いのちの食べかた (2005)
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必ず見るべき映画
2008/01/29
by
pinkopaque
必ず見るべき映画。
いや、劇場で見なくてもいい。映画としてみる必要はない。
ただ、純粋にドキュメンタリーとして見るべき作品。
NHKスペシャルで放送して欲しいとも思う。
この作品は、ただ真正面に据え付けたカメラがフロンタル映像を淡々と無言で流し続ける。
ナレーションもなにもなく、時に出てくる人の会話も何の意味もない。画面に偶然映った通行人の雑談と同じで、もちろん字幕もない。
この映画を映画批評的に何かを書くとすれば、映画の見方を変えなければならないということかもしれない。
映画を映画として成立させているのは鑑賞者の感情移入ではないかと思う。
感情移入がなければ、すべては他人事で何も感じず終わってしまう。
この映画はその感情移入を拒否する。
そうしなければ見られない映画だと思う。
それよりもただ淡々と映し出される事実を真実を目の当たりにして受け止める。
人の食物として生産されている殺される動物たちをかわいそうと考えることはないし、考えても仕方がない。
一部の動物愛護団体を批判するつもりではないけれど、世界のニュースで恒例となっている「毛皮を着るくらいなら裸でいい」と叫び大通りを全裸で歩く女性たちは肉類をいっさい食べていないのか、毛皮になってしまう動物も食料になってしまう動物も同じく人の手によって裁く行為がなければならない。そこにはどんな言い方をしたところで残酷なものだ。
ある知人が、毛皮にするために捕まえた狐を信じられない残虐な方法で殺して皮を剥いでいたのを見て、絶対に毛皮は着ない、と言っていたが、そんな彼が唐揚げが好きというところのどこに差があるのか。
われわれは生きるために多くのいのちを頂いている、ということをきれいごとではなく知り、考える契機を与えてくれる。
動物の話だけをしてしまったが、この映画で採り上げられるのは動物だけでなく野菜や穀物も採り上げられている。
会話らしい会話がいっさいない映画だからよけいにそう感じるのかもしれないが、食べ物を作る側も食べ物になる側も同じ表情をしているように見える。
そこにはいっさいの感情移入をやめた人たちが黙々と一連の作業をこなし、その作業の炎症のようにランチを口にしている。
それは工場だった。
たとえば、豚を人工授精させ、子を産ませ、それを育てて大きくしたら裁く。
逆さ吊りにし、半分に割き、内蔵を切り分け、前足を切り落とし、それぞれを出荷する。
それを繰り返す。
正に生き物を扱っているか機械部品を扱っているかの違いだけだ。
そこで働く人たちも感情移入などしてられない。してしまったら何もできない。
もし、この映画に作品性をみるとすれば、少なくとも僕の場合、裁かれていくシーンを見ても想像以上に残虐なものには映らなかった。
夕方から始まる回だったので、もしかしたら晩ご飯が食べられなくなるのではないかと危惧したが、その心配はなく、おいしくホルモン鍋を頂いて帰りました。
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