バベル (2006)
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大変な傑作
2007/12/25
by
pinkopaque
映画は、静かなオープニングから間もなくモロッコの荒涼たる砂漠にライフルの乾いた爆音が響く。その音は戦争映画の機関銃の音などとは質が違う。
一発の銃声が世界を変えてしまうことを示唆しているかのように、胸に響く音に感じられた。そしてその何発目かの銃声が物語を動かしていく。
われわれ鑑賞者である神の視点によって、その銃弾がブラッド・ピットの妻役であるケイト・ブランシェットを撃ち抜き、そのライフルが日本の役所広司から渡ったものと知り、ブラッド・ピット夫妻の悲劇が彼らの子供たちに別の事件を生むきっかけになることを結果的に知ることになる。
しかし、一見関連性のない物事の因果関係をわれわれが知る場合、入ってくる情報には常にタイムラグがあるということを日常的に知っている。
われわれは常に物事の結論から先に知るからだ。事件は突然に起こる。その原因が判明するのはずっと後になってからだ。
映画では時間軸を巧みにずらすことによってその因果関係が説明的ではない方法でわれわれ鑑賞者に徐々にわかるように仕上げられている。それはあたかも重いエレキギターのコードによってささやかに添えられている音楽にも相まってより効果的に演出されているように思う。
われわれ日本人にとってこの映画はある意味幸運である。
多くの日本を描いた外国映画では、イメージによる東洋の国日本というまなざして撮られているものがほとんどだが、ここで描かれている渋谷はかなり今日的な日本であるように感じられた。
そこから類推すると他の舞台となっているメキシコ、モロッコも今日的な日常を深く描いているのではないかと想像できる。幸運と書いたのはそういうことからだ。われわれは今日的な世界をスクリーンを通して見ることになる。
ブラッド・ピットはなにを演じてもサマになる俳優だ。テリー・ギリアムの「12モンキーズ」では不細工に撮って欲しいと依頼し、ハンサムな役どころではないにもかかわらず、スクリーンには魅力的なカッコいい男として映し出されてしまった。もちろん他の出演でもどんな服を着ようが、どんな髪型にしようが、ハンサムで世界一カッコいいブラッド・ピットが映っている。彼自身、自分の美しい容姿が自分の演技の足かせになってしまっていることを嫌っていて、もっと役者として役を演じたいと思っている俳優だ。
この「バベル」ではじめて彼の望む男前ではないごく普通の男が描かれているように思えた。
日常生活が、なにかの拍子に突然悲劇へと変わる場合がある。バスツアーの旅先で、全く別のことが原因で、本人の意図しない状況に巻き込まれてしまいパニックに陥る。その時に自分の素が出てしまう。もし自分がそうなってしまったらどういう行動に出るのだろう。時間を争う瞬時の判断をもし誤ってしまったら小さな悲劇が大惨事に成長してしまうかもしれない。その不安と必死な姿を見てわれわれは共感、同意、あるいは事例としてわれわれに次の問いを投げかける。
全編を通して控えめで淡々とした演出が、見る者に今日的世界、日常的にわれわれがもっと気づくべき心の中、ごく身近な見知らぬ人、そして宗教的な意味ではなく〈他者〉について、考えさせてくれる契機をこの映画は与えてくれている。
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