イースタン・プロミス (2007) »レビュー

タトゥーという覆面

90点 2008/06/16 by くりふ

イースタン・プロミス

円熟、という言葉が似合いそうなクローネンバーグ監督最新作。堪能しました。けっこう嵌ってしまい、具体的に面白さのレシピが何なのか、うまくコトバ化できずにおります(笑)。
タイトルは、東欧やロシアからイギリスにやってくる貧しい女性に、よい生活を約束する、という意味だそうです。しかしその実態は、人身売買契約なわけですが。

この鬼畜事情そのものを追うのではなく、
売る側ロシアン・マフィアのあるファミリーと、
彼らに関わることになる、ある一般ファミリーの物語でした。
故国がロシアという共通項を持つ二つの家族ですが、
正反対の生き方を選んだ行方がどうなるかが、対比されます。

この2家族の間に入る、マフィアの手下が、
V・モーテンセン演じる、決して本心を露にしない男。
ロシアン・マフィアはタトゥーが履歴書らしく、彼も全身を、
それで包んでいますが、それが心の鎧ともなっています。
「全裸バトル」がもの凄い見せ場ですが、幾ら切り刻まれても、
その裂け目がタトゥーで隠されるようで、内側は見えず、
彼の本音も、最後までわからない。でもそこが深くて面白い。
演技力が光る、小出しにされるヒントに心が動きましたが。
本作の肝は、明らかにヴィゴの厚みある存在感ですね。見事。

N・ワッツ演じる助産婦は、危ないと知りつつ、
裏世界に関わって行きますが、消せぬトラウマを補完できる、
ある患者と出会ってしまって、もうどうにも止まらない。
その人物の不在を埋めればうまく行く筈、との甘い誘惑…。
そこにのめり込む女性の悲しみに、共感度高し、でした。

過去、陰陽なら、陰の方向でウエットな作品ばかりでしたが、
今回クロ監督、意外や陽の方へと向かいました。
人間讃歌っぽい。らしくないんだけど、ちょっと感動。
終盤近くで出来過ぎだなー、と思う展開もありましたが、
結末としては一筋縄では行かず、やはり余韻が残ります。

暴力描写は相変わらずですが、銃を使わないのが新趣向。
刃物で裂いて殺そうとするんですね。かなりイテテ、です。
本作「裂け目」がポイントな気がしていて、裂けなければ、
とりあえず丸く収まっていたものが、各種裂け目を通じて、
そこからはみ出し、物語が転がるという印象が強かった。
監禁の裂け目から逃亡、傷口から死、妊婦の腹から命と死…。

『戦慄の絆』を思い出させる、赤が印象的でした。
但し今回、ロシアン・レッドということで、レッドというより
クリムゾン、という感じの、深くて残る、色合いでした。
血もベットリと、シロップのように濃厚でしたが、そこに、
いつまでも居座るぜー、という命のしつこさも感じました。

 

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  • この『Promises」はあまりにも痛ましい(涙)

    2008/06/23 by カイタカケン

    こんにちは、くりふさま。

    > 過去、陰陽なら、陰の方向でウエットな作品ばかりでしたが、
    > 今回クロ監督、意外や陽の方へと向かいました。
    > 人間讃歌っぽい。らしくないんだけど、ちょっと感動。
    > 終盤近くで出来過ぎだなー、と思う展開もありましたが、
    > 結末としては一筋縄では行かず、やはり余韻が残ります。

    ↑そうそう、以外にも希望や優しさがありましたね。クローネンバーグ作品ともなると、身構えちゃうんですが(笑)

    > 暴力描写は相変わらずですが、銃を使わないのが新趣向。
    > 刃物で裂いて殺そうとするんですね。かなりイテテ、です。

    ↑指パッチョンのシーンとか…涙
    サウナ・ファイトの場面で、
    チェチェン・マフィアが使用したナイフ、見慣れない形状でしたが、ああいう形ってポピュラーなんでしょうか?私が知らないだけかもしれないんですが…身近にあるナイフ類って、お料理に使う包丁か、精々果物ナイフくらいですもの。

    > 但し今回、ロシアン・レッドということで、レッドというより
    > クリムゾン、という感じの、深くて残る、色合いでした。
    > 血もベットリと、シロップのように濃厚でしたが、そこに、
    > いつまでも居座るぜー、という命のしつこさも感じました。

