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		<title>『殯(もがり)の森』新着情報</title>
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		<description>『殯(もがり)の森』に関するニュース・懸賞情報・クチコミ情報を「映画生活」よりお届けします</description>
		<dc:date>2008-10-13T09:46:54+09:00</dc:date>
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	<item rdf:about="http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/403850/">
		<title>[レビュー]恐るべき映画 ★★★★★への返信: Re: 恐るべき映画</title>
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		<description>
		まぁ、私はずいぶん感銘を受けたので、『「感情が上手く外に出せない人物」を演出として上手く表現』されてると思うし、これ以上の説明は邪魔になると感じてます。

わたくし事なんですが、例えば『タクシー・ドライバー』を20歳頃に観た時は、さっぱり意味の分からない映画だったのですが、20代後半に見た時は、「なんて分かりやすい映画なんだ…」と思いました。同じ経験を何本かの映画でしました。

逆に、昔は面白く思えた映画が、くだらない映画に見えたり、よく出来た映画だなと思えた映画が、あまり完成度の高くない映画に見えるようになったり。

映画鑑賞歴とか、人生経験で、見る力というものは変化していくものですから、「殯の森」を良いと感じられなかった方も、十年後ぐらいにもう一度見てみることをお勧め致します。



私見ですが、「殯の森」を見る場合は、『起こらなかったこと』に気を配って見るのが良いのじゃないかと思います。

例えば、亭主が死んだ子供のことでキレて花瓶（だったかな？？）を投げつけるところ、普通の女性なら「私だって悲しいの！」とかなんとか、感情をあらわにするはずのところですが、彼女は感情を少しも出さずに全て飲み込んでいる。

「当然あるべき感情表現がなされない」という部分に注目し、その表現されなかった感情のエネルギーの残りカスが、全て、彼女の中に蓄積されている…と想像しながら、感じながら、「ああいう生き方、辛いだろうな…」と思いながら見れば、より理解出来るかもしれません。

彼女は、息子が死んでから今までの間に、その悲しみを表現する時間を少しでも持てたのだろうか…と想像してみたり。

そうすれば、一見突飛に見える感情表現の『必然性』が見えてくると思いますよ。

私の場合は、「あ…、やっと悲しみが外に出せた…。よかったぁ…。」ぐらいに思いました。「これでやっと『再生』に向かえる」と。
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		<dc:subject>レビュー</dc:subject>
		<dc:date>2008-08-29</dc:date>
	</item>
	<item rdf:about="http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/402861/">
		<title>[レビュー]理解できるが響いてこない ★★★</title>
		<link>http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/402861/</link>
		<description>
		万人受けする作品ではありません。映像も話もまさに「殯」を表現するためだけに存在しています。それは理解できました。しかし、心には響いてきませんでした。私は、静かな、深く、重い邦画が好きなので、見ていて飽きない作品ではありました。
		</description>
		<dc:subject>レビュー</dc:subject>
		<dc:date>2008-08-28</dc:date>
	</item>
	<item rdf:about="http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/396759/">
		<title>[レビュー]恐るべき映画 ★★★★★への返信: Re: 恐るべき映画</title>
		<link>http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/396759/</link>
		<description>
		nihoncha2001さん

こういうのってさ、作品の擁護者が必ずやる責任転嫁だよね。
今さら珍しくもなんともないけど、まだこういう詭弁に
頼るわけ？批判者は「独りよがりにしか見えない」と
明確に書いてるよね？どこが独りよがりじゃないかを
具体的に釈明するのは、擁護者の方の責任だよ。
その釈明で批判者の考えを能動的に変えるのが筋でしょ？
だって批判者にとって「独りよがり」は自明の理で、
太陽が東から昇るのが当たり前のようにこの映画は
「独りよがり」なわけよ。それを覆したかったら相手が
納得するだけの反証をあなたたちが提示しない限り
「だって普通に独りよがり」で全然通用するぜ？
ここの評価や世間一般の風評でも「独りよがり」は
別段この映画の評価に関して一般の世論から外れた
批判じゃないからね。カンヌですら審査に変な操作が
あったって有名な話なわけだしさ。

