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		<title>『酔いどれ天使』新着情報</title>
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		<description>『酔いどれ天使』に関するニュース・懸賞情報・クチコミ情報を「映画生活」よりお届けします</description>
		<dc:date>2008-07-24T21:04:48+09:00</dc:date>
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		<title>[レビュー]スターウォーズの原点はこれかも？ ★★★★☆への返信: Re: スターウォーズの原点はこれかも？</title>
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		映画「ＳＷ」への発想に一度は驚愕しましたが、就寝するときにじっくりと思い出してみると、意外や、意外。…三船がルークに、志村喬がベン・ケノービに、山本礼三郎がダース・ベイダーに、さらに中北千枝子(見習い看護婦役)がレイア姫に見えてくるに共感。
黒澤明門下生のジョージ・ルーカスならば十分ありえる発想ですが、よくぞ提言してくれました。
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		<dc:subject>レビュー</dc:subject>
		<dc:date>2008-05-09</dc:date>
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		<title>[レビュー]スターウォーズの原点はこれかも？ ★★★★☆への返信: Re: スターウォーズの原点はこれかも？</title>
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		『隠し砦の三悪人』の１０年前である
『酔いどれ天使』にも、こんなルーツが考えられたとは。

んまあ、主人公と仲間の男１人、特殊な境遇の女１人、敵の男１人。
よくある王道パターンと言えばそうかもしれない。
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		<dc:subject>レビュー</dc:subject>
		<dc:date>2008-05-09</dc:date>
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		<title>[レビュー]混沌の中に秩序が萌芽するエンディング ★★★★★</title>
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		<description>
		　終戦直後の東京を舞台に、混沌とした世界に生きながらも、対照的な人生を歩む“やくざ”松永（三船敏郎）と“女学生”（久我美子）を描いた名作であり、後に東映が、医師に同じ志村喬を起用、鶴田浩二のやくざに反する生き方をする少女役に本間千代子をキャスティングした「暴力団」という映画を撮ったほど、衝撃的な映画でした。

　戦後、社会に順応出来ずにアプレゲール（自暴自棄的傾向）に陥る者が多かったのは、同じ黒澤作品の「野良犬」や、深作欣二監督の「仁義なき戦い」でも描かれていますが、黒澤明監督は、やくざ＝暴力・否定のメインテーマを重要視、暴力に訴える人間の末路が如何に惨めであるかを描いています。映画画面の中心に居座るような、どぶ池には油が浮き、メタンガスが発生し、生活ごみが投棄されており、画面を見ているだけで、腐臭すら感じさせられます。

　地廻りの顔役だったやくざの松永は肺病を病んで、志村喬扮する飲んだくれの医師の真田に“お前の肺はこの沼みてえなもんだ”と忠告されるのです。そのどぶ池には水死体のように膨張した人形が廃棄されていて、うらぶれた松永の心象風景を見事に表現しています。

　バイオレンスとニヒリズムの魅力をギラギラした野性味で演じる三船敏郎の強烈な個性が、主役である志村喬を圧倒していますが、仁義を信じるやくざ松永に対して、“仁義なんか悪党仲間の安全保障みいたいなもんだ！要は金だ！”と言い聞かせる台詞に、人間観察・批判の凄味すら感じさせ、自嘲するように哀愁を漂わせて笑う酔いどれ医師を演じている志村喬も見事な存在感といえるでしょう。

　「野良犬」でも同じ復員兵でありながら、一方は刑事として、また一方は犯罪者に落ちていく二人を対称的に描いていましたが、「酔いどれ天使」でも、同じ肺病に罹患しながらも真田医師の処方箋を遵守して、病気を克服していく女学生（久我美子）の姿が、混沌の中に秩序が萌芽する意味を表現しており見事なシーンです。本当に強い人間はどちらか！といった黒澤イズムの倫理観が溢れる名画です。

　そして、黒澤イズムと言っていい人間性の回復。ラストシーンで女給役の千石規子がみせた真心や、真田医師と女学生との邂逅には、ヒューマニズムと未来への希望を託して力強く生きていこうとするダイナミズムが感じられるのです。…黒澤明・没後１０年、若い世代にこそ観て頂きたい日本映画です。

