一番美しく (1944) »レビュー

国威発揚映画でありながら反戦思想溢れる名画

90点 2008/05/09 by 牧坂満

 大東亜戦争末期に製作された映画であり、情報局選定の文字“撃ちてし止まむ”が冒頭に出てきますが、単なる戦意高揚映画に堕落してはいません。冒頭は40歳前の志村喬演じる朝礼の演説放送からスタートします。場所は神奈川県平塚市にある現・ニコンのレンズ製造工場であり、このシーンだけで現在の北朝鮮を想像してしまいました。

 古き良き時代の日本の礼節が描かれており、女子挺身隊の女工たちは、地方から出て来る際に故郷の土を持参しており、女子寮の壁には両親の写真を飾って、朝夕挨拶をするのです。

 黒澤明監督は、そんな中にあって、一心不乱になって純粋なものを追い求める彼女たちを暖かい眼差しで見つめているのです。また、検閲との軋轢もあったと思われる中で、ヒロイン渡辺つるを演じる矢口陽子の想像世界で撃墜される戦闘機をフラッシュバックさせたり、大戦末期で玉砕していった戦場名を字幕で表現しているのですから黒澤イズム健在といっていいでしょう。

 後の「椿三十郎」で鷹揚な演技を見せた、入江たか子の美しさに驚きましたが、黒澤明監督が本物の気品を求める姿勢がここにあります。入江たか子も「酔いどれ天使」の久我美子も元・貴族階級の出身であり、ルキノ・ヴィスコンティが映画「山猫」の舞踏会に貴族を結集させたことを思い出し、両巨匠の本物への拘りを垣間見た気がします。

 雪深い東北地方の寒村に女工の鈴村を迎えに行った寮母が鈴村の笛の音を聞き届けるシーンが秀逸であり、別のトークコーナーで“夢寝由来さん”が語っておられる“雪が印象深い映画”として投稿したい位の見事なシーンでした。「彼女たちの手は霜焼けだらけよ」のセリフが象徴するように、大戦下にありながら反戦映画としても充分に通用する不朽の名画です。

 【NHK・BS第二放送】鑑賞

 

 

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