実録・連合赤軍 あさま山荘への道程 (2007)
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敗北を認めない
2008/04/07
by
アキラ
小川紳介や大島渚や土本典昭が闘争の渦中で活躍していた頃は奇抜なポルノ作家として知られた若松孝二。事ある毎に時事を扱い昔から社会派としての顔は一部のファンにだけ知られた面だったが、最近はまるで昔から全共斗世代の社会派作家でしたみたいな顔してる。本当は政治よりも性に真面目だった人。前作『17歳の風景』では自転車での逃亡中に親殺し青年が出会う戦後世代の様々な問題を浮き彫りにする事で我々日本人が抱えているはずなのに偽りの平和で目を逸らされている問題を問いかけていたが、今回は若松氏の世代が辿った思想闘争の軌跡そのものをひとつにまとめた内容。冒頭は『青年の海』『現任報告書』『圧殺の森』『パルチザン前史』等をダイジェストにしたようなナラタージュに始まりタイトルにある通り衰退した赤軍派と革命左派が手を組んで連合としてドン詰り状況になってからを中心に時系列に丁寧に力強く描いています。ほとんど再現映像なので実際のドキュメント映像に比べると少し過剰。京大の教室占拠も実際はもっと整然と行っています。
連合を組んだとは云えども主要メンバーが捕まり大規模な活動が圧殺された後の残党なので状況としては単なる逃亡者とあまり変りません。仲間が裏切ればアウトです。志を共にして革命の為なら手段を選ばない同志として信用できなければ殺すしかない。ストイックに理想を追う者同志でも何処まで覚悟があるのかと疑念が生まれます。だから安っぽい飾り気に過剰反応したりもします。化粧に神経使う余裕がある分だけストイックではない。ストイックではないと土壇場で裏切られる怖れがある。過去の失敗を総括し自己批判し改心できなければ殺してしまおう。だが彼らの望む改心なんて起るはずがありません。リーダーのストイックな考えから外れて見える面は個々の気性なのだから変るはずがないのです。人前で化粧するのはエチケットだし男好きする顔は生まれつき持った個性。それを粉砕していまえばイデオロギー以前に人格自体が崩壊してしまいます。
リティパニュの『クメールルージュの虐殺者たち』というカンボジア映画ではポルポト政権に拷問を受けた老人が共産主義の活動家にこう訴えます。「私を殺すと云うならそれでもいい、だが私を跡形もなく粉砕するとは云わんでくれ、それは不自然だ」理想を追った活動は時として極めて不自然です。急激な変化の中では手段が目的を追い越してしまう事があります。皆の為だったはずの事が気がつけば誰の為でもなくなっている。その事に気付いた時には個人の力ではどうにも止められなくなっている。勿論、一部の私欲が絡んで組織がスターリン主義化する事もあります。暴行の指示の動機には女の嫉妬も含まれていたのでしょう。リーダーがスタッフの恋人を寝取るなんて小川組でも起きていた事です。個々にリーダーに意見する勇気がなかったから誰も暴虐を止められなかったという面も下っ端には確かにあったとは思うが、ほとんどのメンバーはストイックに考え過ぎて出口が見えなかったのでしょう。こういった集団において総括せよと求められたら何を云ってもアウトです。体制に負けた事を認め切れず袋小路に陥った思考に答えなんてありません。本作では数々のリンチ殺人を小規模な寸劇の連続で見せる事でこの思想的閉塞感が実に効果的に出ています。ただ『鬼畜大宴会』と比べると弱い。やはり総括による顔面崩壊と発狂の部分に比べてクライマックスの浅間山荘が弱いので後半は尻すぼみ。
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