　【国立近代フィルムセンター】劇場鑑賞
　【銀座並木座】劇場鑑賞
　【ＤＶＤ・マイコレクション】鑑賞
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		<dc:subject>レビュー</dc:subject>
		<dc:date>2008-05-09</dc:date>
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	<item rdf:about="http://www.eigaseikatu.com/imp/2634/358112/">
		<title>[レビュー]混沌の中に秩序が萌芽するエンディング ★★★★★への返信: 三船敏郎と鶴田浩二</title>
		<link>http://www.eigaseikatu.com/imp/2634/358112/</link>
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		　「夢寝由来さん」おはようございます。映画「暴力団」は小学校５年生の時期に叔父さんに連れて行ってもらった作品なのですが、多感な時期に鑑賞したので結構覚えているのです。私の父親に聞くと、「酔いどれ天使」での三船敏郎が演じたヤクザがあまりにも鮮烈だったので、東映映画が見事にこれをパクッたようです。但し、「暴力団」は東映でも二流の監督だった小沢茂弘なので、「酔いどれ天使」には遙かに及ばずの返り討ちに終わっています。

　映画「暴力団」は再度鑑賞する機会があったら投稿してみようと思っていますが、鶴田浩二扮するヤクザの見た目のカッコよさに憧れる子供たちが大勢登場することに眉を顰めた、志村喬医師がカッコ悪く死んでくれと要請する場面にあります。最初は反発する鶴田でしたが、警察に包囲される大団円で、子供たちの監視を察して、志村喬医師の言葉を実行するのです。

　アンチヒーロー像としては「酔いどれ天使」の三船ヤクザより、感情移入出来る鶴田ヤクザでした。
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		<dc:subject>レビュー</dc:subject>
		<dc:date>2008-05-09</dc:date>
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	<item rdf:about="http://www.eigaseikatu.com/imp/2634/358023/">
		<title>[レビュー]混沌の中に秩序が萌芽するエンディング ★★★★★への返信: 好敵手への影響と黒澤のケジメ</title>
		<link>http://www.eigaseikatu.com/imp/2634/358023/</link>
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		&amp;gt;後に東映が、医師に同じ志村喬を起用、鶴田浩二のやくざに反する生き方をする少女役に本間千代子をキャスティングした「暴力団」という映画を撮ったほど、

やはりそうですか！
鶴田浩二が高田浩吉主催の劇団員から映画界に身を投じるきっかけが本作による影響だからだと言われています。
鶴田は“三船に追いつけ追い越せ”を目標にしていたとも言われ松竹を離れた理由の一つに東宝で三船との共演だったそうで、計10本で実現しています。
確かに三船のハードに対して鶴田のクールな味は相乗効果になっています。
鶴田は結局、黒澤のお気に入り三船を追い越せず東映に移籍しますが、もし東宝に留まっていたら「用心棒」の卯之介役が鶴田だったかもしれません。そうなっていたら仲代達矢の運命も東映任侠映画も変わっていたでしょうが…。
黒澤明は本作で（三船がカッコ良過ぎて）ヤクザの惨めさを充分に描けなかったケジメを13年後の「用心棒」でやってのけたのだと思います。
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		<dc:subject>レビュー</dc:subject>
		<dc:date>2008-05-08</dc:date>
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		<title>[レビュー]全ての成功はここから（改訂版） ★★★★☆</title>
		<link>http://www.eigaseikatu.com/imp/2634/242463/</link>
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		黒澤映画は“三船に始まり三船に終わる”或いは“医者に始まり医者に終わる”と思います。
真田先生のキャラは黒澤の尊敬するジョン･フォード監督の「駅馬車」（1939)に登場した飲んだくれのブーン先生が原点にも思える。
「赤ひげ」の主人公は本作の真田医師を更にパワーアップした感じだ。
『泥の沼』は松永の肺の状態と当時の社会そのものを象徴している様に思える。
松永の唐突な暴力はハリウッド製のスラップスティック･コメディのノリでこれが当時大ウケだったのだろうと容易に想像できるしそれが本作を大ヒットさせる原動力にもなっているが松永がヒーローになってしまうと黒澤明の“ヤクザ否定”が成立しなくなるという矛盾を生じてしまう。
本来の主役である志村喬の真田先生が脇役の扱いになってしまった誤算があるが三船に大飛躍をさせたというメリットを重視して大目に見ましょう。
クライマックスで兄貴の山本礼三郎を討ちに行った松永が白いペンキまみれの見苦しいく又してもスラップスティック･コメディ調の乱闘を展開するが滑稽な筈のまるでコントのような絵柄が何故か悲しい。
東宝はその後1956年以降「暗黒街」シリーズをスタートさせるがそれに先鞭をつけた功績も大きい。
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		<dc:subject>レビュー</dc:subject>
		<dc:date>2008-04-19</dc:date>
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	<item rdf:about="http://www.eigaseikatu.com/imp/2634/348548/">
		<title>[質問議論]ポータブルＤＶＤによる車内鑑賞レビュー</title>
		<link>http://www.eigaseikatu.com/imp/2634/348548/</link>
		<description>
		今作の鑑賞ポイントとして、以下の２点に注目をしました。 


