トミー勝田 さん
30代後半
男性
誕生日 : 10月12日
カウンタ : 3145
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6件中1-6件
2003年9月24日 to パニック・ルーム
タイトルが「パルック・ボール」に似てるが、内容は決して明るくない。寧ろ暗い。
映像的には相変わらずのフィンチャー節炸裂で楽しい。
壁も天井も突き抜け、1カットに見せるカメラ・ワークは個人的に大好きな手法だ。
一人娘を守る母親の強さをジョディ・フォスターが好演しています。これは非常に良かった。
しかし、舞台が殆ど屋敷の中の一室に絞られていることから、話しに膨らみがない。
それなりに緊張感はあるのだが、極端に空間が限定されてしまうと退屈になってしまう。
演じる側のジョディからすれば、この役は演じ甲斐があり楽しかっただろうが、観ている者からすれば
ちょっと物足りない。
これは映画より舞台でやる話しだろうと思う。舞台の場合、観客も役者の演技をより見たがるからだ。
また、映画でやるなら母親が狂ってしまって幻想を見てしまうといったような展開があると面白いと思う。
幻想の部分で話しが膨らみ観客は展開が読めなくなるし、画的にも面白くなるだろう。
ともあれ、ジョディのファンなら観るべきかと思う。
2003年9月11日 to 落陽
キャストは加藤雅也、ドナルド・ザザーランド、ユン・ピョウ、ダイアン・レイン、錦野旦(当時、にしきのあきら)、
尾藤イサオという、邦画では在り得ないほど豪華。後世に語り継がれる名作となるはずだった。
しかし、何かが違う。その“しこり”を示してみる。
このシナリオからすれば、歴史に忠実なノンフィクション映画ではなく、架空の賀屋達馬という男の生き様に重きを置いた
娯楽映画でなくてはならないのに、どうも達馬の魅力が弱い。
原因のひとつはキャスティング・ミスだろう。
主演の加藤雅也に対して周りがあまりにも豪華すぎる。周りが魅力的過ぎて加藤雅也の吸引力が相対的に弱くなるのだ。
増して第二次大戦中の混乱や人々の駆け引きなどの伏線を描写しているため、加藤雅也の影がどんどん薄くなる。
観終わっても結局、達馬はどういう男だったのかがはっきりしなかった。
また、ユン・ピョウが殆ど機能していない。
ユン・ピョウといえばアクションである。彼を採用するということは必然的にアクションに重点を置くことになる。
しかし、あのアクションはどうだろう?あの程度ではユン・ピョウが活きない。
中盤はともかく、加藤雅也との対決は何とかならなかったのだろうか?
それともネームバリューで採用したのだろうか?いや、それは有り得ない。
何故なら、あの程度のアクションなら他の役者でも充分こなせるはずである。
寧ろ、ユン・ピョウを使うのであれば、それなりのアクションをさせないと彼を観に来た客に失礼だろう。
大作=豪華キャスト+大規模ロケーション+長時間 という愚かしく陥り易いミスの手本のような映画だが、それでも僕は
この映画に感謝しなければならない。感謝せざるを得ない。
何故なら本作品はかの有名な痛快娯楽反戦映画『シベリア超特急』シリーズのルーツであるからだ。
『シベリア超特急』シリーズといえば水野晴郎扮する山下陸軍大将と西田和昭扮する彼の側近、佐伯大尉が列車内で起きる
怪事件を見事に解決する邦画有数のサスペンス・エンターテイメント・カルトムービーだが、水野晴郎が山下閣下役で『落陽』
に出演したことがきっかけで誕生したというわけなのである。
これ以上は蛇足である。
ぜひ『シベ超』と併せて『落陽』をご覧いただきたい。
そして、まだ『落陽』を観ていない『シベ超』ファンは必ず観なければならない。
多くは語らないが、《これは価値ある1本である》ということだけは記しておこう。
2003年9月2日 to 28日後...
凶暴になりゆく感染者を描くと共に、それに対比させることで人間が元来持っている凶暴性、狂気、欲深さを強調している。
ありがちなテーマかも知れないが、とりわけこの映画はそれをうまく表現していると思う。
先ず内容が判り易く、殆ど主人公の視点で進行していくので、恐怖を共有し易い。
全体的に色あいが不鮮明で、時折フィルムの粒子を荒くすることで、主人公を取り巻く世界の不安定感をうまく表現している。
また、俯瞰からの撮影や淡々と流れる音楽が孤独感を強調し、コマ落としや次第に強くなる音楽が観る者の呼吸を加速させる。
枯れた草花、蠢(うごめ)く感染者、道に転がっている死体、血が右脳に訴えかける。
そして生きることへの希望。
文章にすると100分の1も語ることができない。
ホラーが苦手ではない人は必見!
