コントロール (2007)
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表現は良し。中身は...
2008/03/24
by
レクター博士
ジョイ・ディヴィジョンについては知らなかった。70年代の前半はグラム・ロックは記憶に在るものの、そこで私のロックは終わっているからだ。パンクは嫌いっだったし。一つの価値観、受け止め方と思って欲しい。
ジョイ・ディヴィジョンの曲をPtoPでダウンロードして数曲聴きながら書いているのだが、あの当時、ジョイ・ディヴィジョンというバンド名を聞いた記憶が無い。この映画を創るにあたって、日本と英国(敢えてイギリスという表現をしない感覚を分かって頂けるだろうか。ブリティッシュ・ロックというサウンドが、アメリカのロックと明確に違っていた時代だからだ)のロック史に温度差や感覚の違いがあるからだろう。日本の観客にどれほど分かるか、が疑問である。
初めて彼らの曲を聴いて、キーボードをかぶせたモノもあったが、基本的にボーカルとギター・トリオのサウンドで、ドラムが中々面白いフレーズをプレイしており、ベースもリズムに徹している曲と、メロディ指向の動きをしている曲があったりして、今聴くと面白い。
さて、映画であるが、サム・ライリーはイアン・カーティスにクリソツでハマッていた。役者として成長していく逸材かどうかは未知数だ。他のバンド・メンバー役者も実際にプレイしており、よく演じていた。
しかし、癲癇の持病をエクスキューズしても、色恋沙汰云々はお子様レベルで幼い。23歳で○○するのだから底は割れている。ここが映画ファンとロック・ファンの評価を分ける弱い点でもある。
辛い点数を付けたが、表現様式としては見るものがあった。しかし、私はチェット・ベイカーの自伝的ドキュメント映画「Let's Get Lost」(こちらはドキュメンタリーとしての強みがある)の方が良い出来だと思う。同じモノクロ音楽映画でも、「映画的音楽度」、或は「音楽的映画度」(という表現が適当かどうか分からないが)を尺度にするなら、極端に評価の分かれる映画ではある。
実はこの映画の制作や配給に関わって、カンヌ映画祭へも行った映画業界の友人からの勧めで観たのであるが、なんだかんだ言っても、楽しめた映画であった。
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