　　　【　　志村喬と三船敏郎のキャラクター付け　】 

　　　【　　「ドブ沼」の存在意味　】 



序盤では　 

　　　【　　志村喬と三船敏郎のキャラクター付け　】 

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 に興味を覚えました。 

カッコよかったのですよ。　　 誰がって？ 
志村喬がとってもカッコよかったのです。 

今作を鑑賞して、志村喬がギラギラしていることにとても大きな驚きを感じたのでした。実によく怒鳴って、よくケンカをする。まさに 

　　　　「現役」バリバリ 

のお姿を拝見することができるのです。 

一方の三船敏郎も役者人生の中でこれが一番のはまり役だ！。と断言をしてしまうほどに素晴らしく、危険な香りを発散させて強烈な存在感を突きつけてくるのです。 
往年の、ヒーローとしての安定感ではなく、アウトローとしての凄みにボクは魅了されてしまいました。 

話を志村喬に戻します。 
彼は永い間、ご隠居や、院長先生、ベテラン刑事、老侍、はたまた博士　という老成した役柄で、 

　　　　「善」や「知」、「経験」と「人望」 

というキーワードの上に確固たる世界を構築し、たとえ悪であっても、社会的地位の高い役どころを演じてきました。しかしそんな既存概念に反して、今作における志村喬演じる真田医師は、貧乏でアルコール中毒　（身を持ち崩した医者はあまねく 
アル中　になる運命なのでしょうか？　西部劇の金字塔「駅馬車」にもブーンというアル中医師がいましたっけ）　 
いつもガミガミとやかましいカミナリ親父であったのです。 
慣れ親しんだ「老成」のキャラクターであれば、例えば、攻撃的な言葉を浴びさせられた時には、穏やかな微笑みで返すか、腹黒い策略で陥いれるかになるのでしょうが、今作では、売られた喧嘩にはストレートに口汚く罵り返す、という 

　　　　　「即時・対等」　反応 

を見せてくれるのです。 
そのコミュニケショーン様式がそれまでの志村喬の既成概念を打ち破るものだったので、大いに驚き、そして 

　　　　　喜んでしまった 

わけなのです。 

既成概念を覆すと言ったら、志村喬と三船敏郎の関係性も、また然り。二人の関係となると、黒澤明監督の次回作となる「野良犬」で決定づけられた「師弟」というラインが印象深いのですが、今作はそんな上下関係など無く、１対１の対等な人間同士が、怒鳴りあい、なじり合い、ドツキ合いを経て、 

　　　　　魂と魂のぶつかり合いが 

成されていることに、今までにない新鮮味を感じたのです。 
黒澤作品において、今後、様々な関係性を築いていく二人ですが、最初の一歩が、こんなにも、なりふりかまわない体当たりの演技をぶつけ合っていたことに、大いに好感を持った次第でした。 



しかし、中盤以降、ボクの興味の対象はもっぱら 

　　　　【　　「ドブ沼」　の存在意味　】　 
　　　　　　　　　　　　　 
　　　　　　　　　　　　　　　 　の１点に集約されていたのです。 

　「ドブ沼」　とはこの街にある、不衛生極まりない下水溜りのことで、今作の訴求点をヴィジュアル化した重要な場所であると思い、ボクが勝手に固有名詞化したものです。 

その　「ドブ沼」　に、三船敏郎演じる新興ヤクザの松永が、むなしく佇むシーンが用意されていたのですが、彼の対岸で大量のゴミが　「ドブ沼」　に捨てられる映像が挿入されていたのです。 
このカットは５秒ほどのものでしかないのですが、今作を読み進めていく上でのボクの大きな推進力となってくれました。 
なぜならこの映像によって、この　「ドブ沼」　が市民生活や消費活動で生じる　「ゴミ」　や　「カス」　を日常的に捨てる遺棄場所であることを理解し、 