    おっしゃるように『赤』がものすごーく、印象に残りましたね。
    赤いバッグから出てきたのは、赤い表紙の日記。
    レストラン『トランス・シベリア』のインテリアやテーブル装飾。
    赤ちゃんのベッドに置かれていた赤い薔薇の花束。
    ビートを使った赤いスープ『ボルシチ』
    ボルシチは、各家庭毎にレシピが違うといわれるくらい、ウクライナ(ロシア)の伝統食で、日本のお味噌汁の様なもの“お袋の味”なんだって聞いたことがあったんですが、本作品では“父の味”となっていましたね。
    ヘルメットを脱いだ時に現れるナオミ・ワッツ(アンナ)のブロンドヘアーも印象に残りましたね。
    彼女以外にも、中盤登場する娼婦、子供達のドレス等、赤みを帯びた『ゴールド』、血と金は相性がいいのか?なんて考えてました。

    キリルの事なんですが、
    彼は○○だという設定になっていましたが、それだけなのかしら?
    『機能不全』の可能性はないんでしょうか?
    冒頭の理髪店の甥も、知能発達が遅れた青年でした。
    キリルがニコライに見せる、屈折した複雑な愛情が気になるんです。

  • カイタカケンさん、ズドラスツヴィチェ

    2008/06/25 by くりふ

    >指パッチョンのシーンとか…涙

    故・ポール牧師匠なら絶対ヤられたくなかったでしょうね。

    >チェチェン・マフィアが使用したナイフ、
    >見慣れない形状でしたが、ああいう形って
    >ポピュラーなんでしょうか?

    あいにくチェチェン・マフィアに知り合いがおらず、
    よくわからないのですが、職人が作ったナイフって風じゃ
    なかったですよね。自家製なのかなあって気もしましたが。
    (詳しい方いらしたら、正解、教えてくださいませ)
    日本でいうと、鎌型の山菜狩りナイフに似てましたね。

    チェチェンの人って、ナイフ使いが多い? らしいですね。
    レズギンカ、という情熱的な伝統舞踊にも、
    「短剣の踊り」というのがあって、サーカスの見世物の如く、
    たくさんのナイフを華麗に投げまくったりしてますね。
    凶器をナイフベース、としたのはお国柄でもあるのかな。
    何にせよ、効果的でしたが。思い出すたびイテテのテ…。
    そして、タトゥーの好敵手は銃よりやはり、刃物ですよね。

    >本作品では“父の味”となっていましたね。

    不在を含め、父親の存在が気になる作品でした。
    マフィアの話だからか。赤ん坊の父探しの物語でもあったし。
    アンナが父称アンナ・イワノヴナ、で呼ばれたりもしてました。

    >キリルの事なんですが、彼は○○だという設定に
    >なっていましたが、それだけなのかしら?
    >『機能不全』の可能性はないんでしょうか?

    キリルの人格形成には、あの濃いい父親の強烈な存在が、
    間違いなくベットリ、影を落としてますよね、何よりまず。
    例の「親子ど○○り」のエピソード、細かい点は忘れましたが、
    父親が先に強制したんじゃないか、と思ったりもしました。
    で、キリルは果たせず、父は自分でお手本を示した、とか。
    例えばそんな「教育」をされていたら、実はナイーブなキリル、
    「機能不全」になってもおかしくないように思います。
    後で考えたのですが、売春宿でニコライにやらせたことは、
    自分が父親にやられたことなのかもなあ、って気もしました。

    キリルって父親と、自分より遙かにデキる部下ニコライとの
    板ばさみ状態ですよね。キレたい気持ちはわかるなあ(笑)。
    相手が好きなら、余計複雑でしょうね。物凄い屈折度ではと。

    で、そんなキリルを共感の余地を残し演じたV・カッセルと、
    個人的には『ミュージックボックス』の「疑惑のナチ父」再来、
    と連想させるA・M=スタールがそれぞれ、大変お見事でした。

  • Re: タトゥーという覆面

    2008/06/25 by カイタカケン

    >日本でいうと、鎌型の山菜狩りナイフに似てましたね。

    ↑ググってみましたけど、確かに似てますね。
    鎌のような三日月型でした。
    お手製だとしたら、なおさら怖い。。

    >レズギンカ、という情熱的な伝統舞踊にも、
    「短剣の踊り」というのがあって、サーカスの見世物の如く、たくさんのナイフを華麗に投げまくったりしてますね。

    ↑これは初耳でした、感謝。

    >タトゥーの好敵手は銃よりやはり、刃物ですよね。

    ↑サウナで素っ裸でしょう?
    身を覆うもの、守るもののない状態で、ナイフを突きつけられたら…『サイコ』もそうですが、裸の状態+刃物って根源的な恐怖に繋がるんだと思うの。
    タイルの床に投げ飛ばされるだけで、痛そうだもの、イテテ度はマックスでした。

    >不在を含め、父親の存在が気になる作品でした。
    マフィアの話だからか。赤ん坊の父探しの物語でもあったし。
    アンナが父称アンナ・イワノヴナ、で呼ばれたりもしてました。

