生きる (1952)
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何かが変わる!
2008/05/05
by
星空のマリオネット
黒澤明監督の映画のレビューを書くのは、これが初めてです。
黒澤作品については学生時代には人並みに観てはいたのですが、それ以降は新作を何本か観たほかは、「七人の侍」をたまたま数回観る機会があった程度です。私の場合、黒澤作品の熱心なファンとは言えません。
それでも、学生時代に観た黒澤映画の中で強く印象に残っている映画が何本かあります。「羅生門」「生きる」「用心棒」の3本。
「羅生門」については映画理論等の新書本にもよく紹介されていたため知識先行の状態で観ましたが、「生きる」と「用心棒」については特別の情報なく白紙の状態で観て、これは面白いと素直に感じました。
特に「生きる」については心を強く動かされたという記憶が残っています。ただ、当時は私はまだ学生で仕事を持っていなかったので、この映画のリアリティーについて十分理解できていた訳ではありません。
実は、私自身は、黒澤作品を覆っているギラギラした濃さや重さが少し苦手だったので、意識的に遠ざかっていました。
今回もう一度観てみようと考えたのは、最近、黒澤監督を取り上げたTV番組が放映されていたり、この映画生活のサイトでも黒澤作品への投稿が目立つようになったりしているのが、そのきっかけです。
さて、二十数年ぶりに「生きる」を観て、良かったです!
上述のTV番組に登場したある監督が、この映画を観たあと「何かが変わった!」と感じられる映画だと評していたのですが、そのとおりだと思います。
冒頭から中盤そしてラストに至るまでその構成は見事ですし、ちょっと芝居じみた登場人物たちの誇張されたリアリティーも素晴らしい。優れた演劇を観ているようでもあります。
市役所の人間模様。呆然とした主人公の夜の街での放蕩ぶり。孤独から逃げたいが故の天真爛漫な若い女性との他愛もないひと時の発展性のない繰り返し。悲しいほど実感できる・・・
公園作りに奔走する志村喬の鬼気迫る演技に一瞬の緩みもありません。
黒澤監督の、お役所(サラリーマン)社会、否、組織における人間というものを観察する彼の眼の鋭さ確かさには舌を巻くしかありません。
自分自身の在り様を激しく問いかけてくる、力のある映画です。
ラストシーンはやはり孤高の黒澤明!
PS
黒澤明の映画は「男の映画」であり「豪傑の映画」(注1)という評があると思います。
例えば「七人の侍」は圧倒的に男性ファンからの支持が強い。
男性の方がアクション映画や西部劇等を女性よりも好む傾向はあるでしょうが、名作と評価されている作品の中で、これほど男女による評価格差のある作品は他にほとんどないようです(注2)。
女性の観客からの評価が相対的に低いのは、黒澤作品が「女性」をほとんど描かないという理由ばかりではなく、ギラギラした豪傑像や物語に女性が共感しにくいという点があるのだと想像しています。(女性的な視点に欠けているのかもしれません。)
(注1)
映画には弱虫(等身大の人間)を描く映画か、豪傑(背伸びした人間)を描く映画しかなく、黒澤映画は日本には数少ない「豪傑の映画」だと言ったのは、作詞家阿久悠です。(NHKの番組より)
(注2)
IMDbのベスト250にランキングされている映画のユーザーレイティングの詳細を確認してみたところ、「七人の侍」は10点満点で男性が8.9(投票者49千人)、女性が7.5(投票者4千人)、平均が8.8点で第10位。日本映画で最高の順位です。
(因みに「七人の侍」の前後につけている作品は9位「カサブランカ」(男8.8、女8.7)、11位「スターウォーズ」(男8.8、女8.6))
しかし、「七人の侍」は男女格差が1.4ポイントもあります。1ポイント以上格差のある作品は、ベスト250にランクインしている作品の中では、黒澤監督自身の作品(「用心棒」や「乱」の男女格差は1.5ポイント)を除くと、他にほとんど見つけることができません。
