コロッサル・ユース (2006)
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廃墟に亡霊
2008/07/10
by
アキラ
美術的に感じた所を少しばかり語っておきます。長編6本目にして少しづつペドロコスタ映画の方向性が見え始めた気がしました。長編デビュー作から極めてシビアな構図で圧縮された絵作りは作品を重ねる毎にそのシビアさを増し続け、この作品も例外ではなかった。ただ同じ絵画的な圧縮でも夢想的な色気に満ちたソクーロフ作品と比べると真逆の印象を受けます。ソクーロフの画面からは膨張した魂が溢れ出すかのような力を感じるのに対しコスタの画面には逆に魂が吸収されるような力を感じます。もし魂が空気ならばソクーロフ映画はパンパンに膨らんだ卵Dでコスタ映画は真空パックって所でしょうか。人間の精神的な面は画面から削ぎ落とされ存在だけがショッキングなほどに迫る。今作では特に画面の外側に追いやられた魂の痕跡を感じました。
窓から投げ落とされる家具。ナイフで夫を刺し家を出る妻。主人公にとっての全てが結した瞬間からこの映画は始まる。舌の先に覚えさせた届かないラブレターを繰り返し口にした所で何も変わらない。ただただ空虚な日常が繰り返される。撤去寸前の貧民街の生活。誰かが窓の外に亡霊を見たと云う。「廃墟には亡霊が住む」取り残された人間の想いたる亡霊。それらが画面上に現れる事はない。妻の必然が決して夫を刺した瞬間が削ぎ落とされたのと同様に、感情の動きは全てオフスクリーン。肉体だけが画面上を彷徨う。まるで苦悩の終わりすらも許さない退廃美学を極めようとしているかのような方向性へ向かって洗練され続けるコスタ作品。まるで苦行がエスカレートする如く作品毎に重く魂にのしかかるだけに印象は強いが万人向けではない。
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