    ↑アンナの自称KGBの叔父も何処か頼りない人でした(笑)
    母が不在のキリルに対して、アンナが再び母になる物語ともいえますね、彼女のトラウマを考えると、あの行動はよく理解出来ます。
    アンナは終盤、赤ちゃんが凍えないように、寒い思いをさせないようにちゃんと帽子まで用意していた。もう立派な『母』です。

    『親子○○○○』のエピソードは、くりふさんの指摘どおり、
    父の命令→キリル失敗→父が見本でした。
    “女は調教しないと、乗れない”なんてパパは言ってましたね、殺してやろうかと思いましたけど(笑)
    父セミオンは、ゲイや売春婦に対する偏見(エイズに対する恐怖)と、自身の体内に流れる『血』によって破滅を招いたんですね。
    ニコライの試験キリル編の売春宿は、仰るとおり、キリルのコンプレックスと表裏にある願望の表出、ラカン的には(笑)欲動の無限の再生産、キリルは欲望してもそれを実行する『機能』がない、ニコライとの同一化でしかそれが果たせないとなると…これを契機に急速にニコライに依存していったんでしょうね。彼はヘタレな2代目だけど、子供で繊細な所がある、あのパパだとそうなっちゃうんでしょうね。

    >個人的には『ミュージックボックス』の「疑惑のナチ父」再来、
    と連想させるA・M=スタールがそれぞれ、大変お見事でした。

    ↑A・M=スタールって、森の中のクマさんみたいな、見た目は温厚で優しそうな方なんですけどね。
    『ミュージックボックス』の父親も2面性のあるキャラでしたね、ジェシカ・ラングの凛とした美しさと共に、印象深い作品でした。

    タトゥが覆面(仮面)なら、それを切り裂かれた時に表出してくるのは自己の内面でいいのでしょうか?
    だとしたら、サウナファイト以降、ニコライの覆面は変質したことになるのかしら。。

  • 男の檻

    2008/06/25 by くりふ

    このままディテールに踏み込んでくと危なそうですねー。
    クチコミレビュー用の覆面、被り直さないと(笑)。

    >父の命令→キリル失敗→父が見本でした。

    記憶が曖昧だったのですが、明確でしたか。
    とすると、売春宿の件を含めて、わかり易いですね。
    男の世界の袋小路だなー。女が生み出す新たな命に、
    より、希望を託したくなるつくりです。クロらしからぬ(笑)。

    >タトゥが覆面(仮面)なら、それを切り裂かれた時に
    >表出してくるのは自己の内面でいいのでしょうか?
    >だとしたら、サウナファイト以降、
    >ニコライの覆面は変質したことになるのかしら。

    ニコライの覆面って、実は何重にもあるような気もしてます。
    さらに実は、気付けばタマネギの皮仕様になってたりとか。
    我慢強すぎるからなー。睨めっこなんか、メチャ強そう(笑)。

    単純にみれば、サウナ・ファイト以降で、
    裂け目から漏れ出すように、新情報は現れてきてましたよね。
    でも、その関係者との会話がまた、どうも信用できなくて。

    そして、明確に書けませんが、ラストカットって、
    その後の幾つかの方向性を、想像させるものでしたね。
    あの画って、元々そこが定位置だったような人物と
    入れ替わったようにも見えました。

  • Re: タトゥーという覆面

    2008/06/26 by カイタカケン

    ごめんなさい、ちょっと書き過ぎましたね(汗

    >女が生み出す新たな命に、
    より、希望を託したくなるつくりです。クロらしからぬ(笑)。

    ↑ホンと、“クロらしからぬ”ですよね(笑)
    次回作が愉しみ…もうどっちに行くのか見当もつかなくなってます。

    >ニコライの覆面って、実は何重にもあるような気もしてます。
    さらに実は、気付けばタマネギの皮仕様になってたりとか。

    ↑タマネギの皮仕様だと、もうお手上げだわ(涙

    >あの画って、元々そこが定位置だったような人物と
    入れ替わったようにも見えました。

    ↑そうだと思います。
    随分と仕立ての良いスーツ着てましたもの。
    で、問題は、どっちの方向を目指すんだろうか?なんですね。これが、掴めないの(涙)
    ニコライは、本来の『仕事』から逸脱してしまっている、それを警告されたのに踏み出してしまったです。止まんなくなっちゃったのかしら…
    状況だけだと、かな〜り危ない。

    撮影もノワールを意識した部分(雨に濡れた路面等)がありましたね。
    ノワールは基本的に退廃した都会で男が不幸になっていくお話しです(笑)

    では、また何処かで…ありがとうございました。

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