太陽 (2005)
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夢のような不思議な映画世界
2007/04/07
by
星空のマリオネット
こういう映画表現があったんですね。芝居と映像と雑音めいた音声の組み合わせ。夢のような常人離れした世界に驚きました!
ただ、これは史実にある程度忠実なものなのか、それとも監督の作り上げた虚構の部分が大きいのかが気になってしまったことも事実です。
史実とどの程度一致しているのか?
当時の天皇についていまだ伝えられていないことの方が多いと思いますし(時々天皇の発言を記録した手記が出てきますが・・・)、伝えられている史実があったとしても、それは作られたものであるかもしれません。また、マッカーサーとの実際の会談の表面的な内容と一致していなくとも、本作の昭和天皇とマッカーサーとのやりとりの方がより本質を伝えているかもしれません。
少なくともロシアの映画監督であるソクーロフは、分かりやすいアメリカ人を代表するマッカーサーより、昭和天皇にこそその人間の奥深さを見ているように感じました。
浮世離れした無邪気な一面を持つものの、日本人全体の運命を否応なく背負わされてきた苦悩のなかで築かれたものなのでしょうか、一筋縄ではいかない魅力と教養をもった天皇。また、目の前の人間に命運を握られているという極度の緊張状態にある「天皇」にこそ、神格化された人間の不思議を見ているような気がします。
もちろん実際の昭和天皇の心象風景が、どのようなものであったかはわかりません。
侍従たちとのやりとり、軍人とのやりとり、マッカーサーとのやりとり、米国カメラマンとのやりとり、科学者とのやりとり、皇后とのやりとり、そのいずれのやりとりからも存在感がないようでいながら実は存在感のある天皇のユーモラスな暖かい人間性と苦悩とが浮かび上がってきます。監督の演出とイッセー尾形の迫真の演技がシンクロした幸福な記録だと思います。(個人的には天皇に特別な関心は持ってはいませんが、天皇がこのように魅力的で品位ある人であったとしたら嬉しいなと思います。)
天皇の夢の中に出てくる、空爆を受け不気味に紅蓮の炎を上げる東京の街、一面焼け野原となったモノクロームの東京の街は、いずれも悪魔の仕業を神(天上)の視線から眺めているように見えます。一方、米軍車に同乗した天皇が見たものは普通の人間の視線に戻っています。
本作には天皇の人間宣言はテーマとして登場するのに、通常であれば当然登場する降伏の玉音放送の場面が一切ありません。いつの間にか敗戦直前から敗戦直後に夢のように場面が移っていますが、これは、敗戦という人間世界の出来事ではなく、神であらねばならなかった人間を描くことに焦点が絞られているからだと思います。因みにキリスト(聖書)のエピソードを参考にしている場面もいくつかあるそうです。
作者は、神から人間になった昭和天皇の姿を描くとき、人間から神になったキリストを意識している面があるのかもしれません。
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