世界の中心で、愛をさけぶ (2004) »掲示板

感想&質問

2004/07/29 by higan

世界の中心で、愛をさけぶ

原作は読んでいましたが(「指先の花」は読んでいません)、映画は今日初めて観てきました。もうこの時期になると、1日に1度しか上映していないんですよね。

みなさんの感想を読んでみると賛否両論いろいろ有る様ですが(当然ですね)、僕としてはしっかり楽しめました。
もちろん、あの亜紀が空港で倒れるシーンでサクが「助けてください」にも片目だけ少し涙がでました。
あのシーンは原作では周りの人に向かって「助けてください」と言うんだけど、映画では、ただ「助けてください」と言うんだね。僕はきっと神様に頼んでいるんだと思いました。

僕があえて冒頭で「楽しめた」と書いたのは涙を流したからではなく、サクと亜紀が田舎道を「わぁーーっ」と叫びながら原チャリで走っているシーンで、「楽しそうで、いいなぁ」と思ったり、BGMの「SOMEDAY」や80年代の雰囲気で我が青春時代を懐かしく思い出したりした為です。
ノスタルジーや御伽噺もたまには良いではないでしょうか。

ところで、分からないところが2つあります。
どなたか、教えてください。

<その1>
大人のサクが律子が高松(だったっけ?)に居ると知った時、店を飛び出して行ったのに、何故、高松では律子を探さなかったのでしょうか?

<その2>
亜紀が行きたいと言っていたのはウルル(エアーズロック)で、病室のベッドの横にも写真を飾っていたのに、どうしてサクはウルルじゃない所で、亜紀の骨を撒いちゃったのでしょうか?

アラ探しをしている訳ではなく、ストーリとして何か重要な点に僕が気づいていないのかと思いまして、それでお願いしている次第です。

 

  • Re: 感想&質問

    2004/07/29 by 未登録ユーザ成層圏

    > <その1>
    > 大人のサクが律子が高松(だったっけ?)に居ると知った時、店を飛び出して行ったのに、何故、高松では律子を探さなかったのでしょうか?
    >
    それぐらいの関係でしかなかったのです。テキトーにつき合ってテキトーに婚約に至った。今はケータイという便利な機器がありますから、その気になればいつでもすぐに連絡が取れます。朔太郎はそんな便利さ気楽さのおかげで空港に降り立ったトタン、過去の亡霊(亜紀)に取り付かれてしまったのです。こっちが先だと思ったのでしょう。ダメ男です。

    > <その2>
    > 亜紀が行きたいと言っていたのはウルル(エアーズロック)で、病室のベッドの横にも写真を飾っていたのに、どうしてサクはウルルじゃない所で、亜紀の骨を撒いちゃったのでしょうか?
    >
    ウルルへ行くと何が起きるか不安に駆られたのかも知れません。投身自殺したかもしれない。行ってはならない場所だと感じたのか。ここでいいやと思ったのか。まあ、耳元で亜紀の声がしたのでしょう、「ここで撒いてね」と。

    本当は、
    撮影の都合でしょう。ウルルの上まで機材を運び上げるのは困難。それに、アボリジニの聖地で異教徒がそんなことをしても良いのかという問題があります。

  • ウルル

    2004/07/30 by mt

    原作小説と「指先の花」には、ウルルについて説明になりそうなことが書かれています。

    ただ、原作は映画とはかなり異なっており、ノベライズも映画とは違うところがあるので、これらを映画と単純にリンクさせるのは適当でないかもしれません。参考程度にしていただけるでしょうか。

    ●ウルル

    原作小説では、亜紀が亡くなった少しあとに、亜紀の両親と朔太郎がオーストラリアに遺灰をまきに行ったことが描かれています。このとき、彼らは『アボリジニの聖地』に入り、「数本の木の生えた高台」で遺灰をまきました。(原作185,191ページ)

    エアーズロックに登る話はその少し前に出てきますが、書き方があいまいで、はっきりしないところがあります。(原作60,61ページ)とはいえ、エアーズロックの岩山で遺灰をまいたとは書かれていません。

    「指先の花」では、朔太郎が「ウルル」について『オーストラリア大陸の中央を占める砂漠地帯......(アボリジニの)聖地』と説明してます。(ノベライズ131ページ)また、砂漠で車に乗せてもらった時、一人の男が「Anyway, you are already in the holy land.」と述べ、それを朔太郎は「もう俺たち、ウルルの大地にいるって」と言い換えて律子に伝えています。(ノベライズ170ページ)

    映画は一度しか見ていないのではっきり覚えていないのですが、亜紀はエアーズロックの『岩山』というより『アボリジニの聖地に』行きたいと言っていたのではないでしょうか。

    ウルルは厳密にはエアーズロックの岩山を指すようですが、この場合はもう少し広い意味で象徴的に用いられているのではないかと思いました。

    一方、原作でもノベライズでも、“アボリジニは遺体を二度埋葬し、大地に帰らせる”という話がなされますが、これは映画でも語られています。

    「世界の中心で、愛をさけぶ」というのは編集者が付けたタイトルで、もともとは「恋するソクラテス」という題名だったそうですが、実際、原作小説はかなり哲学的な内容で、生と死についての論議も多いです。