　　　　　　「ドブ沼」　と　「遺棄」　の関係性 

に気づくことができたからなのです。 


そんな象徴的な場所に、結核を病み、女に厄介払いされ、兄貴分の岡田に利権を脅かされて四面楚歌の松永をわざわざ配置しているところから、松永の縄張りであるこの南新町マーケットという社会が、こんなにも凋落してしまった松永を今後、「見捨てる」方向に動くことを予感させていたのです。 
　 
終戦直後の　「裏の力」　による、支配的で強圧的な秩序の中で経済活動を営み、ささやかな利潤を得る商店主にとって、こんな有様の松永は牙を持たない狼であり、今度は、より強力な　「裏の力」　に成りうる岡田になびき、ひれ伏していくで あろうとの予感に満ちたシーンだったのです。 


そう言えば松永がこの　「負」　の場所である　「ドブ沼」 に、黒澤監督によって佇まさせられたのは、今回で２回目であったと記憶しています。 
１回目は彼の脅威や威力を削ぐキッカケとなる兄貴分の岡田との再開の場。商店からせしめた「花」という特権を不用意に　「ドブ沼」　に捨てる行為から彼の劇的な凋落が始まったことを考えると、 
　 
　　　　 「ドブ沼」　と　「遺棄」　という関係　 

がこの１回目の時点で実は、提示されていたのです。 
そして２回目の配置が松永の敗北を印象付けるこのシーンでの活用となるのです。しかも不用意に　「花」　を捨てるという曖昧な行為ではなく、リヤカーで 

　　 　　 明確な　「捨てる」　という意志 

を持って　「ドブ沼に」　投入されたものであることを考えると、１回目で暗示された権力の喪失どころの程度ではなく、松永がこの社会から遺棄・抹消される、ひいては彼の存在に関わる大きな問題となることを強く予感させていたのです。 

そしてボクが主張しているようにこの　「ドブ沼」　が　「遺棄」　という行為の象徴的な場所であるとして捉えると　「ドブ沼」　のそのキワに位置する真田医師の診療所は、文字通り 

　　　　　 “ミズギワ”　で　“セトギワ” 

の再生施設という意味付けとしては、非常にわかりやすい設定であったことに気づきました。 


終盤、結核に倒れた松永は　「裏の力」　の後ろ盾を失い、保持していた利権を全て岡田に奪われてしまいます。 
日常的にせしめていた　「花」　にも等価交換という経済原理がはたらいて、30円という価格の支払いを要求されたことにより、松永の特権的地位が消滅したことを表現していました。 
この30円という重みは松永が　「裏社会」　からも、そして南新町マーケットという　「市民社会」　からも　 

　　　　　「裏の力」　の残り　「カス」　 

として捨て去られたことを端的に示していたのです。 


それにしても松永の凋落ぶりは凄まじく、黒澤明という　「羅生門」　で墨汁の豪雨を延々と降らし続け、　「七人の侍」　で泥沼の中での決闘シーンを撮り続ける、尋常で無い、偏執狂的なパワーを持つこの人は、今作においては、あんなにもギラギラと光っていた松永をこんなにもボロボロになるまでに徹底的に貶めていくのです。 
そして焦燥し切った松永のメークも黒澤監督らしい、偏執狂的な徹底ぶりが発揮されており、ここでも思わず苦笑いが出そうになりました。 
この手法は晩年の　「乱」　における一文字秀虎のこれ見よがしなメークを想起させ、初期と晩年において表現上の嗜好が連鎖していたことを興味深く思ったのでした。 

話題を　「ドブ沼」　に戻しましょう。今作のクライマックスである松永と岡田との死闘は 

　　　 　「遺棄」　を象徴し　「滅び」　を連想させる 

「ドブ沼」　において行われたのです。 
と言うのは嘘で、実際には岡田の情婦のアパートメントで展開されたのですが、僕の脳内で変換された事実としては、やはり　「ドブ沼」　においてこの決闘は行われていたのでした。 
何故、このように認識をしたかと言うと、決闘の最中に改装用のペンキが床にぶちまかられるのですが、その様相が　「けがれ」　や　「遺棄」　という共通側面において、即席の　「ドブ沼」　がアパートメントの廊下に出現したと思えてしまったからなのです。 
それによって、二人の決闘はこの急ごしらえの　「ドブ沼」　の上で行われることになった、と意固地なまでに強く認識してしまったのです。 
しかも、その即席　「ドブ沼」　の生成原因となるペンキ缶を投げつけ、蹴つまづき、派手にぶちまけるのは他ではない、 
松永本人によるものだったのです。生死を分かつこの局面において、自ら 