しかし、これはホラーとはいえない。
是非、自身の目で確かめてほしい。
2003年9月2日 to ファニーゲーム
“動機・結果より工程だ”ということを一番陳腐に表現した映画。
強いて言えば、動機=工程。即ち殺人行為の工程が動機となる。
端的に言えば快楽殺人をテーマにしたホラー映画あるいはサスペンス映画である。
快楽殺人を扱った映画は他にも沢山あると思うが、これは他とは違い、殺人行為以外のドラマが全くない。
つまり、物語の内容が全くなく、殺人行為の工程のみで描かれているといっても過言ではない。
さすが名の知れた監督だけあって、映像も演出もうまいと思う。役者の演技も身震いする程、うまい。
しかし、実際に人を殺さずに如何に快楽殺人をリアリティに表現するかということは、単に合法的に殺人行為を
実況するという意味しか持たず、それを公開することに何の意味があるのだろうか。
もし合法的に殺人が可能であるなら、ハネケは実際に人を殺してまでこの映画を撮っただろうか。
スナッフ・フィルムを一般映画で実現することに何の意味があるのか。
それとも、これは斬新で革命的で価値のあることだと言いたいのか。
今さらこんな安易な脚本でアンチ・ホラーやアンチ・サスペンス気取りで撮られても到底評価できない。
お金をかけて優秀な人材を集めて出来たものがコレですか?
最後にハネケにひと言。
殺人行為をじっくりリアルに見せて満足ですか?
他の監督がやらなかったことが出来て良かったですね。
2003年8月29日 to ファム・ファタール
美しい映像と気高い音楽、そして官能的な悪女。
CGを多用し、せわしなく展開していく映画が増えているが、この映画はクラシックな手法で撮られているので、
旧来の映画ファンにも安心して楽しめるだろう。
特筆すべきは、中盤から後半にかけて燻っていた謎が終盤近くで一気に氷解するところだ。
このトリックはハッキリ言ってズルいが、それまでの謎の見せ方や映像表現が秀逸であるため、許される。
(許されるというより、水に流してもよいというべきか・・・)
つまり、実力のない作家が同様のトリックを用いると必ず酷い目に遭う。
そこに敢えて挑戦し、魅せてくれたデ・パルマは見事。
しかし、この手の話は映画で観るから面白いのであって、小説で読むべきものではないと思う。
一応、小説も出版されているが、先に映画を楽しんだほうが良いだろう。
また、惜しむらくは主役が悪女であるせいか、キャラクターに感情移入ができない点だ。
感情移入ができない故にスリル感も少ない。
映像的には申し分ないのだが、どうしても俯瞰で事象を眺めている感じになりがちなのは否めない。
そして、あのラスト。あれでこの映画が一気に軽くなってしまった。
とはいえ、見応え充分の面白い映画だ。
これは2回以上観たい映画ではなく、最低2回以上観るべき映画。
2回目に観たときに、デ・パルマの映像トリックや演出が如何に優れているか判るハズ。
・・・なんかよう判らんけど、まぁそんなところだ。
2003年8月29日 to シベリア超特急
マイク水野監督は、いつも直球勝負だ。
野球ファンならご存知だと思うが、直球というのは実は変化球なのである。
画面分割、パンフォーカス、縦の構図、どんでん返しという変化球で以て、反戦という直球に変えている。
これには驚いた!
画面分割で観客の興味を引きつけ、パンフォーカスと縦の構図で全てのキャラクターに目を向けさせ、反戦を語り、
更にどんでん返しで現在にも残る戦争の痛ましさを語る。素晴らしい。
また、監督自身が演ずる山下陸軍大将が良い。
独特の間をもった棒読み台詞が実に味わい深く、何となく心の中で反復していまう。
反復することで、いつしか心に反戦のテーマが残る。
かつて、娯楽映画なのにストレートに反戦を訴え、成功を収めている作品があっただろうか?
(ま、幾つもあるだろうが・・・)
そして、一度観ただけでは理解できないことが、何度でも観てみたいと思わせる。
そしてまた、反復、反復、反復。
この反復は嬉しい副産物を生み出す。
“映画の見方が変わる”という副産物だ。
冒頭で述べたように、この映画には画面分割やパンフォーカスなどクラシックで効果的な手法をやたらめったら
取り入れている。
そういった手法を反復して見ると、他の映画を観るときも知らず知らずそういった手法を探してしまう。
そういう見方はシベ超を観てからするようになった。マイクが僕の映画の楽しみ方を増やしてくれたのだ。
とにかく、エンターテイメント映画で大事なのは、如何に観る者を引きつけるかだ。
もっと評価されるべき作品である。