製作者や作品の擁護者がきっちり「独りよがりじゃない」と
納得させるものを提示できればいいだけのことだよ。
批判者は痛くも痒くもないんだよ。この作品に思い入れ
なんかないからね。あるとすれば擁護者の屁理屈が
鬱陶しいなあメンドクサイなーってだけのこと。
でも擁護者はこの作品に対して批判者やここでの
「誤解」をといてあなたたちが考える「正当な評価」を
してもらいたいんでしょ？だったら相手に煩雑な作業を
押し付けずに自分たちからぐうの音も出ないほど完璧な
反証を提示して相手を納得させるしかないよ。
相手から何か引き出そうとか矛盾や疑問点を追及したって
そんなの揚げ足取りにしか見えないから納得も共感も
論破も出来ないよね。印象や感情の話をこんなレベルの
安い屁理屈でやり込められるわけないじゃん。
楽しようとしたって通用しないよ、ちゃんとやりな。
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		<dc:subject>レビュー</dc:subject>
		<dc:date>2008-08-12</dc:date>
	</item>
	<item rdf:about="http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/396763/">
		<title>[レビュー]恐るべき映画 ★★★★★への返信: Re: 恐るべき映画</title>
		<link>http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/396763/</link>
		<description>
		河瀬監督が「感情が上手く外に出せない人物」を演出として上手く表現できていればここまで批判はなかっただろう。しかし、実際は、感情が上手く外に出せないのではなく、感情表現が突飛で説明不足なので、観客から共感できない人物を創出してしまった（そういう人物しか描けなかった）から批判されているのに、批判に対して、作り手側の演出力ではなく、観客の理解力や感性の鈍磨のせいにしてしまったら、やはりそれは作り手として、怠惰で高慢であると言わざるを得ない。自分の主観を絶対視して、相手の感性を吟味審査するような驕った姿勢ではなく、自分の感性や考えを相手に十分に提示して理解や共感を得ようとする謙虚な姿勢でなければ、批判を覆し評価を得ることはなかなか、ままならないのではないか。議論の目的は、相手を言い負かすことではなく、相手の賛同を得ることこそ第一に考えなければ、どんどん本質から外れ罵詈讒謗の罵り合いに堕してしまう。心して臨んでいただきたい。
		</description>
		<dc:subject>レビュー</dc:subject>
		<dc:date>2008-08-12</dc:date>
	</item>
	<item rdf:about="http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/396238/">
		<title>[レビュー]恐るべき映画 ★★★★★への返信: 通行人さま</title>
		<link>http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/396238/</link>
		<description>
		通常の商業映画の『主役』というのは、感情表現のハッキリした人物が選ばれます。

何故かというと、「わかりやすい」からです。かつ、「感情移入しやすい」わけです。観客の理解を得やすい。

で、そういう人物というのは「他人と関係を結ぶことに向いている人物」です。もしくは感情的になって誰かとぶつかったとしても、「感情を外に出せる」というそのことだけで、「理解してくれる他の誰かが見つかりやすい人物」であるとも言えます。



しかし河瀬監督にとって気に掛かった人物像は、「感情を上手く外に出せない人物」なわけです。言い換えれば、商業主義からこぼれ落ちてしまいがちな人物。あまり描かれることのない人物。

現実世界においてこういった人は、本人の感情表現が少ない分、悲しみや苦しみを背負っていても、誰にも理解されない可能性が高い。かつ、苦しみに気付いてくれた誰かに対しても、自分の思いを上手く伝えることが出来ない。自然、他人とつながる事が出来なくなり、誰にも理解されないまま、心が『孤立』してしまう…。

こういった人に『救い』はあるのか…ということが河瀬監督のテーマであったと思います。

そして、その『テーマ』のしばり中で、とても素晴らしい成果を上げたと言えると思います。



そういった、「誰からもかえりみられないような存在」に対して『理解や希望を真摯に示そうとした』…ということだけで、「単に独りよがり」だという批判は的外れだと言えると思います。「単に独りよがり」な人は、苦労してそういう人物を描こうとは思わないと思います。


批判をするのであれば、「感情を上手く表現できず、且つ、『息子の死』という苦しみを背負った人物」という前提を外さない形で、「こうすれば、より良くそういう人物の理解に到達出来たはずだ」という形で批判すれば、河瀬監督の為にもなろうし、正当な批判であると言えると思います。

