サード (1978)
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ドキュメンタリーのような清冽な外光!
2008/05/16
by
星空のマリオネット
「サード」・・・映画の幕開き、スクリーン(と言ってもテレビ画面)に映像が灯ったその瞬間、30年近く前の名画座の暗闇にタイムスリップしたような錯覚に襲われました・・・
日本映画、外国映画を問わず、自分が特に好きな名作(最近見直した映画で言えば、「ディアハンター」や「生きる」等々)を久しぶりに観ても、このような感慨を抱いたことはかつて一度もなかったのに。
実は「サード」という映画が、特に好きだった訳ではありません。
しかし、当時まさに同時代で観た日本の青春映画たちに対する記憶が、その映画を観ていた頃の自分の状況と一体になって身体の奥底に巣くっているのかもしれません。映画を観た時の不可解な感覚、不安感、違和感・・・映画と自分とが、心のどこかで共鳴していたんだと思います。
さて、「サード」のこと。
監督は東陽一、脚本寺山修司、撮影川上皓市、幻燈社=ATG作品。1978年の映画賞を多数獲得。永島敏行や森下愛子(現、吉田拓郎夫人)がブレイクした作品でもあります。
人を殺し少年院に入れられた高校生のサード(永島敏行)の心象風景と回想、そして少年院での規則正しい日常生活と土のグラウンドをひたすら走る姿から構成されたこの映画。
彼をとりまく少年院の少年たちが微妙に個性的でリアル。
少年院の中では、規則正しい清掃、労働、運動、風呂に、旺盛な食欲と性の妄想。
妙に物分りのよさそうで、不良少年のことを気にかけている素振の自己満足な大人たち。
少年少女たちはそれぞれの生き方を選択する。
回想シーン・・・少年二人と少女二人の高校生四人組。この退屈な町を飛び出すための無邪気で危険な資金稼ぎ。少年少女たちの幼い性。汚いアパートの裏庭でシャドーピッチングを繰り返す少年サード。少女が戻ってくるのをひたすら待っている。大人の世界に取り込まれるのを拒絶する。
ドキュメンタリーのような清冽な外光。
対象から一歩距離を置いた描写。
渾然一体となった幻想的な音楽と音。
鮮烈なイメージの断片。
(監督もカメラマンもドキュメンタリー出身だそうです。)
不安と焦り。ゴールを見失っても、自らの意志の力で走りつづけたい。
推奨しにくい作品ですが、なかなかの映画だと思います。
PS
永島敏行は精悍で素朴。森下愛子の乳房は果実のよう。
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