最大素数 さん
男性
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2006年5月7日 to ナイチンゲーロ
所詮グラビア・アイドルのプロモーション・フィルムなんだろと、一種の“勢い”で観てしまったのですが、プロモとしても出来が悪いように思いました。
水着での映像がメインですが、ホントに単に水着姿を撮りましたというだけで“見せ方”に工夫というものが全くありません。
わたしの趣味に照らせば、とにかく映像にスケベ心が全く感じられないのが何ともつまらない。見えそで見えないとかシルエットとか、その手の基本画さえもありません。円香(石坂ちなみ)と江里子(江川有未)の着替えのシーンのおざなりな演出には怒りさえも覚えました。
では、スケベ目線をはじき返すかのごとき若さあふれる肢体の健康美とか躍動美を見せつけられているのかというとそうでもありません。ビーチボールでの遊びや走る姿がいかにも鈍そう、重そうで、そういう印象のせいか、実際は細身のはずなのでしょうが、浜辺やテラスでゴロゴロとか浮き輪でプカプカの場面では、腹周りのたるみや太股のだらしなさが気になってしまうのでした。
つまりは、監督には「おねいちゃんの裸を楽しむ」という趣味は無いようで、彼女たちの魅力が全然伝わって来ず、見ていてもさっぱり面白くなく、実に退屈でした。
話しがこれまたつまらない。内容に触れる満足度の理由と感想は質問/議論板「マヌケな映画」にて。
2006年5月6日 to イヌゴエ
主役のフレンチブルドッグが、「演技」をつけられているようには見えない名演に対する満足度評価です。
安易な発想と作りが透けて見える映画自体には不満アリ。それについては質問・議論板拙稿「安易な映画」にて。
2006年2月8日 to フル・モンティ
長い前置きになってますが、感想の一部ということでお見逃し下さい。
我が国の“物語”には、人間のやさしさや思いやりなどのいわゆる「あたたかい心」とか「(人)情味」をテーマにしたものが圧倒的に多いように思っています。冒険活劇譚としても面白い筈の義経にまつわる伝承も、人情としての“泣かせ”の要素が欠かせない、というより“泣かせ”をクライマックスにしてパート分けされているような感があります。そもそも「判官贔屓」という言葉の元ですしね。また、忠臣蔵に見る仇討ち話しの人気も、復讐譚としてでは無く、仇討ちを決意する心情とか、実行までの人々の“情”の話しとして支持されているからのように思います。そもそもが、仇討ちの元である浅野サンの切腹までの顛末からしてダラダラグズグズと情に訴えてくるのですから。
ただし、日本人が古来そういう嗜好であったかどうかは判りません。
神話の世界や「源氏物語」、「徒然草」など、結構即物的で、ある種の乾いた感性を感じます。
ざっくり言ってしまえば、この「人情モノ」好き、江戸時代以降の傾向のように思っています。(それまでよりも平和で豊かになり、人生に余裕が出てきたためかと推測しますが、ここでは理由には踏み込みません)
さて。わたしが言及したいのは、話芸の分野です。義太夫、浪曲、講談など、人情をテーマにした演題が殆どで、それはそれでどうということはないのですが、笑い話というジャンルである筈の落語にも人情をテーマにした噺「人情噺」があるということに注目したいのです。可笑しい話しを聞きに来ているのに「人情モノ」も聞かされてしまう・・・、というより「人情モノ」も聞きたいという客の要求に応えるため、であるのでしょう。
落語自体にも情に絡む要素は多々あるのに、更にもっとということなのですね。
と書いてきてなんなんですが、実のところ、わたしは落語は幼少の頃から大好きでしたが、人情噺は特に好きなわけでは無いのです。情の絡み具合がベタベタしていて鬱陶しく、聴き終えた後もなんか気持ちがすっきりしません。「情」がテーマなので、割り切れるような話しではそもそも無いのですから、だからなんなのさ感は必至なわけで、というより、人の情はそうそう割り切れるもんじゃねーわな風味こそが求められているのですから、ま、しょうがないのではあります。