その前提を踏まえない形での批判は、単に「『感情を上手く表現できず、且つ、苦しみを背負った人物』なんて描かなくていい」と言っていることになります。「そんな人物、理解したくない」と。


前提を踏まえた批判、「こうすれば、より描こうとしたことがハッキリしたはずだ」「このシーン、このセリフの為に、全体のバランスが壊れている」「あの人物に、この行動、このセリフはおかしい」といった批判を、是非、お書きになってください。読みたいです。
		</description>
		<dc:subject>レビュー</dc:subject>
		<dc:date>2008-08-10</dc:date>
	</item>
	<item rdf:about="http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/395760/">
		<title>[レビュー]恐るべき映画 ★★★★★への返信: Re: 恐るべき映画</title>
		<link>http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/395760/</link>
		<description>
		&amp;gt;&amp;gt;大切な人を亡くして心が孤立している魂がつぶさに描かれているのに、
「わからない。ストーリーがない」で済ませてしまえる感性が
多数派を占めているという現状

多数からそういう批判が出ているということは、「大切な人を亡くして心が孤立している魂がつぶさに描かれている」というより、単に独りよがりにしか見えないと指摘されているということなのに、歩み寄って問題点の指摘を前向きに吟味して省みることもなく、全て「多数派」の感性に問題があるかのように思考停止して議論を避け、上から目線で現状を慨嘆する、つまり批判を受け止めようとしない、そうした支持者の態度や考え方が、この作品の評価を下げているような気がする。
		</description>
		<dc:subject>レビュー</dc:subject>
		<dc:date>2008-08-09</dc:date>
	</item>
	<item rdf:about="http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/395757/">
		<title>[レビュー]恐るべき映画 ★★★★★への返信: 素子様命さま</title>
		<link>http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/395757/</link>
		<description>
		〉おっしゃりたいことは
「非常に人を選ぶ映画である」
ということにつきるような。

という風に言っても別に間違いではないと思いますが、
それはそれで「NY金魚さんの言いたいこと」を、
切り詰め過ぎていて、
素子様命さん自身がおっしゃっていることに抵触している気がします。

「他人の感性が乏しいと言っている」かのごとく言うのはやめましょう。

と言ったって、間違ってないように思います。

私が要約するとすれば、
NY金魚さんの言いたいことは、

『魂が映り込んでいる数少ない映画の一つだ。
是非、観て、感じて欲しい』

ということに尽きるように思います


〉「映画に選ばれなかった側」を
感受性が乏しいかのごとく言うのは止めましょう。


で、私の目から見て、
『殯の森』を観て「つまらない」と切り捨てられる感性が、
つまり、大切な人を亡くして心が孤立している魂がつぶさに描かれているのに、
「わからない。ストーリーがない」で済ませてしまえる感性が
多数派を占めているという現状が、
今の社会を映しているように思えます。

つまりそのことは、
「他人が苦しんでいても、身銭を切って理解しようとする人が、ほとんど存在しないような社会」ということではないか。

苦しんでいる人に対して、
「苦しいなら苦しいで、ちゃんと分かるように説明しろよ」と平気で言ってしまえるような、
「私とは関係ない」で済ませてしまえるような感性が、
多数派を占めているということではないか？

そのことが気にかかるわけです。

つまり
「もちろん『自分自身』が一番大切な方には、一生分からない映画でしょう。」
という最初のレヴューの言葉はこのことと関連するわけです。

一種の挑発として、
河瀬監督に対する援護射撃としての言葉です。



〉ただその荒削りな直球加減にハマるヒト人はハマる

素子様命さんのように、
『荒削りさ』が、
多くの観客がハマれなかった理由だとしたら、
私としては嬉しいんですが…。



ま、確かに「洗練」しきれていない部分は、
沢山ありました。
事故のところなんて、チープでしたよね。
鉄砲水のカットも。

素子様命さんはきっと、
「カット毎の匂いの違い」みたいなものが、
気になったんじゃないでしょうか？

恐らくそれは「予算と時間」ということかもしれないです。

「息子のまなざし」なんて、
朝から撮り始めて夕方にやっとＯＫテイクが出る…
というような撮り方をしたようです。
つまりそれだけの時間とフィルムをかけられた。
つまりカメラワークも演技も「洗練」されやすい。