  • Re: 超個人的解釈

    2004/07/30 by 4410

    超個人的稚拙な解釈ですのでどうぞお聞き流しください。
    <その1>
    「大人のサクはもうじき結婚を控えている、にもかかわらずなにか引っかかりを感じている。ゆえに、大人のサクの気持ちは冒頭の曇天のような、また会社で夜を明かしたその朝のような、よどんだ、くすんだ気持ちの中で生活している。一方律子にもそれは伝わっている。なににサクはひっかかっているのだろうか、それは律子にはわからない。ひょんなことから律子はふるさとのことを思い出す。サクもすごしたふるさと。このままの気持ちで結婚することはできない。サクがひっかかっている何かを律子なりに消化しなければ。ということで、律子は高松へ旅立つ。高松にいることを知ったサクはその映像を見て思い出す。サクの心にひっかかっているものが何なのか。この心を曇らせているものが何なのか。そう、アキの存在だ。年月が過ぎ、アキの存在は過去のものになりかけている。しかし、過去にはなっていない。このままでは過去になりえない。過去にしてはいけない、と心のどこかで引っかかっている。今、サクは律子との結婚を間近に控えている。いけない。このままの気持ちで結婚なんかしては。律子は自分の心が曇っていることをきっとわかっている。理由はわからないだろう。けどその理由を求めている。そうだ、もう一度整理しよう。アキとの記憶を、思い出を。そしてもう一度律子の存在は自分にとって何なのか、しっかり見つめなおそう。」ということで、サクは高松へ旅立ちます。ゆえに、すぐに律子にあうことはできないのです。サクの中のアキをしっかり整理しない限り。−以上、超個人的解釈その1でした。
    <その2>
    サクと律子がオーストラリアに旅立つことを決めたとき、サクと律子の中でアキの存在がひとつの固まった形になります。アキはサクの中から離れることのできない大切な「思い出」となり、律子は大切な思い出を持ったサクを、自分のもっとも大切な人とできたのです。それまで曇っていた二人の心は真っ青に澄み渡ります。それは、サクとアキが送った青春の日々のように。映画的にはそれまで、過去のよい思い出=晴天、過去の悪い思い出=土砂降り、現在=曇天という天候が、現在にもかかわらず真っ青に澄み渡ります。これは、これからサクと律子の間にも明るい未来が訪れるであろうことを予見しています。サクと律子はオーストラリアに飛び立つ時点でウルルを目指していたのだと思います。世界の中心を求めて。しかし、車がエンコしてしまいウルルにたどり着けません。ウルルへ至る方法はいくつもあったでしょう。ヒッチハイクでも、車が直るまで幾晩でも待ち続けるでも。しかし、それをしなかった。なぜなら、今のサクにとって律子と共にいるこの場所こそが世界の中心だから。大切なことは「今」のサクが、世界の中心で「思い出」のアキの形見(骨)を「思い出」にするために手放すこと。アキの骨をまく前にアキのテープは語ります。「あなたの今をいきてください」律子と共にいること、それがサクにとって今を生きることなのだ。そう気がついたサクはウルルではない名もなきオーストラリアの大地で「思い出」を手放します。しかし、その地はサクと律子にとってまさにウルル、聖地なのです。そんな今のサクを祝福するかのようにアキの骨はさっと見えなくなります。この骨の消え方が個人的にはとても好きです。CGでしょうか。
    以上 超個人的見解 その2でした。
    長々とすみません。長々ついでにもうひとつ超個人的見解。もうこの映画について議論を吹っかけられることもないと思うので。この映画を否定的に捕らえる方々の意見を拝見いたしますと、「原作に忠実じゃない」というものが多くみうけられます。個人的には原作はいささか作者の命に対する考え方が如実に書かれているために、そのことに対する読者の思考の余地が少なかったように感じられます。個人的超勝手な解釈ですが、行定監督は映画化にあたりこの命に対する考え方をもっとルーズに、見る側にいろいろな解釈ができるように律子の存在を持ち出したのではないでしょうか。律子はサクの青春期の断面を見ながら、サクの心の曇りを解き明かす存在です。断面しか見ていないわけですからそこにさまざまな解釈が生まれます。律子不要論が飛び交ったこの板ですが、個人的には律子絶対必要論を推します。
    生意気なことを長々と書きましたが、毎度のことながらお歴々のかたがたにご意見をいただいても、反論するような知識も経験も全く持ち合わせておりませんので、あらかじめご了承ください。繰り返しますが、この文章は超個人的解釈&マスターベーションです。

返信を投稿

名前 ※ニックネーム可
メール ※表示されません
見だし
内容
※個人・作品に対する誹謗中傷はご遠慮下さい。
※レビューはレビュー投稿フォーム
ネタバレ? ネタバレ無し ネタバレあり
オプション この作品のお知らせメールを受け取る(返信をお届けします)
 

掲載情報の著作権は提供元企業などに帰属します。
Copyright©2008 USEN GROUP All Rights Reserved.

ユーザログイン

Mail
Pass


この映画のファン

  • アバランチx
  • reiko
  • しぃ
  • はじめ。

 

ユーザ登録をするとこの映画のファンに加わることができます

関連動画クリップ

動画未投稿です

動画を投稿する

関連DVD

世界の中心で、愛をさけぶ スペシャル・エディション

  • 定価:6300円(税込)
  • 価格:1980円(税込)
  • OFF:4320円(68%)

世界の中心で、愛をさけぶ スタンダード・エディション

  • 定価:3990円(税込)
  • 価格:1995円(税込)
  • OFF:1995円(50%)

世界の中心で、愛をさけぶ 完全予約限定生産DVD-BOX

  • 定価:10500円(税込)
  • 価格:1980円(税込)
  • OFF:8520円(81%)

携帯で見る

qrcode

満足度データ

100点
51人(12%) 
90点
48人(11%) 
80点
48人(11%) 
70点
64人(15%) 
60点
70人(16%) 
50点
49人(11%) 
40点
24人(5%) 
30点
16人(3%) 
20点
17人(4%) 
10点
16人(3%) 
0点
17人(4%) 
採点者数
420人
満足度平均
63
ファン
4人
観たい人
58人

 

満足度ランキング

満足度 投稿数 観たい ファン 全作品