殯(もがり)の森 (2006)
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「想」と「狂」のあいだ
2007/08/30
by
odys
人を想うことは「狂」に通じていると私は思っている。
例えばストーカー。被害者からすれば犯罪以外の何物でもないけれど、想っている側からすれば、自分の想いをどうしても相手に分かってもらいたい、という一念による犯罪なのだ。
それに対して、「本当に相手のことを想っているなら、相手の嫌がる行為はできないはずだ」という理性的な忠告をして、はたして効き目があるか。「本当に相手を想っているなら、あきらめられるはずがない。あきらめるのは本当の想いではないから。本当に想っているなら相手に自分の想いを分かってもらえるまで続けられるはず」と言い返されたら、どう答えればいいのか。
(念のため。だからストーカーは犯罪にならない、と言いたいのではない。)
他方、相手が死んでいる場合はどうだろう。この場合は、いくら自分の想いを相手に押しつけようが、相手の迷惑にはならない(まあ、相手の墓をあばいたりすれば別だけど)。しかし、受け止めてくれる生身の相手がこの世にいないという状況は、かえって「狂」をつのらせるのではないか。「想」が相手にぶつかって(たとえネガティブな反応であっても)返ってくることがないなら、「想」はひたすら拡散し、空を斬り、想っている人間をこの世から引き離し別の世界に連れ去ってしまうのではないか。つまり「狂」である。
私はこの映画を見てそんなことを考えた。そうした「想」と「狂」を描く舞台として、森にまさるものはない。決して分かりやすくはないし、大傑作だとも思わないけど、1時間40分かけて見るのには十分値する映画と評価したい。
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