ホテル・ルワンダ (2004)
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「この映像を見た人は、
2007/06/08
by
としぞ。
怖いわね、と言うだけで、あとは夕食を続ける」
劇中登場する、普通の市民の斧を手にした虐殺シーンをスクープしたカメラマンのこのセリフはとてつもなく重い。
3年ほど前のことだが、夕方の地元の駅で四人の若者たちと一人の中年の会社員風の男との小競り合いの仲裁に入ったことがある。相手は四人だし、高い確率でやられちゃうだろうな、と思いながらも、しきりに「すみません」を繰り返す会社員風の男に対して「うるせーよ」「聞こえねえな」などと言っている若者にどうにも我慢ができなくなってしまった。
近くの駐車場に連れ込まれ、ボコボ・・・くらいに殴られた時、駅員の報せによって警官が駆けつけた。
あの時駅では、多くの人たちが小競り合いを見ていたけれど、その中には、家に帰ってから「怖かったよ」と言いながら夕食を食べていた人もいただろう。
多くの方がこのレビューで、主人公のポールにわが身を置き換えたり、当時のルワンダと日本を比較した意見を寄せているけれど、僕が三年前に経験したようなことは「平和な日本」でも日常的に起きている。「暴力」や「確執」の名の下では、「民族紛争」も「小競り合い」も等価なのだ。「ルワンダのようなことが身近で起きたら」・・・それは仮定の話や対岸の火事などではなく、人間の感情の行き違いによって生まれる暴力は、僕たちを容易に巻き込む距離でじっと息を潜めているのだ。
あれから今まで、幸いにして似たような場面に遭遇していないけれど、もしまた目撃したなら三年前と同じ行動が取れるだろうか?ポール・ルセサバギナのように「名も知らぬ隣人」の為に暴力と対峙できるだろうか?
勿論、気持ちはあるのだが、おそらくは難しいだろう。暴力に囲まれ、暴力に脅され、暴力に体を痛めつけられたことは想像以上に深く記憶に刻み込まれている。
「暴力」を止めるだけの勇気を振り絞れないのなら、「怖かったね」と言いながら夕食を食べることしかできないのなら、せめて僕は、暴力の側に立つ人間にはなるまいと思う。同じ人間を「ゴキブリ」呼ばわりしたDJのような、斧を手に隣人を襲うような、言葉であれ、拳や武器であれ、それを使って「名も知らぬ隣人」を傷付ける人間にはなりたくはない。
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