実録・連合赤軍 あさま山荘への道程 (2007)
»レビュー
手には朝日ジャーナル、心に少年マガジン
2008/05/15
by
牧坂満
私自身が大学生だった時期の1972年2月19日に、日本列島のみならず全世界を震撼させた浅間山荘事件がおきました。映画は若松孝二監督の演出によるものなので、左翼礼賛作品かと思いきや、事件の首謀者たちの自己批判により、先進資本主義国家における革命という幻影の無力感を客観的視野で描いています。歴史的事実として、ソ連は崩壊し、東西ドイツを隔てた壁は解体され、中国は実質的資本主義経済の道を歩んでいます。
映画は60年安保闘争、70年安保闘争の歴史をドキュメントを挿入しながらナレーションによって丁寧になぞっていきます。登場人物や学校名は全て現実そのままで登場してくるので、リアリティは他の小説化、映像化された作品を一歩抜きんでています。演じる俳優たちも大半が無名の人々なのでリアリティは一層高いモノとなり、若松孝二監督作品としては最もスケールの大きい作品と言っていいでしょう。
連合赤軍は京浜安保共闘と赤軍派がコンジャンクションした組織であり、既成の左翼思想に物足りなさを感じた左翼大学生とそれに洗脳された専門学校生や高校生、労働者たちによって組織化されていました。しかし、トロツキズムを基盤とする共産主義がスターリニズム共産主義と如何に違っているのかを自分自身の理論として確立するには、専門学校生や高校生、労働者たちの学習量では追いつけなかったようです。(※日本共産党は反日共系を一派一絡げにして、全員トロツキストと呼んでいます。)
悲劇はこの格差によって引き起こされますが、共産主義を具現化しようとして先鋭化していく連合赤軍という集団に、百姓の身分でありながら士道を追及するあまり、局中法度により仲間を切腹や斬首に追い込んだ新撰組をダブらせてしまうのです。そして、スターリンへのアンチテーゼでトロツキーを選択した連合赤軍が“スターリニズムの血の粛清”を犯してしまう行為は、勇気がなかったといった“1フレーズ”は映画内でも少年が叫び、実際には獄中で森が自分を総括しています。しかしこれだけでは解決出来ない筈です。
連合赤軍メンバーの多くは所謂、一流大学の学生でした。中でも黒澤明監督作品の「わが青春に悔なし」でも題材にした京都大学の反権力、反骨主義が極左集団の知識の拠り所となりますが、そこには超一流大学の東京大学、一橋大学、東京工業大学の学生は一人もいません。全員が旧・国立二期校、或いは早稲田、慶応という、超一流大学の滑り止め校へ進学した挫折感が鬱屈とした感情に構築され、それを満たすためにイデオロギーへ傾斜していったのでしょう。更なる無力感は連合赤軍たちが救済しようとした市井の一般市民たちによって警察機構へ通報され逮捕されたことにもあります。
殆どの一般学生も積極的にデモ等に参加していた安保闘争は、映画の冒頭のドキュメントでも描かれている東京大学の学生だった樺美智子さんの死に見てとれます。彼女はラジカリストではなく、デモがある日にたまたま時間があったから参加したノンポリ学生に過ぎなかったのです。当時、“手には朝日ジャーナル、心に少年マガジン”という一世を風靡した言葉がそれを物語っているといえるでしょう。
映画のクライマックスは浅間山荘攻防戦ですが、国家権力のエリートである東京大学法学部卒の幹部キャリア警察官の遠望深慮によって、この浅間山荘事件を宣伝材料と利用され、国民は左翼系学生運動自体を支持しなくなり、国家権力の中に取り込まれていくのです。日本の左翼系学生運動の終焉を意味したエンディングが見事な映画です。
連合赤軍が渇望した共産主義は毛沢東の文化大革命やポルポト政権による自分の国の市民を大量虐殺に辿り着きました。人間は、必ず理想を求めては、いつも最悪のモノを生み出してしまう存在なのです。…共産主義を実現した国家は皆無に等しい。
【ポレポレ東中野】劇場鑑賞
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手には朝日ジャーナル、心に少年マガジン
2008/05/14 by
風林火山
“手には(朝日)ジャーナル、心に(少年)マガジン”という一世を風靡した言葉はボクも記憶にある。
朝日ジャーナルを読んでいるだけでインテリぽく、確かに一種のファッションみたいに感じていた。
映画での永田洋子役の女優の表情にはボクもびびったなあ。死刑囚となって意外と乙女チックな少女マンガを描いているようだけど、自分の容姿による劣等感から、並以上の容貌を備えた女たちを残酷非情に殺害していった可能性もあると思うんだけどなあa。 -
死刑囚を実名で・・・
2008/05/15 by
牧坂満
「風林火山さん」返信投稿を有難うございました。死刑囚となった永田は常に傍らに男を必要としていたのでしょう。その男は、常時最も永田にとって都合が良い、最も権力を持っている男であることが多いのです。永田は坂口と別れてから森と唐突に結婚したのも、彼女の考えからすれば極めて自然な流れなんですね。連合赤軍では一度、日和見主義に堕ちた森が最も先鋭化したトロツキストであると同時に最高権力者だったからに他ならないでしょう。
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手には月刊プレイボーイ、心は朝日ジャーナル
2008/05/16 by
tamakazu
>最も先鋭化したトロツキストであると
・・・たいしたことではありませんが、永田、森こそがまさに「スターリニスト」だったのでは?揚げ足を取るようですみません。