そんなわたしが、これはりっぱな「人情噺」ではないかと思え、しかも本邦産の“高湿度”系とは違って対象を突き放しているような描写が気に入った一遍が、本作『フル・モンティ』なのです。(おお、やっと本題)
以後、注意して見ていると、英国産の「ハート・ウォーミング」系と呼ばれる作品群にはそんな「人情噺」テイストが感じられ、秘かに「えげれす人情噺」と呼んでいるのです。
で、本作。
については質問/議論板「息子と父親」で。
そして。
今更のように本作についてのアレコレ、実は『Dearフランキー』の前振りも兼ねているのであります(笑)。
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2005年9月7日 to ヴェラ・ドレイク
石鹸水を子宮に注入して強制的に流産させようとはなんと凄まじいことを考えつくのでしょう。主に下半身を冷やして(海や川に浸かったり井戸水をかけたりして)の流産法を聞いたときにもずいぶん乱暴な話しだと思ったものですが、体内に異物が入り込んでくる分こちらの方がエグイ感じがします。
案の定失敗例が出て発覚するわけですが、むしろ、それまで何例か知らないがなんとかなっちゃっていたということに吃驚しました。が、施術後のケアも結果の報告もあるわけではなく、失敗しても闇に葬られて終いだったのかも知れないので、実際に成功率が高かったかどうかは解りませんね。と言うか、最後の刑務所内での他の同罪の受刑者とのやり取りからは、決して高くない、安全な方法では無かったことが窺えます。
内容に踏み込んだ感想は質問/議論板「家族の絆」に。
2004年12月26日 to Mr.インクレディブル

(C)Disney/Pixar All rights reserved.
前作『ファインデング・ニモ』まで、予告編や巷の噂からは、ピクサー・アニメは平板な世界観と単純な価値観に基づいた単調なストーリーの所詮“お子さまランチ”で全然“食欲”がわかず、ま、毒にも薬にもならないのがウリのディズニーと契約(業務提携?)していると聞けばさもありなんと無視していましたが、本作の概要が否定されたスーパー・ヒーローの復権と何やら捻りがあるようで、しかも今年(2004)早々にディズニーとの決別を発表しての最後の「ディズニー」映画であることによる「逸脱」への期待をちょっぴり覚えさせられてしまい、にしてもどんなもんだか半信半疑で観たのではありました。
実におもしろかった。
家族愛の謳歌という“お子さまランチ”仕様は笑って見やっておけるだけの“仕掛け”に参りました。
その“仕掛け”anther_storyについてはネタばれありの質問/議論板に書くとして、もう一つの“仕掛け”(なのかホントに・笑)について。
元スーパーガール「イラスティガール」のインクレディブル夫人ヘレンの「色っぽさ」は絶対にアニメーター達の「オトナのアソビ」に違いありません。ヘレンだけがやたら表情豊かなのですがよくよく見ていると、あの中の幾つかは“閨房”での表情を念頭に作られたとしか思えません。特に、眉間に二本の縦皺の表情はナニカヲガマンしている顔であって、怒っているとか不機嫌という情況でごまかしているだけです。(これから観るオトナはスケベ期待で吉です)
あいにく、だからどーするったって既にそれほど若くはないわけですが、だから残念というわけでもありませんけどね。
“お子さまランチ”なのにここまでやっちゃうのはスゴイというべきか、“お子さまランチ”だから所詮ここまでということなのか、評価は別れるところです。
って、そんなところで別れちゃいないか。
それでも10点減じてしまうのは、あの絵柄はどうしてもしっくりこないからです。
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2004年10月24日 to ハリー・ポッターとアズカバンの囚人

(C)2003 Warner Bros. Harry Potter Publishing Rights (C) J.K.R.
