ミスト (2007)
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汝、聖書の言葉を信じよ(300本目・レビュー)
2008/05/16
by
牧坂満
フランス文学者の鹿島茂博士によると基督教には苦痛を伴う宗派が多いとあります。キリストの磔刑像こそがマゾヒズムの起源であり、死にゆくサクリファイス(イエス)を見つめて激しく恐怖し、精神を揺すぶられるような苦痛を味わうことから考察して、基督教的宗教感情はSMのそれに近いと断言しています。それはSMも、非連続な個体同士が、恐怖や苦痛を媒介にしてお互いに繋がっているとのだという対幻想を抱く瞬間に至福が訪れるという構造を持つからです。
全世界に21億人以上の信徒を有すると言われる基督教信徒はマゾヒスト的な心性の持ち主でなければなれないのは、精神的・肉体的な苦しみを介さなければ神には近づけないとする教義の根本から読み取れるのです。“苦痛を介して初めて天国に行くことが出来る”という“苦痛愛好症”のような倒錯が根本にあり、苦しめば、苦しむほど、聖者になれるのが基督教の神髄なのです。映画でも最初は奇人変人扱いされていた女性の言葉に従うのはM的な受け身思考の人々でした。
上記の点を理解した上で、最も新約聖書的だとされる旧約聖書(※蛇足でしょうが、イエス出現以前の教典で、元来はユダヤ教)の“ヨブ記”を読めば理不尽な話も理解出来るでしょう。信心深いヨブは私有財産や家族を全て奪われ、自分自身も重病になってしまいまうのです。ヨブは神に抗議しますが、“天地創造は神である私が行ったものであり、ヨブは後にやって来た。ヨブが罪人でなくても、ヨブの先の輩が罪人であれば、ヨブも有罪だ。”と述べるのです。これが信仰の本質なのです。映画中盤あたりから、耳障りだった女の言葉そのものが旧約聖書を代弁していることに気付きます。
それにしても、映画会社の宣伝には又しても見事に騙されました。“ミスト”に何かが存在すると劇場まで足を運びましたが、映画前半から思いっきり愕然とさせられたのは、シャマラン監督作品や「アイアムレジェンド」のそれと同じです。汝、聖書の言葉を信じよ、と理解すればいいのでしょうか。
本先品でもエンドロールを見ないで退席する方々が多くいましたが、音響による大団円の説明をリスニングしていなければ、映画の理解度も“ミスト”のように五里霧中状態だと思います。
【新宿グランドオデヲン】劇場鑑賞
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