ミュンヘン (2005) »レビュー

意味深い疲労感

90点 2006/03/20 by 未登録ユーザ ヘビメタさん

ミュンヘン

0.生理的反応
もう、思いっきり疲れました。映画を観てこんなに疲れたのは、20年も前に父と見に行った「グレムリン」以来だな(笑)どうしてあの映画でそんなに疲弊したのか、今となってはわからないんだけど、家に帰っても好物のから揚げさえ口にすることが出来なかったのを覚えています。で、本作ではエンドロールが流れている最中に、このまま眠り込んでしまいたいような疲れを全身に感じて、映画館を出た後も食事をする気になれなかった。まるで、自分自身が何人も人を殺して、そうしたことにうんざりしたような気分に。それだけ映画に没頭していたんでしょうね。

1.ストーリー
(「作品情報」にもある通り)ミュンヘンオリンピックでテロリストに殺害された11人のイスラエル選手。これに対し、国家的報復を決断したイスラエル政府は、その任務を諜報機関「モサド」のメンバーに託す。その、暗殺任務を負ったモサドのメンバーを描いた作品です。
前半は展開も早く、はらはらドキドキの連続で、ここら辺はいわゆるエンターテインメントとしての暗殺者映画に類似した面白みがあります。特にBased on a true storyだけにリアリティーもあるし、その見せ方も巧いので、不謹慎ながら非常に面白かった。
ところが、後半になってくるとその任務に疲弊してくる登場人物同様、こちらも非常にしんどくなってきます。その「しんどさ」というのはしかし、映画を離れて「はやく映画が終わらないかなあ」という種類のだるさではありません。あくまで映画の中の世界に自分も引き込まれてしまって、一体どうすればこのうんざりした状況から抜け出せるんだ、という登場人物の心理をそのまま疑似体験する「しんどさ」でした。こんなにも観客を引き込んでしまうのはすごい。例えは少々乱暴かもしれないけど、振り返って考えると、まるで催眠術にかけられたかのようでした。

2.音響
映画館の音響が良かったこともあるんでしょうが、銃声・爆破の音がとてもよかった。実際に銃を撃ったことのある人ならば特によく判ると思うんだけど、すごくリアルなんですよね。邦画のようにヘンなエフェクトがかかってなくて、例の薬莢の中の火薬が爆発した音、それからそれが壁に反射した反響音(残響音)が生々しい。
会話もしっかりと分離して聞こえるし、誰かが突然悲鳴を上げることもなく、叫び声が耳障りなこともなく、僕には完璧な音響処理のように感じられました。この音を体験するためにも、敢えて映画館に足を運ぶ価値があると思います。

3.映像
いわゆる絵的に「美しい」映像を意図的に配置したような印象は持ちませんでした。以前、別の映画に対する感想では「PVにできそう」というコメントをさせてもらいましたが、この映画はそういう種類の映像ではないように思います。もっと、「純粋に映画として」映像が綴られている。
しかし、70年代のヨーロッパの風景は完璧に再現されています。意識しないと30年後の21世紀に撮られた映画だということを忘れてしまうくらい。僕は20年ほど前にヨーロッパに住んでいたのですが、自然と当時のことを思い出させるくらい、細部まで自然に再現されていました。これも音響同様、相当な金と時間と才能をつぎ込んだんだろうなあと想像します。

4.演技・俳優
巧いと思いますよ。この点、あまり評価眼を持っていないので、ほとんど否定的なことを書いた記憶がありませんが、充分に観客を映画の中に引き込む自然な演技だったと思います。個人的にはLouisが好き。みんな、それぞれ設定出身国の訛りのある英語を話していて、そこら辺もリアリティーに貢献していたな。

5.メッセージ性
映画の内容については、ここの書き込みにもみられるように、それぞれ観客によって様々な感想を持つことでしょう。僕には単純にテロ反対のメッセージにも感じられなかったし、かといってイスラエルの武力闘争正当化のメッセージにも、反パレスチナ的なメッセージにも、いわんやスピルバーグの個人的な想いを描いた映画にも思えませんでした。映画を通していろんなことを考えさせられるけど、それを一言で「こういうことだよね」と単純化できるほどわかりやすい映画でも(いい意味で)ないように思えるのです。是非、この点は皆さんが自身で体験していただきたいなあと僭越ながら感じた次第です。

6.まとめ
映画館でフルフェアを払ってみる価値は充分にありました。3時間という時間は大変長く、見返すには相当のエネルギーを要します。なので、DVDが出ても、僕的にはもう一度鑑賞するだけの気力は暫くは湧かないんじゃないかと思っています。しかし、シリアスな映画がお好きな方であれば、是非映画館でご覧戴きたい。この疲労感は、「徒労感」では決してないことを最後に強調しておきます。

 

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  • 7.私見

    2006/03/21 by 未登録ユーザ ヘビメタさん

    (1)監督のメッセージ
    5.の「メッセージ性」のところで、全く私見を述べないのもなんだか無責任だなあと思いなおし、蛇足ながら僕の解釈を述べておきます。一連のincidentsに対するスピルバーグ監督の想いはどんなだったのか。僕が想像したのは、スピルバーグはこうした暴力の連鎖にうんざりって気持ちなんじゃないかと。やられたからやり返す、国際社会にその力を見せ付ける・・・そんな正当化理由とは裏腹に、事態は出口の見えない泥沼の報復劇へと発展し、その報復の連鎖は今も続いている。こうした現状にも、監督はほとほと嫌気がさしているんじゃないでしょうか。

    (2)結局、高くつく行為
    再報復として世界中のイスラエル大使館にmail bombが送りつけられ、作品中で主人公が呟く「ユダヤ人を殺した代償はパレスチナ人にとって高くついたけれど、パレスチナ人の殺害も決して安くはなかった…」という台詞が象徴的でした。人を殺すということは、理由のいかんを問わず、著しく高くつく。政治の手段として暴力は手っ取り早く合理的に見えるけれども、結局は経済的な手段ではないということを表しているのでしょう。

    (3)疲労感こそがメッセージ
    なんて疲れる映画なんだという印象でしたが、この尋常でない「疲労感」こそが、監督が暴力の連鎖に対して感じている感情なんじゃないでしょうか。

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