なお、女性の方が高い点数をつけている映画には、「アメリ」(男8.5、女8.8)やランキング外では「ピアノ・レッスン」(男7.3、女7.8)等があります。
(採点に関しては概して女性の方が厳しく、女性の方が高い点数をつけている作品の数は相当に少ない。)
世界中の映画ファンの投票による集計値での議論ではありますが、黒澤作品についてのみ表れる男女格差の大きさは、驚くほど特徴的な結果です。
3人がこのレビューに共感したと評価しています。
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黒澤明ファンの女です
2008/05/05 by
メイプルタウン
「星空のマリオネット」さん、おはようございます。いつもながら情感溢れる文章を読ませていただいております。黒澤明監督はジョン・フォード監督の弟子であり、また代表作「七人の侍」をリメイクした映画「荒野の七人」のジョン・スタージェス監督や、「用心棒」のリメイク映画「荒野の用心棒」のボブ・ロバートソン(セルジオ・レオーネ)監督も女性を描くことが上手くありませんね。
このことは「牧坂満」さんが「大脱走」のレビューで書かれてあり、西部劇ファンの「夢寝由来」さんが絶賛されています。
「羅生門」、「用心棒」の2本はBS・NHK放送によって鑑賞することが出来ました。用心棒の三十郎は「荒野の用心棒」の名無しの主人公同様に、お金に固執するところが、女性一般には受け入れられにくいと思いますが、私や私の周囲の女性は認めています。二本の作品共に最後には人間性を回復させてくれるからです。正悪混沌とした
世界で生き抜くには、彼らのように精神的にも肉体的にもタフであり、僅かであっても正が悪を凌ぐ心があれば充分なのです。事実、桑畑三十郎は街のやくざから巻き上げたお金を全部、三人の家族に渡してしまいます。それは地面に投げ捨てるようにされるのですが、それは三十郎のテレなのですね。
「生きる」は未だ観ていませんが、宮崎駿が、ワンショト、ワンショトの画面が絵画であり、主人公の心情や“直ぐやらない”役所の雰囲気を一目で見せるワンショットの力を絶賛していました。
これからも「星空のマリオネット」さんのレビューを楽しみにしています。 -
私なら治療を拒否し飲み続ける
2008/05/05 by
夢寝由来
> 黒澤明監督の映画のレビューを書くのは、これが初めてです。
星空のマリオネットさん、途中までストーリーを入力しておきました。
邦画の好み特に旧作に関しては黒澤明支持派と小津安二郎or木下恵介支持派に大きく分かれるのではないか?と思っています。
脱線しますが、映画をビールや刺身の如き物として捉え“新鮮なうちが華で泡が抜けたら=時間が経てば色あせる”という方々も居るでしょうが私はワインか蜂蜜のように保存状態が良ければ何時でも良いと思っています。
本題に戻ると私は100%黒澤派ですが本作に関しては小津派や木下派のファンにも受け入れられるのではないか?と思います。日本の評論家たちは大半が小津&木下派のように感じます。彼らの文章は黒澤映画アクション物に関してはテキスト通りの内容しか伝わって来ません。
「七人の侍」はジョン・フォード的なスケールの大きい活劇、「隠し砦の三悪人」は「スター・ウォーズ」に影響を与えた、「用心棒」はスピードと音の迫力で時代劇の流れを変えた等々…。素人でももっとマシな事がかけるのに、彼らは黒澤明をヒューマニストと定義しているのです。
前置きが長くなりましたが彼らは基本的に小津派か木下派が多く黒澤映画の本質(メイプルタウンさん指摘の「用心棒」三十郎の荒っぽさに秘めた優しさ)を見落としています。しかしそんな彼らが無条件で誉めるのが本作と「赤ひげ」です。
逆に私は本作と「赤ひげ」は黒澤の別の面を見せていると同時にクールでドライな都会派の東宝らしくないとうか、むしろ田舎の井戸端会議的な松竹っぽい空気を感じるのです。
自分が渡辺勘治みたいな状況に置かれたらああいう行動(他人の為=自分が生きた証)が取れたとはとても思えませんね。
追伸:友人に高校生の時にリバイバルの本作を見て医者を心ざした男がいます。 -
Re: 何かが変わる!