製作陣、子供達の成長を留めておく「魔法」が本気で欲しいのではないかと、つい思ってしまいますね。
13歳設定のハーマイオニー役のエマちゃんが撮影当時は13歳、同じくD・ラドクリフ14歳、R・グリントは15歳と聞けば取り敢えず今回はセーフなのですね。が、プロモ来日時には1歳年を重ねていて、その印象から言えばそろそろ限界かも知れません。
特にエマちゃん。発達途上の胸の膨らみ。ポスターの、横からのショットはドギマギものではありました。
ドラコ・ファンのわたしとしましては、ドラコの影がどんどん薄くなっていくようで残念です。もっときちんとハリーをいじめてちゃんと反感を買って欲しい。
ドラコの取り巻きの中に少女パンジー・パーキンソン(ジュヌヴィエーヴ・ゴーント Genevieve Gaunt)が加わっており、これがエライ美形!なのに実におざなりな扱われ方で、どうもエマちゃんが喰われてしまうのを恐れたのではないかと思っています。誰が(恐れた)?って、ま、いいからいいから(笑)。
辛い採点はドラコ一派の冷遇が不満なので。
2004年10月21日 to ワー!マイキーリターンズ!
前作『ワー!マイキー』とは違って今回は全て新作と聞き、そこそこ期待して行ったのですが、どうも外したようです。
お目当ての、お気に入り双子トニー&チャールズは今回も出番は一回だけ。しかも会話に冴えが無い・・・。一方の台詞を他方が繰り返すと見せてエスカレートさせる、その過激さと共に顕わになる本音、微妙にねじれる論点が双子とは言え違う個体としての主張になる、そういう錯綜の面白さがありませんでした。「エスカレート」の方向が、微妙な“言い換え”による論点のねじれが「そんなこと言ってないだろう」との異議以上に発展しませんでした。
一話長くても5分程度、という“縛り”を設定していたのでしょうか、心霊写真騒ぎは3話構成でした。つまり、本シリーズ初の「長編」(笑)になっているわけですがその効果は全然無く、面白くありませんでした。ストーリーとか種明かしなどに拘らず、「ギャグをつなげる」ことに拘ったほうが良かったのではないか。
今回は、一話の中での登場人物を増やしてのドタバタが多かったのですが、石橋監督、多くのキャラを交流させる中で個性を描き分けながら“カラミ”の面白さを盛り上げる、という才には恵まれていないことを露呈してしまっただけのようです。そういう意味でも「ギャグをつなげる」ことに拘るべきでしょう。
なので、本作でのニュー・キャラさおりとのドライブ編は、さおりの妄想というギャグで押し切って、なんとか格好がついたように思います。ま、「妄想」の内容とギャグは陳腐だったので高い評価はできませんが(笑)。
マネキン顔のスクリーンでのアップは相変わらず気持ち悪いもので、特に父親の、両棲類的ヌメヌメとした嫌らしさと、母親のあっけらかんとしたノーテンキ顔ながらアゴのラインに底意地の悪さを感じさせる嫌らしさはともに秀逸と言うべきで、結構お似合い感があります。台詞まわしもそういうキャラに乗れたときは生き生きしているようで、もっとそういう線で押した方がいいんじゃないかと思います。
にしても。かつてはどちらも本当に本来のマネキン人形として機能していたかのか疑わしいものがあります(笑)。
2004年10月18日 to スウィングガールズ
『ジョゼと虎と魚たち』の上野樹里は、ちょっと我が儘で自己中だけど純な部分もまだまだあるし陰の部分も持っているという、等身大の可愛い女子大生を好演していましたが、本作では底抜けに明るく奔放な女子高生になりきっていました。
来年のNHK朝ドラのヒロインに決定した本仮屋ユイカがなかなか演技派っぽくてマルです。
