風と共に去りぬ (1939)
»レビュー
アメリカ人誕生
2007/09/08
by
月踊り
お祭り好きのアメリカ映画界は、よく「史上ベスト100」とかいうイヴェントを催します。
アメリカの右に倣うのが大好きな日本でもキネ旬とかが同じような事をしますが、日米では選ばれる作品に国民性の違いが大きく表れて、非常に興味深いものがあります。
この『風と共に去りぬ』はその代表的な例です。私事で恐縮なのですが、ボクの20数年前の卒論テーマはここからスタートしました。
「何故この映画はアメリカ人に深く支持されているのでしょう?」
まさか卒論を引っ張り出して説明するワケにもいかないので、ひねり出した結論から申し上げますと、それはこの映画が“アメリカ人の誕生”を描いた作品だったからです。
アメリカという国が移民の集合体である事はいまさら述べるまでもありませんが、その中でもアイルランド系の人々が、アメリカという新天地にかける思いには特別なものがありました。
760年もの間、アイルランド島に住む人々は隣国であるイギリスの侵略・圧政をうけ続けてきました。彼らは古代ケルト人の正統の末裔であり、アングロ・サクソンとは異なる言語・文化を持っていましたが、ヘンリー12世やクロムウェルらの度重なる征服に屈し、言語も土地もイギリスに取り上げられてしまったのです。欧州列強の力の拮抗によって力の衰えたイギリスから20世紀に入ってようやく独立を勝ち取りますが、その道のりは他国に比べても決して平坦なものではありませんでした。
『風と共に去りぬ』の舞台となった時代、つまりスカーレットが生きた時代は1850年代から70年代が中心のはずです。これより少し前、アイルランドでは歴史上最悪のじゃがいも大飢饉にみまわれました。100万人が餓死、200万人が国外へと移住することになってしまったのです。ケネディ一家がこの時渡米したのは有名な話ですね。
物語の設定では、スカーレットのひい祖父さまの時にこの地へ入植したことになってますので、この時の移民ではないようですが、原作者であるマーガレット・ミッチェル女史の頭には、この事が強く残っていたのかも知れません。
スカーレットは事あるごとに亡父の口癖を思い出します。「われわれアイルランド人には土しかないんだ」ラストでもこの言葉を思い出して「そうだ、タラに帰ろう」と、たくましく生きることを誓います。これは何百年もの間、自分たちの土地を持てなかったアイルランド人という民族の、心の叫びだったんですね。
O'Haraという姓がアイリッシュ特有のものであり、タラという地名が古代アイルランドの聖地の呼称であったりと、アイルランド系であるミッチェル女史自身の想いもそこにあったんでしょう。
またアイルランド人だけでなく、故郷を捨て、アメリカという新天地に望みを託した人々の共通した想いでもあったのでしょう、だからこそ、この作品は国民映画となり得たんだと思います。
オハラ家はご存じのように南部アトランタにあり、当然南軍だったワケですが、ヤンクスと呼ばれ新進かつ奔放な北軍に対し、奴隷制度の存続を求める南部はどちらかというと守旧的な、古き欧州貴族的な階層が多かったようです。
つまり南軍の敗北によって彼らが引きずってきた欧州文化は“風と共に去った”わけで、その焼け野原から立ち上がった者が、新しい“アメリカ人”として生まれ変わったのだという解釈ができるのです。特にこの作品は女性が主人公です。新しい国家は新しい価値観によって生まれるという象徴にもなったのではないでしょうか。
国家としてのアメリカはまだまだ歴史の浅い国です。しかしだからこそ、この国を創ったのは自分の祖父たちだと声高に言えるんですね。この国が強大である理由はそこにもあります。
そのかわり、自らの経験値を絶対とする悪癖にも繋がってるんですがね。
長々と駄文を失礼しました。
3人がこのレビューに共感したと評価しています。
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すばらしい解説です。
2008/01/28 by
ラブアゲイン
ご無沙汰してます、月踊りサン。
最近レヴュー書いてらっしゃらないなと思い、過去の投稿を「ハシゴ読み」してたら、この解説です!! すばらしい。今まで敬遠してた作品なんですが観てみたくなりましたよ〜。
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