さとう珠緒
人物情報
- 最終更新:
Jun-Yuki
| 人物名 | さとう珠緒 |
|---|---|
| 人物名英語 | Satou Tamao |
| 公式サイト | |
| 生年月日 | 1973-01-02 |
| 性別 | 女 |
| 血液型 | A型 |
| 国籍 | 日本 |
| 出生地 | |
| 出身地 | 千葉県船橋市 |
| 現住所エリア | |
| 出身校 | 千葉県立船橋北高等学校、武蔵野外語専門学校卒業。 |
| 身長 | 156 cm |
| トリビア |
人物紹介
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Jun-Yukiさんより (2007-12-20 10:15:18)
公式プロフィール上では1974年1月2日生まれであるが、何度か変わっている。さとう自身がTOKYO FMなどJFN系列の番組「明石家さんまのG1グルーパー」に出演した際、かぐや姫の「赤ちょうちん」が昭和48年(1973年)の曲という事を知った時に「私が生まれた年だ」という発言をしてしまった事で実年齢が知られてしまい、後に所属事務所の社長の指示でプロフィールでは1歳サバを読んだとコメント(2007年7月8日放送のテレビ朝日系列番組「ホリプロタレントスカウトキャラバンスペシャル すっぴん」でもほぼ同趣旨の発言をしている)しており、1973年1月2日が正しいとされる。テレビ朝日「女優&女子アナ衝撃顔も心も…メーク厳禁素顔出演!!」に出演した際も本人が丑年生まれであると発言している。さんまの紹介で知り合った大手広告代理店の社員と後日単独で会食し、自分の今後の展望などの情報交換をした。さんまをして、「この女はすごい。仕事を熱心にやりよる。抜け目がない。のし上がっていくのは絶対あのくらいの気力と情熱がないといけない」と言わしめた。後のほしのあきのエピソードでも、本人がこまめに自分を売り込む営業スタイルが注目されているが、本来マネジャーが行うマネジメントを極めて戦略的に行ったのは、女性タレントではさとうが始祖といわれる。 1988年、第7回ミスマガジン準グランプリ、第2回ミス・アクション準グランプリを獲得、本名で芸能活動を開始するも数ヶ月で一旦引退。高校卒業後は武蔵野外語専門学校で英語を学ぶ。1992年、桜 珠緒(さくら たまお)の芸名で、グラビア誌すッぴん7月号の巻頭を飾る。以降も、同誌グラビアに登場。なおすッぴん初登場は同年5月号であり、この号では本名の佐藤珠緒を芸名にしている。1993年、珠緒の芸名にて、篠山紀信撮影によるヌード写真を週刊誌に発表。1995年、テレビ朝日系のスーパー戦隊シリーズ『超力戦隊オーレンジャー』に丸尾桃(オーピンク)役でレギュラー出演。この頃まで一年以上仕事がほとんど無い状態が続き、オーレンジャーのオーディションに落ちたら芸能界を辞めようと決心していた事を、後に本人が語っている。1996年、『出動!ミニスカポリス』の初代ポリスとして活躍。これら二つの番組を通して幅広い年齢層からの支持を受け現在に至る。 この頃から週刊誌や青年コミック雑誌等を中心にグラビアアイドルとしての活動も盛んとなる。小柄な体格にはミスマッチな巨乳を武器に、多数の誌面を飾り、1990年代後半から活発化するグラドル黎明期の一翼を担った。当時ファンだった奥田民生は、自身のライブ用の機材に彼女のグラビアの切抜きを片っ端から貼り付けていたというエピソードがある。なお、珠緒本人曰く現在のバストは当時に比べてやや縮んでしまったとのこと。1997年には社団法人日本雑誌協会より、第35回ゴールデン・アロー賞の放送新人賞を受賞。武蔵野外語専門学校で英語学んだ経験を生かし、ドラマやバラエティで英会話を披露したことがある。また競馬にも詳しく、フジテレビの競馬中継番組『スーパー競馬』に1997年1月から1999年3月はアシスタントとして、続く4月から2002年9月までは司会者として出演。祖父が船橋競馬場で厩務員をしていたこともあり、もともと競馬についての見識を持ち合わせていたもので、『スーパー競馬』の司会降板後も競馬関係者との親交は深く、雑誌で頻繁に予想をしている姿も見られる。スーパー競馬の歴代出演女性タレントの中で最高との評価もある。1997年3月10日にフジテレビが新宿区河田町から港区台場へ本社社屋を移転した際、河田町社屋からの最後の放送となった番組がさとう珠緒が単独で出演していた『中央競馬ダイジェスト』であったため、移転前のフジテレビで最後に出演したタレントにもなっている。長井秀和に『エンタの神様』等でネタにされたことをきっかけに、長井と共演することが増えた。