自虐の詩 (2007)
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いくつかおもうこと
2007/11/09
by
根無し葛
この映画、原作は、西原理恵子の『ぼくんち』と並び、私にとって、とても大切な作品です。『ぼくんち』ではビンボーワールドの住人たちがバイタリティ全開で屈託なく生き抜くのに比べ、本作において「貧乏」は"幸江"という薄幸そのもののような女性ひとりに重くのしかかります。逆境の中、屈託にまみれつつ生きていかざるをえない彼女を中心に物語は展開します。
<幸江とイサオの物語>を軸にして始まる原作は、2つの柱に支えられています。
ひとつは物語の終盤に登場する<熊本さん>というクラスメートとの出会い。
たったひとりで薄幸を生きていた幸江に、初めて、同じように虐げられる側の存在として<熊本さん>が出現し、これによって物語はにわかに変調します。
他のクラスメートに嘲られ、教師にさえうとまれ、幸江以上に苛烈な環境にありながら、決してうつむかず、歯を食いしめ、胸を張って昂然と歩く<熊本さん>。梅干し弁当を恥じてフタで隠す幸江とは対照的でもあります。そんな<熊本さん>に心の拠り所を求めつつ、その外見や行動のすさまじさに、幸江は怯えます。卑屈に恥じ入ります。いちばん見たくない自分自身の姿をそこに見て、目をそむけます。あげくの果てに自己を見失ってしまいます。
原っぱでの幸江と<熊本さん>の取っ組み合いは、原作中、屈指の名シーンです。まさに人間としての尊厳をかけたぶつかりあい。「尊厳」なんていう言葉、生まれてこの方日常生活では使ったこともないのに、なぜかこの場面にはいちばんふさわしい、これしかない<言葉>のような気がしてしまいます。これを境に二人は単なる友人ではなく、「戦友」とでもいうべき絆で結ばれます。中学生の女の子同士が「戦友」とならざるを得ない、その状況のすべてが切なく、胸が詰まります。
映画の中でもこの場面は描かれます。とてもインパクトのあるシーンです。ただ、率直に言って、二人の存在のいちばん深い場所からほとばしる感情、それがあぶり出し文字のように浮かび上がってくるというところまでは届かなかったような気がします。
もうひとつの柱は、幼い頃に自分を捨て、生別した母親に対する幸江の<思い>です。
彼女は、思い描くことのできる「母の顔」を持ちません。母の顔を見失っていることが、根っこから切り離されて生きていくしかない彼女自身の人生を運命づけているかのようです。かくて母の顔を取り戻すべく、魂は遍歴を重ね続けます。そしてついに「妊娠」を契機に彼女自身の心情がある到達点を迎えます。天空にひとり漂っているわけではなく、横糸にも縦糸にもしっかり支えられている自分、「なにか」につながり「なにか」へとつなげていく存在としての自分を、長い長い葛藤と曲折の末に取り戻す、まさにこの瞬間、原作のその数コマからは、ある種の神々しさが立ちのぼります。凡百の「自分探し」の物語を凌駕します。
映画では、この部分についてはごくさらりと描写されるにとどまります。いささか唐突にすぎるほどのさりげなさです。テーマとしては切り捨てられたに等しいといっていいでしょう。
原作は週刊誌連載の4コマのギャグマンガという「制約」の中で描かれています。
この制約を逆手にとったかのように、一定のリズムを刻んで物語は高まっていきます。特に<熊本さん>との出会い以降は、遠い太鼓の響きが次第に心臓の鼓動へとシンクロしていくような昂揚感があります。幸江や<熊本さん>の息遣いまでが間近に聞こえてきそうです。
翻って、映画という表現形式はとても自由です。でも自由の海に漕ぎ出した結果、原作の持つこのリズムを見失い、なにか取り返しのつかないものを海の底に沈殿させてしまったというようなことはなかったでしょうか。
そういう意味で、観賞後、「残念」という印象がどうしても拭えませんでした。
もちろん、原作のエッセンスを抽出し、テーマを絞り、最大公約数的なかたちで大勢のひとたちが楽しめる作品に仕上げた、ということからいえば、この映画は充分にその役割を果たしているようにも思います。
ユニークな登場人物たちが、あるいは心優しく、あるいは熱く、幸江を支えます。ちゃぶ台をはさんで向かい合う幸江とイサオは、他人から見れば「けったい」としかいいようのない、それだけに混じり気のない、プリミティブな情愛の姿を見せてくれます。自分の心に余分な夾雑物さえなければ、観賞後、きっとほのぼのとした幸福感に暖められつつ余韻を楽しむこともできたんじゃないかと思います。
なのになお「さは さりながら」の感を拭い切れない、なんとも歯切れの悪い、微妙な感想になってしまいました。
原作のある映画はこれまでにもさまざま観てきたにもかかわらず、これまでこういう「感想」を抱いたことはあまり記憶に浮かびません。そういう意味では、自分自身の見知らぬ感情に若干とまどい気味です。同時に、映画を「映画それ自体」として楽しむことができずに「残念」の感情を残してしまった、そのこと自体を残念にも思います。
映画自体をどう受け止めるかはさておき、いろいろな点で得難い鑑賞体験だったことは間違いありません。
この映画を観てあれこれ考えることで、あらためて『自虐の詩』という原作のメッセージを再確認することもできました。「人生を幸や不幸でははからない。人生には意味があるだけ。ただその厳粛な意味をかみしめていけばいい。」とても勇気づけられるメッセージです。
エンディングロールのあとの映像は、けっこう好きです。どんな人生にもドラマがあり、どんな人間にも見せ場がある、そのことを問わず語りしてくれているようなラストショットでした。
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