流れる (1956)
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優しい視線
2008/05/07
by
星空のマリオネット
昭和のモノクロ映画界を代表する大女優そろい踏みの東宝映画 「流れる」 (1956年)。
原作は、向島で育ち芸者置屋で働いたこともあるという幸田文(代表作に「おとうと」)。
メガホンは「女性映画の監督」と呼ばれた成瀬巳喜男(代表作に「浮雲」(55年))。
大言壮語せず常に端正で寡黙な成瀬は、女優からも敬愛されていたそうです。高峰秀子に若くして引退を決意させたのも成瀬の死。
男に庇護されない女性たち、自分の力で泥臭く生きていかざるを得ない苦労の多い女性たちの哀歓を描き続けた成瀬。艶っぽいことだけでなく借金のことを好んで描いたのも、自活する女性にとってカネがいかに大事かを知っているリアリズム感覚ゆえとのこと。
さて、柳町(神田川の最河口、「浅草橋」あたり)の芸者置屋を舞台にしたこの物語。厳しい現実を前に没落する置屋を、女性たちの悲哀や労苦を軸に、実に静かに淡々と描いていきます。
主演は芸者置屋の女将『山田五十鈴』。
助演が置屋のお手伝い『田中絹代』。
脇を固めるのが、女将の娘『高峰秀子』、年増の芸者『杉村春子』、若い芸者『岡田茉莉子』。そして山田の先輩にあたる別の置屋の女将を演じたのが、既に一線を退いていた当時の往年の大女優『栗島すみ子』。
彼女たちは誰も悲劇のヒロインを演じたりはしません。金策に走ったり、昔の男との再会にひととき胸をときめかしたり落胆したり・・・周囲に細かい気を配りながら生きている。しかし、時代は変わっていくし、彼女たちも歳をとっていく。
女優たちの存在感はさすがです。過剰な芝居はありません。
映画ではいつも脇役の杉村はやはり抜群に巧いし、山田の女将ぶりも見事。驚いたのは栗島の貫禄。どこかでかすかに見覚えのある栗島の表情は印象的。
彼女たちの共通点は、「美人女優」というレッテルとは無縁の自立する女役者であったということ。
本作は、成瀬監督の女優たちへの優しい視線を感じさせてくれる映画です。
PS
私は成瀬監督の映画は余り観ていません。まだ、その良さを十分理解することも、感じることもできていないように思います。
これから、成瀬監督の作品をもう少し観てみるつもりです。
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