2004年、週刊文春の「『女が嫌いな女』1000人アンケート」で、1位に選ばれる。しかしこのマイナスイメージを逆手に取り活動は更に活発化。頻繁にウルウル目をした過剰なぶりっ子を演じるキャラで活躍している。当人の弁によれば、目をウルウルさせて人を見つめるのは近視によるもの。なお2006年の同ランキングでは2位(1位は細木数子)で、3年連続の1位とはならなかったが、大抵同じ理由で上位ランキングされている。怒りを表すのに、両手を拳にして自分の頭の上に持っていきながら「ぷん! ぷん!」と言う。(一つの持ちネタギャグになっている)最近はバージョンアップし、自分の頭に持っていった拳を一気に相手の頭に持っていく「ぷん! ぷん! ビーム」というものも披露。さらに新技「ぷん! ぷん! プリンセス」も編み出し、笑いも取れるようになった。無類のブーツ好きとしても知られており、テレビ出演にはロングブーツを欠かさない。夏場にもロングブーツを愛用する。逆に、ミュールやスニーカーなどを履くことは少ない。芸能活動の出足が決してスムーズとは言えなかったためか、サインを求められると基本的には断らないなど、自分のファンの存在をとても大事にしていると言われる。笑っていいともなどでタモリと共演すると、タモリに真似される。料理はあまり得意ではなく、『愛のエプロン』では数々の迷料理・珍料理でジャッジマンを苦しめ、ワーストエプロン大賞グランプリを受賞したこともある。一度だけ奇跡的に特エプをとったこともある。同番組が水曜19時の枠に移行してからは、料理の腕を上げている。2006年3月21日OAの「ウリナリ芸能人社交ダンス部」でオリエンタルラジオ・中田敦彦とラテン1級獲得、準優勝した。死海の泥エステ目的でイスラエルに行ったり、インドへ一人旅をするなど、意外に行動的な一面も持つ。小沢真珠からは「珠姉(たまねえ)」と呼ばれている。2006年9月6日のcasTY(上っ面トーク)の配信にて料理対決に破れ、罰ゲームで30代での見事なメイド姿を披露。この写真は石田靖のブログにも掲載。(同年9月7日のエントリ)なお、「石田靖・さとう珠緒の上っ面トーク」は2007年10月24日にて5年間の幕を閉じ、配信終了となった。2006年11月20日よりアメーバブログ「珠緒のお暇なら見てよね」を開設。ロンドンハーツの「格付けしあう女たち」では「(人妻100人に聞いた)他人の夫を奪いそうな女」と言うテーマでワースト1となり、本来は反論すべき所だが、本人はこのイメージについては満更でもない様子だった。子どもの頃はバレエを習っていた。「超力戦隊オーレンジャー」のエンディング映像で華麗なカンフーアクションを披露しているが、「バレエをやっていたからなかなかきまってるでしょ」との弁がある。よく番組等で「結婚したい」といった発言が目立つが、また別の番組では「結婚することはあまり考えていない。紙切れ(婚姻届)とか法律とかで愛を縛るのはナンセンス。」などといっており、番組によって彼女の考えが錯誤している。これは、そのときの場の雰囲気、本人の気分、演じているキャラクターなどによって左右されている事を示しており、結婚に対するこだわりは、実はあまり無いと考えられる。以前医師に「ワインを飲み続けると『サロンばか(病名)』になると言われたことがある。お笑いが好きで特にラーメンズのファンであることを明かしている。
関連動画
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参加作品
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| 年 | 作品名 | 担当 |
|---|---|---|
| 2007年 | ブラブラバンバン | 出演 |
| 2005年 | ヅラ刑事 | 出演 |
| いらっしゃいませ、患者さま。 | 出演 | |
| 2004年 | 釣りバカ日誌15 ハマちゃんに明日はない!? | 出演 |
| GODZILLA FINAL WARS | 出演 | |
| 2003年 | 銃声LASTDROPOFBLOOD | 出演 |
| 釣りバカ日誌 14 お遍路大パニック! | 出演 | |
| 2002年 | 釣りバカ日誌 13 | 出演 |
| ミスター・ルーキー | 出演 | |
| 自殺サークル | 出演 | |
| 2000年 | とび★うぉーず | 声の出演 |
| 聖石傳説 | 出演 | |
| 1997年 | シャ乱Qの演歌の花道 | 出演 |
| ----年 | ピカレスク 人間失格 | 出演 |
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