マイケル・ウィンターボトムの「ひかりのまち」という、
ドキュメンタリー的手法で撮った、
これまた素晴らしい映画がありますが、
ドキュメンタリーのカメラマンを使って、
100時間分のフィルムを撮影したそうです。
出来上がりの50倍以上。

恐らく『殯の森』の場合は、
そこまでの余裕は無かったんじゃないでしょうか？

ま、ヨーロッパの方が、
『作品』というものに理解があるんでしょう。
『殯の森』もフランスの資本が入っていたような…。
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		<dc:subject>レビュー</dc:subject>
		<dc:date>2008-08-09</dc:date>
	</item>
	<item rdf:about="http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/395142/">
		<title>[レビュー]恐るべき映画 ★★★★★への返信: Re: 恐るべき映画</title>
		<link>http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/395142/</link>
		<description>
		拝見しましたけど、
おっしゃりたいことは
「非常に人を選ぶ映画である」
ということにつきるような。

映画としての性質がそうである以上、
「映画に選ばれなかった側」を
感受性が乏しいかのごとく言うのは止めましょう。
momongahさんもNY金魚さんも、
結局は「そこ（映画を楽しめなかった側が
感受性に乏しい）」にこだわっておられます。

私は映画館に人が数人しかいないような、
理解者の少ない芸術映画も観に行くクチですが、
理解者の少ないものを観に行っている自覚がありますよ。

お二人が挙げられているような映画も観てますが
（「息子のまなざし」・キアロスタミ作品など）、
それは興味深くても、これはつまらないのです。
自分にはあれが分ったから
あれが分かった人にはこれも分かるはず、
というのも
そうそう他人には当てはまらないものです。
挙げられている映画は
「殯(もがり)の森」よりももっと
映画として洗練の度合いが高いように思われます。
（洗練と素朴に優劣をつける気はありません。
私は洗練のほうが好きなだけです。）

「殯(もがり)の森」は
やりたいこと・テーマ性も理解できるし、
その方向性に興味がないわけでもないが、
監督の語り口や技法が空回りしているように思え、
私には「神（仏でも魂でも可）が降りてくる」
体験ができませんでした。

ただその荒削りな直球加減にハマるヒト人はハマる、
そんな映画かと。
		</description>
		<dc:subject>レビュー</dc:subject>
		<dc:date>2008-08-08</dc:date>
	</item>
	<item rdf:about="http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/395033/">
		<title>[レビュー]恐るべき映画 ★★★★★への返信: Re: 恐るべき映画 　NY金魚「殯の森」に連なる森</title>
		<link>http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/395033/</link>
		<description>
		momongah様
そしてリプライされた素子様命様
この映画に関しての正当な評論がたいへん少ないので、あちこちを捜していましたら、ここに出逢いました。僕もおふたりの意見に共感することがとても多いです。どうもありがとうございました。
とてもながいエッセイなのですが、自分のブログ・NY金魚に「殯（もがり）の森」に連なる森」
http://nyckingyo.exblog.jp/8340793/
と題して書きました。河瀬監督にも読んでいただいたので、お時間があればお立ち寄りください。
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		<dc:subject>レビュー</dc:subject>
		<dc:date>2008-08-08</dc:date>
	</item>
	<item rdf:about="http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/395143/">
		<title>[レビュー]恐るべき映画 ★★★★★への返信: 追伸</title>
		<link>http://www.eigaseikatu.com/imp/18316/395143/</link>
		<description>
		「荒削り」「素朴」

河瀬監督はもうそれを魅力としていてはいけない年数、
映画界に身を置いておられないか？

それもこの映画を高く評価しない理由でもあります。
フィクション映画を今後も撮るつもりなら、
過度のドキュメンタリー的手法への傾倒を
自覚的に抑制した作品をそろそろ見せてもらいたいですね。
それほど商業的作品でなくて構いませんから。
		</description>
		<dc:subject>レビュー</dc:subject>
		<dc:date>2008-08-08</dc:date>
	</item>
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