バンド解散で流れ込んで来たギター二人組をもっと出して欲しかったですね。どんな意味があったのか知りませんがバンド・メンバー全員にフル・ネームで役名をつけるほどのこだわりがあったのなら、キャラの造形、描写にもっとこだわるべきではなかったかと思います。この二人を活用することであまりのベタベタ展開(その詳細はネタばれありの質問/議論板「この“ベタ”さにはちと辟易」に)に走らずにすんだのではないかと思いました。
今回はちょうど夕飯時になったのでサンドイッチに白ワインで鑑賞、素晴らしい演奏シーンを創り上げた彼女達に乾杯しました。
2004年9月6日 to キング・アーサー
欧米世界では超有名らしい「アーサー王」伝説。
数多の書物があるとのことで、邦訳されたものもずいぶんあるそうですが、なんにしても「伝説」は伝説。史実を当てはめてのアレコレはどうしても無理があると言わざるを得ません。
本作の発想、企画は、事実(史実)に「伝説」を求めたのではなく、「伝説」から史実を「創る」ことだったように思いました。
つまり、伝説と史実をつき合わせて、このお話しはこの出来事が元になっているのではないか、というような作業をしたのではなく、こういう「伝説」が作られる元になる出来事としてはどんなことが考えられるか、と元ネタを「創」っていったような印象を持ちました。
まー、そのくらい“原作”アーサー王伝説とはかけ離れていまるということです。
以下、内容に言及する本論は質問/議論板「これはまた別の話し」に。
2004年9月3日 to 下妻物語
予告編を観たときに“好み”にぴったりの予感がしたので、なるべく事前情報に接しないよう努めてやっと観ることができ、すっかり気に入ってしまいました。
一見おバカ映画ですが基本的なプロットはしっかりしており、作劇的には“ありきたり”と意外性を織り交ぜて飽きさせません。
ヤンキー役にしっかりはまったアンナ嬢、それはそれで二重丸ですが、わたしは、ロリータ・ファッションがしっかりダサイ深キョンの方に一票です(^^)。休日の原宿はあの手がドッと繰り出して玉石混淆、数居る中には目を見張らされる出来のコもいますが、平日の新宿で時折り見かけるロリータ・ファッションはダサイというより勘違いばかりで、そういう意味でダサイ深キョンには妙な現実感を覚えました。
桃子(深キョン)の父の宮迫博之、悪くは無いのですが、力入り過ぎと言うか、まだ緩急の呼吸が身についていないようで疲れます。ただし、これは、そういう緩急にかけては達人の樹木希林が桃子の祖母と、どうしても絡むことが多い役だったため、ついつい比べてしまったせいのように思われ、彼にとっては不運でしたと言うべきかも知れません。
その樹木希林の役作りが実に絶妙でした(^^)。あれ、かなり本人にまかせてのものではないかと思いました。
隻眼という設定が、演じた樹木希林が実際に片目失明でそこそこブラックな味付け、初めはちょっと引いてしまったのですが、その彼女が、飛んでる虫をひょいと手掴みしたことで弾けてしまいました。これはなかなかよく作ったと思います。
それと母親役の篠原涼子がなかなかよい。他の映画でも達者なところを見せているのですが、なんか、この人実力通りの評価をされていないような気がします。
ただし、茨城弁は全員不合格と言わざるを得ませんね。八百屋の若旦那役の荒川良々が、大甘判定ならナントカという程度。茨城弁(栃木も)は難しいようで、これまでのところ昔NHKの朝ドラ『鳩子の海』で地元の漁師を演じた小松方正の茨城弁が一番評判が良かったようですが、ネイティブに言わせれば所詮ヨソ者の真似事レベルに過ぎません。
内容に踏み込んだ感想は質問/議論板「しっかりした構成で語られる荒唐無稽」に。
余談になりますが、今夏の高校野球、茨城県代表は本作の舞台となった下妻の、学校のシーンを撮った下妻二高でした!これって本作『下妻物語』の効果?(笑)。
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