　　 　　「遺棄」を象徴し、「滅び」を連想させる 

　「ドブ沼」　を再現してしまうなんて、松永のこの決闘の結末を予感させるには充分な舞台設定となっていたのです。 
本当の　「ドブ沼」　でのように足をとられながらの壮絶な戦いの末、松永は予見通り自分の命を　「遺棄」　してしまったのです。 


最大の見せ場は　即席の　「ドブ沼」　という場所で展開させてきた黒澤監督ですが、今作のラスト・シーンこそは本当の「ドブ沼」　を舞台に選んできたのです。 
ボクは松永の記憶を、　「遺棄」　を意味するこの　「ドブ沼」　に沈めることなどできようもなく、逆に、鮮烈な記憶として蘇らされてしまったのです。 
何故なら、黒澤は　“セトギワ”　の再生施設で健康を取り戻した女学生を、よりによってこのラストシーンに配置してきたからで、これによって「病→生」というベクトルを持つ女学生とは極北の方向性を突っ走って行った松永の存在を強く再認識させられてしまったからなのです。 

　　 　【居ないことによる「存在感」】 

を　「生きる」　より遡ること４年。今作において、若き黒澤はしっかりと予行練習を行っていたのでした。 



三船が、そして志村が、あんなにもギラギラとした魅力を持っていたなんて、そしてそれをこの１作で封印させられてしまっていたなんて。 
そんな60年前の事実を、ボクは恨めしくも鮮烈に覚えておきたいと思ったのでした。

↓　完成版はこちらまで
http://ouiaojg8.blog56.fc2.com/blog-entry-27.html
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		<dc:subject>質問議論</dc:subject>
		<dc:date>2008-04-12</dc:date>
	</item>
	<item rdf:about="http://www.eigaseikatu.com/imp/2634/181277/">
		<title>[レビュー]小道具には楽しめましたが ★★★</title>
		<link>http://www.eigaseikatu.com/imp/2634/181277/</link>
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		後年、莫大な制作費を投入して、
規格外のスケールをつくりあげた黒澤ですが、
さすがにこの時代はそうもいかなかったのでしょう。
そのかわりでもないでしょうが、小道具が実に見事。
ギター・沼・花・ペンキなど、効果的に使われています。
ただ、ストーリーや人物設定などには、
古さと平板さを感じてしまいました。
「赤ひげ」と、どうしても比べてしまいますからね。
		</description>
		<dc:subject>レビュー</dc:subject>
		<dc:date>2005-12-29</dc:date>
	</item>
	<item rdf:about="http://www.eigaseikatu.com/go/?tbn=4598&amp;amp;l=http://kuranosuke.livedoor.biz/archives/14475507.html">
		<title>[トラックバック]●2/15ディカプリオとスコセッシの「酔いどれ天使」(Kuranosuke-Cinemainformation)</title>
		<link>http://www.eigaseikatu.com/go/?tbn=4598&amp;amp;l=http://kuranosuke.livedoor.biz/archives/14475507.html</link>
		<description>
		


アカデミー賞の呼び声の高いハワード・ヒューズを描いた作品「アビエイター」のレオナルド・デカプリオとマーティン・スコセッシ監督。
いよいよ日本の巨匠黒澤明監督の「酔いどれ天使」に挑戦します。

「酔いどれ天使」といえば三船敏郎と志村喬が共演し多黒沢監.
		</description>
		<dc:subject>トラックバック</dc:subject>
		<dc:date>2005-02-17</dc:date>
	</item>
	<item rdf:about="http://www.eigaseikatu.com/imp/2634/105980/">
		<title>[レビュー]思ったほど良くなかった ★★</title>
		<link>http://www.eigaseikatu.com/imp/2634/105980/</link>
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		七人の侍を見て黒澤明さんと三船敏郎さんの素晴らしさを知り、片っ端から見まくりました。
その中でこの作品だけがパッとしなかったです。
何て言うか結局なるようななってしまうというか努力が無駄になるとういうか、見ている者の期待が無駄になってしまう感じでした。
		</description>
		<dc:subject>レビュー</dc:subject>
		<dc:date>2004-12-03</dc:date>
	</item>
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