2008/05/05 by
星空のマリオネット
★ メイプルタウンさん、こんにちは。レスありがとうございます。
確かに男っぽい映画を得意とする監督、いますよね。
私は西部劇を余り観ませんし、ジョン・フォードやジョン・スタージェスの映画も数本しか観ていないので、詳しくはありません。
ご存知かもしれませんが、やはり男っぽい映画を撮るジョン・ヒューストン監督には「黄金」(1948年)という傑作があります。これはハンフリー・ボガードら3人の男が黄金(カネ)を求めて狂気する部分がある映画ですが(ボガードは汚らしいどうしようもない悪役を演じています。)、その凄まじさや徹底した演出力の確かさは黒澤明に通じるものがある素晴らしい映画です。
ほとんど男しか登場しない映画でカネを巡る物語ですが、しかし、男女双方から高い支持を受けているのです(IMDbのユーザーレイティングでは、男8.5 女8.4)。
二人の違いはどこにあるのでしょうか。
ヒューストンの映画がどこかカラッとしていて底辺に楽観的な空気が流れているのに対し、黒澤の映画は湿度が高くペシミスティックな空気が流れているように思うのです。
マカロニ(スパゲッティ)ウェスタンにも影響を与え、アメリカの西部劇などと相互に影響しあった黒澤映画ですが、アメリカと日本の風土の違いが根本には横たわっていたように思います。「砂漠」と「雨」の違い。
また、ヒューストンの孤高の男達には女性に惚れられるような雰囲気があるのに対し、黒澤映画の孤高の男達にはそれが乏しいように感じます。例えば三船敏郎には可笑し味(おかしみ)はありますが、可愛げ(かわいげ)には欠けているというか。
答えになっていないかもしれませんが、どの黒澤作品も各世代の女性から押しなべて評価(人気)が低い原因は、女性を描かないということ以外に、その辺にもあるのではないでしょうか。
なお、足元の確認を忘れていたのですが、「生きる」のIMDbのユーザーレイティングは8.1点で237位。男性が8.2点であるのに対し女性は5.7点となんと2.5点の格差がありました。不気味にも見える濃度の高い志村喬の演技や、彼を取り巻く功利的で無気力な人々(社会の中で生存しようとするうちに、そうなったしまった人々)を受け入れることができなかったということかもしれません。
別に男性と女性を区別しようという趣旨があるわけではなかったのですが、黒澤映画の持つ大きな特徴だと考えたので取り上げてみました。もちろん、男女差同様、個人差も大きいので、この傾向に当てはまらない方もいらっしゃると思います。ご容赦下さい。
映画生活に参加されてまだ間もない「メイプルタウンさん」の、勢いのある作品レビューやフリートークを楽しませてもらっています。ご意見をいただいてまだレスできていないものもあるので、また返信させていただきます。
今後ともよろしくお願いしますね。
★ 夢寝由来さん、こんにちは。
>映画をビールや刺身の如き物として捉え“新鮮なうちが華で泡が抜けたら=時間が経てば色あせる”という方々も居るでしょうが私はワインか蜂蜜のように保存状態が良ければ何時でも良いと思っています。
という夢寝さんのご意見はそのとおりだと思います。いい言葉ですね。
ただ、夢寝さんは評論家(映画批評家)のことを度々取り上げていらっしゃいますが、この点について言うと私は余り興味がありません。どうでもいいと言うと言い過ぎかもしれませんが・・・
因みに、ファンの方には申し訳ないですが、私は木下恵介監督の作品の良さはどうも理解できないのです。自分自身に欠けているものがある証左という面もあると考えています。
それから、小津安二郎監督の作品では、初めて観た「晩春」や「東京物語」の印象は大変強く好きな映画です。ただ、小津監督の美意識には少し馴染めない部分もあります。
巨匠といわれている日本の監督の作品では、溝口健二の初期(戦前)の作品が一番好きです。「残菊物語」なんて最高だと思います。一方、戦後の最盛期の映画(「雨月物語」など)は様式美が前面に出すぎているような気がして、いまひとつ好きにはなれません。海外の映画賞をターゲットに置き過ぎているようにも思います。
それから、黒澤監督の「生きる」。この映画の持つ「力」は素晴らしいと思っています。ある意味「孤立」した力です。たとえ多くの人から評価されなくても、思いを同じくする人、理解してくれる人は僅かかもしれませんが確かにいると思います。人のために自分を犠牲にしている訳ではなく、価値があると信じるものに向かって自己実現するために無我夢中になるという力です。
「生きる」は黒澤監督自身を表現している孤高の映画でもあると考えています。
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