ゼア・ウィル・ビー・ブラッド (2007)
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「家族」に呪われた男の物語
2008/05/14
by
ありあり
この映画は好きだ。原作は読んでいない。
タイトルから分かるようにこの映画は「ある男にかけられた家族の呪い」に関する話である。
見落としてならないのはダニエルは「何故、自分が石油掘りに邁進しているのかわかっていない」ことだ。金を稼いで人里はなれたところで暮らしたいとは言うけれど、金持ちになった後だって油井については執心してたし、金を手にした後も「新たな商売敵」と行ったフレーズが飛び出す。新たにできた家族についても心を開くことなく罵倒したおす。ラストについてはいわずもがな。
自分の過去については「言いたくない」と呟いていることから主人公がなんらかの形で家族に関する感情のしこりがあることは明らかだ。その呪いが何なのであるかはついに明らかにされない。(蛇足だが、呪いの神秘性は説明されるとその呪術性を失ってしまうように思う)。
我々は以下のシーンからその呪いが相当に根深いものであろうということを想像するだけである。
1)主人公が家族(特に自分の出自について)に関する話を執拗に避けるシーン
2)なおかつ息子の教育に口出しされることを強烈に嫌がるシーン
3)また弟の出現とその出自に関する暴露及びそれに対する主人公の対応のシーン。
その呪いから逃れる為にひたすら油田を探しつづける彼の姿は(別に金持ちになって、いい女はべらせて・・・という俗人的な欲望が殆ど描写されない事を想起されたい)、自分を追ってくるもの(=呪い)から必死に逃げ続ける弱き人間の姿でもある。
同時に運命(≒呪い)に対して強者としての自分を信じているので、弱者としてのみ自分の存在を認める宗教家に対しては嫌悪の情を隠さない。パイプラインを敷設するために邪教?に入信した際も自らの勝利を確信していた様が見て取れる(哀れな司祭!)。
狂ったように油探しに邁進する主人公だが、結局はダニエルに対する家族に関する呪縛が解けないばかりか、深まっていった事が映画が進むにつれて明らかになっていく。特にBustard in basket!(←多分嘘だと思うけど)という台詞に代表されるように、主人公は家族のイメージに対する決裂を高らかに宣言することでまだ自分が呪いから脱せていないことを自ら明らかにしてしまっている。そして引き続きこの呪いに対する闘争心をむき出しにしていることでこの映画はクライマックスを迎えるわけである。
ただ悲しいことに、この種のオイディプス的ギリシャ的悲劇は抵抗すればするほどドツボにはまっていくのが相場で、おそらく主人公にかけられた家族に関する呪いは終生解けないはずだ。家族に係る呪いにこだわり続ける限り、彼に幸福が訪れることはないだろう。
この映画のタイトルがThere will be〜と未来形なのはその為である。
感想は以上。
どうでも良いですが英語には
There is always be a father という表現、諺もありますね。この映画をみてそれを思いださずにはいられませんでした。
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