>…共産主義を実現した国家は皆無に等しい。
・・・結局、共産主義を一国家だけで築くことはそもそも無理だったのでしょう。旧ソ連や文革前の中国くらい国土が広く鎖国に近い体制で経済が一応自国内で完結すると想定できた国(と云っても失敗続きで国民はたくさん餓死させられましたが・・・)。
さらにグローバル経済が進行してしまった現在では、一国での共産主義の確立は無理な話で、構造改革的な政策の持続でしか社会主義的な体制は実現しないのでしょうね。
すみません、映画以外のことでくっちゃべってしまいました、反省。
ボクは今日「光州5・18」を観に行こうと思います。 -
返信投稿有難うございました
2008/05/16 by
牧坂満
「tamakazuさん」返信投稿有難うございました。「tamakazuさん」のレビューも拝見させて頂いておりますが、映画以外のくっちゃべりも大いに結構だと歓迎します。また、「光州5・18」のレビューもお待ちしております。
>最も先鋭化したトロツキストであると書いてしまいましたが、「tamakazuさん」の永田、森こそがまさに「スターリニスト」だったのでは⇔同感です。
一旦、日和った森が全員と同じ食事をとり、銭湯に入った仲間を糾弾するところでは、特権意識はなかったようです。共産主義体制の支配者たちは全員がノーメンツァラーの特権階級を作ってしまいました。
それにしても、朝日ジャーナルを読み終わるのに1週間以上の時間がかかり、次号を読む“ノルマ”に苦労させられました。 -
Re: 手には朝日ジャーナル、心に少年マガジン
2008/05/16 by
メイプルタウン
安保闘争を全く知らない世代でも、東京大学の学生だった樺美智子さんの死は知っています。
手には朝日ジャーナル、心に少年マガジン”という一世を風靡した言葉も現在発行されているのは少年マガジンであって、朝日ジャーナルは休刊(実際は廃刊)になっていると言う事が事実を物語っていると拝察致します。でも朝日ジャーナルってそんなに難解な週刊誌だったのですか。 -
手には月刊プレイボーイ、心に朝日ジャーナル
2008/05/17 by
tamakazu
牧坂さま ご返信、感謝です。
>それにしても、朝日ジャーナルを読み終わるのに1週間以上の時間がかかり、次号を読む“ノルマ”に苦労させられました。
・・・そうでしたね。楽しいノルマでしたね。ボクは高校時代から読み始めました。ちょうど筑紫氏が編集長になる少し前でした。「貧困なる精神」を読むのが楽しみでした。雑誌全部を読んだ号はほとんど無かったです。
メイプルタウンさま
>現在発行されているのは少年マガジンであって、朝日ジャーナルは休刊(実際は廃刊)になっていると言う事が事実を物語っていると拝察致します。
・・・廃刊になった=支持されなかったというのは大きな事実でしょう。ただそれは一面であって全てではないとも思えます。廃刊の理由のひとつは出版元の朝日新聞の雑誌部門収益性向上路線への転換でした。廃刊当時、デフレの進行と格差社会(ボクは中曽根政権頃から進行していたと思っています)化によって新聞の拡販と共に、新聞はそれまで繰り返していた値上げが出来なくなっていました。それで朝日新聞は収益を雑誌に求め、安保の頃に比べて発行部数が低迷していた朝Jを廃刊にしたのです。しかしこの路線は、朝日新聞本体の批判的でかつ強力な支持層でもあった朝J読者を「やっぱ商業新聞社だな」と落胆させただけでした(もちろん会社ですから売ってナンボなのは仕様のないことですが)。その後「科学朝日」なども廃刊、月刊朝日などもすぐやめちゃうなど、朝日新聞の出版事業は迷走してましたね。今はどうかな?
>でも朝日ジャーナルってそんなに難解な週刊誌だったのですか。
・・・サブカルや文化・芸能関係は今の「サイゾー」的なのりだったような。でもヌード系はなかったと思います。
また映画以外のことを・・・これでお終い。 -
Re: 手には朝日ジャーナル、心に少年マガジン
2008/05/18 by
ika
牧坂さま、みなさま、こんにちは。
朝日ジャーナル……
上に、tamakazuさんが、
「でもヌード系はなかったと思います」
と書いておられますが、実は、表紙にどーんと載せた号が存在します。
(1971年3月19日号)
ttp://plaza.rakuten.co.jp/gensenkan/diary/200310150000/
ttp://gennshi.way-nifty.com/blog/cat6517426/index.html
私の記憶では、上記以外にも、モノクロームの女体を小さな写真でモザイク的に構成したものを表紙に使っていた号があったように覚えています(1960年代の終わり頃の号か?)。
中身はtamakazuさんのいわれるとおり「禁欲的」だったと思いますが……
(あまり読まなかったので、そういうイメージだけですが)
その分、「反動」で、ああいう表紙にしちゃったのでしょうか……
(筑紫さんのサブカルチャー指向もあるかと思いますが)
映画に関係のない話題で失礼しました。 -
Re: 手には朝日ジャーナル、心に少年マガジン
2008/05/19 by
牧坂満
「tamakazuさん」、「ikaさん」貴重な情報を有難うございました。「実録連合赤軍・あさま山荘への道程」はそれだけ衝撃的映画であったことの証明でもあります。これからも映画に関係のない話題も宜しくお願い致します。
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