとても興味深かったです。
>結局私たちはそれを目撃したことにはならず、映画の上でその言葉は深みのない言葉にしかなりえません。
DVD広告のカットにも使われている、ジョゼをおぶってトイレに向かうシーン。ここで主人公がジョゼの重さ(体重ではないです)を感じる描写が確かにあったと感じています。
そしてここから故郷へ向かう旅はUターンしました。切ないシーンでした。 -
Re: 曖昧な部分
2007/11/29 by
あそちゃんです。旅行の後の数か月を
わざわざ挿入する必要はないでしょう。
そこはみている人それぞれの想像におまかせ。
そして結果がある。
結果として、より自立したジョゼの
美しい姿が最後に描かれる。
よい結末だと思います。
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